第165話「名も無き騎士-4」
「はぁはぁ、これで全員か」
「すぅはぁ、死ぬかと思った……」
「二人ともよくやったな」
戦いはあっけなく終わった。
だがそれも当然の事だろう。
なにせ拠点の中に残っていた野盗は入口に居た二人を含めて七人だけだった上に、彼らは油断しきっていたのだから。
そのため、野盗たちは反撃の態勢を整える間もなくサブカ、ガオーニ、ジーゴックの三人に襲われ、為すすべなく死んでいく事になった。
尤も、野盗たちの装備ではサブカの甲殻を貫く事は出来ないため、例え油断していなくても彼らの結末は変わらなかっただろうが。
「だが息を吐くにはまだ早いぞ」
「死体の処理すか」
「そうだ。死ねば敵も味方も無いからな。罪なきヒトと同じように対応しろとは言わないが、生前が何者であってもそれ相応の処置は施すべきだ」
「まあ、そうですよね。ヒトとして」
これで彼らに人質に出来るような人員が残っていれば、まだ少しは展開が変わっていたのかもしれないが、拠点の中には散々使われた跡が残っている少女の死体が在っただけで助けにはならなかった。
それどころか、その死体を見た三人の怒りを買い、その時生き残っていた野盗の首領らしき男はこの世の地獄を見る事になったのだが……それはここだけの話である。
「とりあえず表に運んで焼いてきます」
「埋める為の穴を掘ってきます」
「ああ、頼んだ」
ガオーニとジーゴックの二人が拠点の外に出ていくのを見届けたサブカは、改めて自分が今居る部屋……野盗たちの首領が使っていると思しき部屋の中を見る。
そして、棚の中に保管されていた羊皮紙を見つけ……中身を見た所で瞑目する。
羊皮紙の内容に度し難い、許しがたい、見逃すわけにはいかないとサブカは一人静かに思う。
と同時に、自分が今考えている事を実行するのに何ヶ月もかけていられないとも思う。
「どうか安らかに」
「眠れますように」
そうして詳しい手順をしばらくの間考えていたサブカが外に出ると、既に死体の処理は終わったのか、ガオーニとジーゴックは二人揃って手を合わせていた。
「終わったのか?」
「はい、野盗についてはそこに、その……少女の方は陽の当たる場所を選んで埋めました」
「そうか」
ジーゴックの指さした先は大きな木の根元で、陽がまるで当たらない所であり、少女が埋められた場所は野盗が埋められた場所から出来る限り離された場所だった。
少女と野盗を同じ場所に埋めるべきでない事はこの場に居る誰の目にも明らかだったため、サブカもこの判断には素直に頷くことにした。
「えと?それでちょっと話があるんすけど」
「なんだ?」
「その……俺たちが居た村で、アンタが助けた人が待ってます。何で出来れば一緒に……」
「ああ、その件か」
野盗の件が終わったところで、ガオーニがサブカに話しかける。
それはサブカが助けた二人の少女が、ガオーニとジーゴックが滞在していた村で待っており、二人を安心させるためにも付いて来て欲しいというものだった。
「悪いが断る」
「え?」
「その……行けば礼はたんまりと貰えるでしょうし、野盗の拠点もこうして潰したとなれば、軽い宴ぐらいのお祝いにはなると思いますけど……」
「そうだな。確かに礼は貰えるだろうし、宴も開かれるだろう。だが俺は自分がそうしたいと願ったから、彼女たちを助けただけだ。礼が欲しくて助けたわけじゃない」
「えーと、アンタを置いて来てしまったという事で、二人とも結構ツラそうな様子何すけど……」
「お前たち二人が、俺が無事だったことを伝えてくれればそれで済む話だろう。それに、こんな全身金属鎧の大男が姿を見せて安心させられるとは思えない」
だがサブカはそれを断った。
理由としてガオーニとジーゴックの二人に語った言葉も嘘ではない。
が、それ以上にサブカは自分が妖魔である事が少女たちと村のヒトにばれる事を怖れたのだった。
ただし、サブカがばれる事を恐れたのは、自分の命が危うくなるからではなく、彼らに恐怖と混乱を与えたくないと言う理由からだったが。
「とにかくだ。俺はその村に顔を出すつもりはない。早急に手を打たなければならない事柄があるからな」
「手を……打つ?それは俺たちも……」
「足手まといだからついて来るな」
「だ、だったらせめて貴方の名前だけでも!アンタの名前すら知らなかったら、誰に感謝していいのかも分からないすから!」
「感謝……か」
サブカは獣道すら通っていない森の方へと足を向け始める。
その背中を追うようにガオーニとジーゴックの二人も足を出すが、サブカは魔力の放出による威圧と二人の足元に剣を投げて突き刺す事によって、二人の脚をその場に止めさせる。
「なら御使いサーブにでもしておいてくれ。それと『守るために躊躇うな。支える為に諦めるな』この言葉を忘れるな」
「えっ……!?」
「何で……!?」
そして最後の言葉に二人が戸惑っている間にサブカは森の中に向けて駆け出す。
魔力によって脚力を強化することで、ヒトでは決して出せない速さを出しながら。
そうして二人がサブカの言葉と魔力に戸惑っていた状態から復帰する頃には、二人の前には僅かな残滓すら残されていなかった。
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数日後。
この森の近くに存在している複数の都市国家が四本腕の蠍の妖魔が率いる大量の妖魔によって次々に襲われ、少なくない数の衛視が殺されると共に、まるで妖魔に狙われたかのように複数の商人と数人の政府有力者が命を落とす。
そして、この妖魔大発生によって四本腕の蠍の妖魔サブカの悪名は否応なしに高まり、彼らが襲った商人と政府有力者たちが蓄えていたお金を回す形で、サブカの首には多額の賞金がかけられることとなった。
そうしてサブカ討伐を目指す傭兵たちの中には、とある左利きの傭兵の姿もあった。
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