第166話「名も無き騎士-5」
コラム 『名も無き騎士』
さて、諸君らは名も無き騎士と呼ばれる存在を知っているだろうか?
ヘニトグロ地方では有名な存在であるため、大抵の読者諸君には不要な説明かもしれないが、ヘニトグロ地方の外で生まれ育った読者もいるかもしれないので、念の為に彼らがどういう存在なのかから書くとしよう(と言いつつ本書はリベリオ語で書かれているわけだが)。
名も無き騎士とは、様々な苦難に喘ぐ民衆の元に忽然と現れ、様々な手段でもって民衆を助けると、名乗ることも無く、自身は礼を受け取ることも無く、『礼ならば御使いサーブに』と言う言葉と共に去って行くと言う存在である。
その高潔さと強さ、どこか夢物語のような雰囲気から、様々な創作物にも用いられており、我が国に産まれた者ならば、大抵の子供は親から寝物語として聞かされた経験があるだろう。
そんな夢物語の存在のような名も無き騎士だが、きちんと実在する存在である。
その成果が誇張されたり、歪曲されたりして伝わったり、他の名も無き騎士も含めて様々な物語と混ざり合った結果、原形が著しく見出しづらくなっている場合もあるが、彼らは明確に存在しており、何人かは名前、性別、年齢、所属なども割り出されている。
また、名も無き騎士の中には邂逅者テトラスタの息子であるガオーニとジーゴックの二人が晩年に作り上げた組織『双剣傭兵団』の後身である『双剣守護騎士団』に所属する者も多いため、そちらの方面から調べてみると、大抵の名も無き騎士の素性は調べる事が可能である。
なお、現代においても名も無き騎士と呼ぶべき存在は少なからず活動しており、今後も彼らの数は増える事になるだろう。
さて、この辺りで名も無き騎士の大本、最初の名も無き騎士についても語っておくとしよう。
便宜上ここでは彼と呼ぶことにするが、彼は前レーヴォル暦50年~40年頃に活躍した人物である。
彼はヘニトグロ地方の各地でその存在と活躍が確認されており、様々な記録に記されている彼の姿を出来るだけ正確に読み取っていくと、身長は2m超、物静かで、卓越した二刀流の使い手であったことが分かる。
そして俄かには信じがたい事だが……部分的に金属を用いた革の防具が主流だった時代に、彼は全身金属鎧を着ていたらしい。
当時の技術レベルから考えると、金属製の全身鎧を造ること自体は出来る。
が、当時の技術と金属の価値から考えると、身長2mを超す大男の全身を守れる金属鎧の値段は相当な物であると同時に、そもそもお金があるだけでは作れなかったのではないかと思われる。
この事から彼は何処かの都市国家の有力者の縁故だったのではないかと言うのが、現在の主説である。
そんな彼の活躍だが……全てを記した場合、それだけで本が一冊書けてしまう上に、後年の創作も多い。
また、後年のとある戦場において御使いサーブがその姿を顕した際、その姿が名も無き騎士として当時既に有名だった彼の姿に似ていた事も、それに拍車をかけている。
加えて殆どの物語には第三者視点の資料が存在しないため、真偽のほどを判断するのが非常に難しいという事で、本書ではあまり扱っていない。
ただ、出来るだけ明確な物的証拠や第三者の資料が残っている話を探した限りでは、ガオーニ、ジーゴックの二人が彼と出会い、多大な影響を受けた事は確かなようであり、彼らが戦う前に用いていた口上も元は彼の言葉であるようだ。
それと、これは余談になるが、どうやら彼の言葉をガオーニとジーゴックの二人が口上に使っている点と、先述の彼の姿と御使いサーブの姿が酷似していた点から、ガオーニとジーゴックの二人は御使いサーブの弟子であると言う説が生まれたらしい。
この事が事実であることを示すように、ガオーニとジーゴックの二人は彼のことを尊敬してやまないと言いつつも、彼の名前は知らないと素直に記している。
ただ、彼らの記述他、各種記録が事実であるならば……彼の事を御使いサーブそのものであるかのように扱いたくなる気持ちも分からなくはない。
どうにも彼は当時はそれほど浸透していなかったはずのテトラスタ教について、普通の信者よりもはるかに深く理解していた様子があるからだ。
結論としては、彼は名も無き騎士の名に相応しく、非常に謎めいた人物である。
最新の調査でも彼の正体は未だに不明であり、彼が何時何処で生まれ、消えて行ったのかすら明らかになっていない。
だが、彼の正体が如何なるものであっても、彼が後の騎士たちの規範として相応しい人物である事は違え様が無く、彼の功績が多大な物であった事には疑いの余地が無い。
歴史家 ジニアス・グロディウス
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(原稿の片隅に掛かれている)
私は例の御使いトォウコと御使いシェーナについての情報提供者に彼の事を窺って見た。
が、彼もこの名も無き騎士の正体については確証が持てないと言う。
ただ、彼曰く「この名も無き騎士の正体が私の思い描いている人物であるなら、このような行動を取っていても不思議ではない」との事である。
他ならぬ彼の言葉であるし、信用に足るのは確かなのだが……証拠が示せないのが本当に残念で仕方がない。
07/20 誤字訂正
07/21 誤字訂正