第162話「名も無き騎士-1」
「……」
前レーヴォル暦40年夏の一の月。
蠍の妖魔のサブカは一人森の中を歩いていた。
サブカには別段これといった目的は無い。
ただ、自身の見た目と性格上、一つ所に留まるべきでないと考え、ヘニトグロ地方の各地を彷徨っていた。
そして、今はソフィアたちに無用な心配を与えないようにするべく、一年ごとの集まりに顔を出すために旧マダレム・エーネミに向けてゆっくりとした歩調で歩いていた。
「幾らか腹が減って来たな……」
ただこうして一人旅をする上で、サブカは自分自身に対して一つの誓いを立てていた。
それはヒトとして許されざる行いをしている者、自らの意思で自分に戦いを挑み負けた者しか食べないという誓い。
その誓いは同時に、喰らってもいいと思える獲物が存在しなければ、自殺もしくは餓死する事を選択すると言う覚悟の現れでもあった。
「……」
勿論、この覚悟が至極身勝手な物であり、自己満足に過ぎないものであることをサブカは理解している。
普通のヒトから見れば自分が殺すべき妖魔である事は変わらず、ヒトの道から外れた外道であっても自分たちを襲う敵である事に変わりはない。
友人と呼んで差支えないソフィアたちにも心配はかけているだろうし、普通の妖魔から異常な存在だと白い目を向けられたり、裏切り者だと攻撃を受ける事も仕方がない事であるとサブカは思っている。
だがそれでもサブカは自身の生き方を、殺し喰らうヒトを選ぶと言う傲慢な生き方を捻じ曲げる気にはならなかった。
いや、なれなかった。
「そろそろ死ぬかもな……」
そうして、この時のサブカは既に一週間ほどヒトを食べていなかった。
ヒトの食事は摂っていたが、妖魔はヒトを食わなければ生きていられない存在であるため、少しずつ耐えがたい飢餓感のようなものが湧き出していた。
サブカは腰に挿している剣の一本を握る。
正気を失いかけた時、直ぐに自分で自分の首を刎ねられるように。
「だがそれも……よくは無いか。少なくとも今は」
やがてサブカが剣を抜こうとした時だった。
サブカの耳はこのまま道を進んだ先で上がった一人の少女の助けを求める声を捉える。
そして、少女の声を聞き届けると同時に、サブカは己の内に湧き出していたはずの飢餓感を忘れて、ヒトの脚力では決してありえない速さでもって道を駆け出す。
「見えた」
「誰か……誰か……」
「ひひひひひっ、コイツは上玉じゃねえか」
「運が良いなぁ。ありがたいこった」
「前の女も丁度死んだばかりだしなぁ」
やがてサブカの瞳に御者と護衛が殺され、道の真ん中に停めさせられている行商の馬車と、その馬車の中で怯えている二人の少女、それから二人の少女を囲んでいやらしい笑みを浮かべる野盗たちを捉える。
「さあて、折角だし早速味わせてもらうかね」
「そうだな。馬も手に入ったし、アジトに着くまでの間にも楽しませてもらうか」
「い、嫌ああぁぁ!誰か!誰かああぁぁ!」
「げひひひ。優しくしてやるよ。一応な」
「お姉ちゃん……」
迷う必要も躊躇う理由もサブカには無かった。
「それじゃあ……」
「死ねっ」
サブカの右前腕に持った剣が振るわれ、二人の少女に手を伸ばそうとしていた男たちの内の何人かの身体が二つ以上に切り離され、一瞬遅れて紅い噴水が噴き上がる。
「何も……」
「ふんっ!」
続けて左前腕で持った二本目の剣が振るわれ、サブカの正体を問い詰めようとした男の上半身が縦に切り裂かれる。
そしてこの時点で、サブカは男たちの実力を把握し、少女たちにこれ以上のショックを与えないためにも、自分が妖魔だと分かるような戦い方をするべきでないと判断する。
故にサブカはフードを深く被り直し、口元も布で改めて見えないようにすると同時に、もう一対の腕が表に出る事が無いようにその腕でマントを内側から握りしめるようにしておく。
「馬を走らせろ!コイツ等は私が仕留める!」
「えっ!?」
「っつ!?」
「ボケが!誰がにぎゃ……あっ、ぐっ……!?」
「ヒヒイィーン!」
と同時に、これからこの場で惨劇の内容を考えて、サブカは少女たちに逃げる事を勧め、少女の片方……もう一人に比べて多少幼い方の少女が馬の手綱を握り、一気に走らせ始める。
「この……野郎」
「生きて帰れると思うんじゃねえぞ……」
「ぶっ殺してやる」
「殺してやる……か」
馬車はこの道が森の中に造られた道であった事もあって、直ぐに見えなくなってしまう。
こうなってしまえば、もうこの男たちに馬車に追いつく術はないだろう。
すると当然の権利のように、男たちは仲間を殺された事と獲物を逃がされた事への怒りを露わにし、サブカへと武器を向ける。
「それはこちらのせ……」
「どおりゃあ!」
男の一人がサブカの胸を貫くように粗末な造りの槍を突き出す。
「なっ!?」
「っつ!?」
「馬鹿なっ!?」
「はぁ……もういい」
だが槍はサブカの胸を貫けないどころか突いた衝撃で柄が折れ、使い物にならなくなってしまう。
「抵抗するな」
「「「あ、あ……あ……」」」
目の前の光景に男たちは呆然とする他なかった。
「そうすれば楽に殺してやる」
「「「う、うわああぁぁ!?」」」
そして、呆然とする男たちを相手に、サブカによる蹂躙劇が始まった。
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