第152話「蛇の参-5」
「ん?」
「あら?」
翌朝。
盗賊団討伐の先遣隊に参加するべく、準備を整えて宿の外に出た私の前には、昨日食堂で見かけた黒髪橙目の男が立っていた。
鉄の剣に要所を鉄で補強した革の防具、小さ目な木製の盾、荷物が大量に入った麻の袋と言う身なりからして、どうやらこの男も先遣隊に参加するつもりであるらしい。
「「……」」
ああうん、やっぱりこの男は何処か気に入らない。
ディランのようなクズ男でもなければ、ドーラムのように腐ったヒトでもないはずなのだが、この上なく気に入らない。
そしてそれは向こうも同じだったのだろう。
ピッ!
私は右手で、男は左手で、無言かつ無表情のまま首を掻っ切るような動作をし、
グッ!
お互いにその場に這いつくばれと言う意思を視線に込めつつ、親指を地面に向け、
ドオンッ!!
その直後、同時にもう片方の手で相手の顎を殴りつけた。
勿論全力で。
「ぺっ、何でか知らないけど、やっぱりアンタは気に入らないわ」
「はんっ、それはこっちの台詞だ女装野郎。初めて見た時からお前は気に入らなかった」
私と男は距離を取ると、私は血が多少混じった唾を吐き捨てながら、自分の感情を正直に言う。
対する男も軽く顎の調子を確かめつつ、私の事を気に入らないと一切の冗談抜きに言ってくる。
「戦場で困っていても、アンタだけは助ける気にはならないわね」
「それはこっちの台詞……と言うより、そもそもお前と違ってそんな状況には陥らねえよ。俺は強いからな」
「はんっ!その台詞熨斗を付けて返してやるわ」
「「……。ふんっ!」」
そして私たちは同時に相手から顔を背けると、別々の道を通って集合場所に向かう。
これが今朝の話だった。
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で、現在。
「なーんで、アンタなんかと一緒に行動しないといけないんだか」
「俺だってお前なんぞと一緒に行動するのは御免だっての。まったく、なんで小隊なんぞを組まなきゃいけないんだか」
私たちは隊商が盗賊団に襲われた場所へ向けてゆっくり行軍していた。
今の調子で進み続ければ、二日後には隊商が襲われた場所に辿り着く事が出来るだろう。
「管理をしやすくするためでしょ。そんな事も分からないの?これだから脳みそまで筋肉みたいな輩は困るのよ」
「はんっ!俺が嫌なのは、小隊を組む事じゃなくて、お前と小隊を組む事だっての。言葉の表面だけ捉えてんじゃねえよ。頭でっかちが」
で、このとにかく気に食わない黒髪橙目の男……シチータが私の隣で歩いている理由だが、マダレム・シトモォを出発前に先遣隊を率いる中隊長にこう言われたからである。
『傭兵たちは五人以上、七人以下で集まり、そこに我々の兵士を一人加えて小隊にする。と』
その言葉を聞き、私もコイツも同じ小隊にならないように、戦場で一緒に戦っても大丈夫なように、真剣に小隊を組む仲間を探した。
だが気が付けば、私とコイツは同じ小隊にされていた。
勿論全力で拒否したが、小隊を組めないなら帰れと脅されたために、私もコイツも小隊を組むことを渋々受け入れる他なかった。
まったく、心の底からこう言いたい。
「本当にどうしてこうなったんだか。何か悪意のようなものすら感じるわ」
「全くだ。あーあー、とっとと盗賊をぶちのめして、コイツの側からおさらばしたいぜ」
「ああん?」
「ふんっ」
私の言葉に被せるようにシチータも言葉を発する。
ああうん、本当にコイツは私をイラつかせる天才ね。
「二人ともそこまでにしとくでやんすよー」
「頼むから敵の前で仲間割れなんて真似はよしてくれよ」
「死ぬなら周りを巻き込まないで死んでくれ。俺は死にたくない」
「ああ、胃が痛いであります……」
と、お互いに睨み合っていたところ、前を歩く他の小隊メンバー……短剣を使う茶髪赤目の男ハチハド、槍を使う赤毛黄色目の男タッジュウ、大斧を使う黒髪黒目の男トラウシの三人からは直接的に注意され、私たちの小隊付きの衛視であるミグラムからも暗にこれ以上は勘弁してくれと言われてしまう。
「……。仕事が終わるまではお互いに無視し合いましょう。私だって命は惜しいわ」
「……。そうだな。ただでさえ戦場では何が起きるか分からねえんだ。不確定要素は少ない方がいい」
私もシチータもその言葉を最後に、お互いの姿すら見えないようにピッタリと歩幅を揃え、視線が交わる事すら無いようにゆっくりと歩いていく。
その行動にミグラムたちも安心したのか、これ以降私たちの方を向く事も、注意することも無かった。
「……」
それにしてもだ。
何故シチータに対して、私はこれほどにイラつくのだろうか。
今までの言動から考える限り、シチータは人間的には別段問題ない人物である。
目に見えない部分での相性の悪さを鑑みても、ディランやドーラム以上に私の事をイラつかせるような人物には本来ならならないはずである。
シチータが無意識的に何か私を挑発するような魔法でも使っているのだろうか。
「……」
それともう一つシチータについては気になる事が有る。
今朝遭った時、私たちはお互いの顔を殴った。
あの時の私の拳は、ただのヒトが相手なら確実に首から上が弾け飛ぶような威力だったはずである。
だがシチータはそんな一撃を受けても、多少顎をさする程度だった。
そして、その時に同時に放ったシチータの一撃は、妖魔である私が口の中を軽く切るほどの威力を持っていた。
「ボソッ……(注意するに越したことはないわね)」
どちらも良い所に入ったことを考慮してなお、ただのヒト相手では有り得ない現象だった。
故に私は内心でシチータへの警戒度を上げる事にした。
それこそ盗賊団よりも遥かに注意すべき相手として。
ソフィアが全力で殴っても大丈夫な時点で何かがおかしいですね。
少し足りないから七なのよ。