第164話「名も無き騎士-3」
「……」
サブカは草木に残る僅かな痕跡を辿って、ヒトが使った気配のある獣道を歩いていく。
「ま、まるで普通の道みたいに……」
「と言うか迷いがねぇ……」
そしてサブカの後に続く形で、ガオーニとジーゴックの二人も歩いていく。
「何であんな綺麗に歩けるんだ……?」
「全身に金属製の鎧を身に着けているんじゃないのか……」
「……。そんなに難しい事じゃない」
ただし、三人の歩き方には明らかな差があった。
サブカはまるで整備された道でも行くかのように落ち着いた足取りで、一切の迷いなく進んでいる。
それに対して、ガオーニとジーゴックの二人は木の根や草の葉、地面の凹凸に時折足を取られ、転んだり、息を切らしたりこそはしないが、付いて行くのがやっとという様子だった。
「獣道と言うと聞こえは悪いが、跡が残る程度に使っている者が居る以上は、その者にとっては他の道よりも歩きやすいようになっている道になっているはずだ」
「は、はあ?」
「だから、使っている人間……今回で言えば俺が殺した野盗の歩幅に合わせるようにすれば、それだけで格段に歩きやすくなる。で、後は使っている人間の目で見て歩きやすそうな場所を探せば、道が何処にあるかも分かる」
「え、えー……」
「まあ、慣れの話だと言ってしまえばそれまでだがな」
そんなサブカの歩き方に疑問を抱く二人の質問に、サブカは自分なりの考え方とやり方を話す。
が、二人にとっては有り得ないとしか言いようのない話だったために、サブカの話を聞いた二人は若干呆然とした様子を見せる。
「はあ、連中の拠点に着くまでに聞いておきたいことがある。いいか?」
「えと、なんすか?」
「俺たちに答えられることならなんなりと」
理解されないものは仕方がない。
サブカはそう考えると、二人に合わせて若干歩速を落としつつ、二人に質問を投げかける。
「お前たち二人はヒトを殺した事が有るか?」
「……。野盗の類だけっすけど一応は」
「護衛の仕事の時に出会って止むを得なく」
「そうか。なら少しは安心できるな。それで傭兵としては護衛の他にどんな仕事をしていた?それと今年で何年目になる?」
サブカの質問に二人は少し考えてから答え始める。
その答えをまとめるならばだ。
まずガオーニとジーゴックの二人が表向きは傭兵として、その実義理の父親の考え方を広める旅に出たのは二年ほど前の事。
傭兵と名乗ってはいるが、その実態は何でも屋に近く、頼まれればペットの飼い犬探しから行商の護衛、農村の繁忙期の手伝いまで、人の道に外れた仕事でなければ何でも受けて来ていたという。
そうやって仕事を選ばなかったおかげか、最近では名前が売れてくると同時に、義父の教えに耳を傾け、共感してくれる人間も少しずつ増えて来ていた。
ただ、そうして戦いとは程遠い依頼も受けていたため、人間と戦った経験は勿論の事、妖魔と戦った経験もそれほど多くはない。
なお、彼らの口調については、こちらの方が素であるとの事らしい。
「なるほどな。とりあえず酒と女に溺れているそこら辺の傭兵よりは使い物になりそうだ」
「えーと、そうなんすかね?」
「経験不足だって言われてばかりだったんで、ちょっと嬉しいかも?」
「いや、経験が足りているとは言っていない。未熟なのも事実だろう」
「「ですよねー」」
彼らの話を聞いたサブカは、内心で安堵の息を漏らす。
確かに彼らには戦いの経験は足りていないだろう。
だが、自分たちが未熟なのを理解し、それを補うために身体を良く鍛え、武器を整備してあるのは一目見た時点で分かったし、それ以上に戦場において背後を任せられる安心感と言うものを彼らは有していた。
この安心感を持っているというのは重要だ。
そうした安心感を持っている者の周りには、信頼するに値する人材が自然に集まってきて、お互いに助け合うようになるからだ。
「さて、もうすぐ着くな」
サブカたちが会話をしながら進んでいると、やがて獣道は頻繁にヒトが通っている事を示すようにしっかりとした道に変わっていく。
そうして、敵の拠点であろう岩壁に開いた洞窟の入り口と、その前に立つ二人の野盗の姿をヒトには決して捉えられない距離から見つけたサブカは一度足を止める。
「えと?」
「なんすか?」
「連中の拠点に着く前に、お前たちに言っておくことがある」
サブカは二人の方を向く。
二人は突然どうしたと言わんばかりの表情を浮かべるが、サブカはそれを気にせずに言葉を紡ぐ。
「躊躇うな。そして諦めるな」
「躊躇うな……?」
「諦めるな……?」
「そうだ。妖魔と違ってヒトは命乞いをする事が有る。だがそこで躊躇うな。命乞いをする様な連中は、大抵戦意など失っていない。そこで躊躇い、死ねば、自分が守るべきものを守れなくなる」
「……」
「そして諦めるな。諦めたものに勝機が訪れる事はない。諦めたものから死んでいく。戦いと言うのはそう言うものであるし、諦めれば誰かを支える事は出来なくなる」
「……」
サブカの言葉にガオーニとジーゴックは悩ましげな表情を見せる。
だがそれは、二人がサブカの言葉を真剣に受け止め、受け入れるに相応しい考えであるかを真面目に考えているからこその表情だった。
「俺は御使いサーブではないが、要するに『守るために躊躇うな。支える為に諦めるな』だ」
「へ?」
「え?」
「では行くぞ」
サブカは自分が言うべきことは言ったと言わんばかりに剣を抜き放つと、はっとした表情を見せる二人を置いて、一気に獣道の向こうへと駆け出していく。
「ん?なにも……ぎゃああぁぁ!?」
「誰だテ……がっ!?」
そして二人の野盗の断末魔を皮切りとして戦いは始まった。
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