第147話「シェーナの書-6」
「と言う事が有ったんだ……」
「シエルん大変だったね……」
「何と言うか……ご愁傷様と言う他ないわね」
「まあその……その内良い事があるだろうさ」
夏の二の月は新月の日。
私たちはもはや毎年恒例の行事として、マダレム・エーネミ跡地に集まり、お互いの近況について話しあっていたのだが……うん、シェルナーシュが遭遇した事態について聞いた私たちには、シェルナーシュを慰めること以外は出来そうになかった。
いやうん、幾らシェルナーシュの腕力が普通のヒト並しかないとはいえ、妖魔を性的な目的で襲うヒトが居るとは……剛毅な人間も居るものである。
「ぐすんぐすん」
「よーしよーし」
「おい、ソフィア」
「何かしら?サブカ」
さて、トーコがシェルナーシュの事を慰めている間に、私に話があるらしいサブカとの話を済ませてしまおうか。
「質問だが、ヒトが妖魔の子を身ごもるなんてことがあるのか?」
「んー……、私自身は見た事はないけれど、噂とかでなら、そう言う話は時折聞くわね」
「時折か」
「まあ、ヒトと妖魔の子が居てもおかしくはないと思うわよ。雄の妖魔がヒトの女性の事を少しでも美味しく食べたいと考えた時に、相手を犯すというのは一番よく使われる手段だし、そうやって相手を犯している時は周りへの注意もおろそかになる。だからその場に他の誰かが居れば、犯されはしてもヒトの女性が助かる可能性は十分にあるもの」
「なるほど」
私の言葉にサブカは納得したと言うような表情を見せる。
ただまあ、私としては厄介なのはここからだと思っているが。
「ただまあ、そうやって産まれたヒトと妖魔の子がマトモに育つ可能性は少ないと思うけどね」
「何?」
私の発言に先程まで安心した様子を見せていたサブカが訝しげな視線を向けてくる。
「先に言っておくけど、シェルナーシュの例は特例中の特例よ。普通の妖魔とヒトの間に出来る子は、ヒトの女性からしてみれば無理矢理造らされた子供。おまけにヒトの側からしてみれば、ヒトを食う化け物の血を引いた子供なのよ」
「……」
「妊娠している時でさえ、自分の腹を食い破って出て来るんじゃないかと恐怖するだろうし、成長すれば家族や友人たちを襲うかもしれない。そんな風に思えてしまう子を育てる親なんてまず居ないわ」
「……」
「となれば、大半の子は良くて何処か適当な場所に捨てられ、酷ければ産まれた直後に殺される……いえ、普通の親の元で成長した後に受けるであろう扱いを考えれば、産まれた直後に殺された方がまだ幾らかマシかもしれないわね」
「……。それほどまでに酷い扱いになる可能性もあるのか」
「ある。と言うより、合いの子が百人居れば、九十九人は確実にそう言う育ち方を、残りの一人も多少マシな育ち方をする程度でしょうね」
「……」
私が挙げた妖魔とヒトの間に出来た子が辿る道筋に、サブカは何処か悔しそうな表情を浮かべる。
恐らくは自分に何か出来る事が無いかと考え、直ぐに自分の見た目ではどうしようもない事を、そもそもとして自身も子供たちがそう言う扱いを受ける原因の一助になっている事に気付いたからだろう。
「まあ、無事に育つかどうかは、産まれた子の周囲の環境次第。成長過程において私たちに出来る事は何も無いし、その後を考えればむしろ関わりを持たないようにした方がいいわ」
「……出来る事が何も無いのは分かるが、関わりを持つなと言うのはどういう事だ?」
「あくまでも噂から推測したに過ぎないのだけれど……」
私は近くの壁に寄りかかり、腕を組みながら、この世の何処かに居るであろうマトモに育った妖魔とヒトの子の存在を頭の中に思い浮かべる。
「ヒトと妖魔の間に出来た子は、ただのヒトには無い特徴……つまりは妖魔の力を幾らか受け継いでいると言われているのよ」
「おい待て!?それはつまり……」
「そうね。単純に考えれば、豚の妖魔が父親なら人外の膂力。狼の妖魔が父親なら並外れた嗅覚や鋭い爪。シェルナーシュなら人並み外れた魔力と言ったところかしら」
「……」
まあシェルナーシュならそうかと言うような表情をサブカが浮かべているのはさて置いて、私は話を続ける。
「勿論何も受け継がない可能性もあれば、多少普通のヒトよりも毛深くなる程度の微細な変化だけの可能性もある。ああ、尻尾や翼が生えるなんてのもあり得るかもしれないわね」
「何でもありだな」
「ええ、そしてヒトにとって最悪の場合には、妖魔共通のヒトを食わなければいけない性質を。妖魔にとって最悪の場合には、妖魔とヒトを見極める能力だけを受け継ぐ可能性だってあるわ」
「それは……拙いな」
「ええ、拙いわ。だからそうね。シェルナーシュが言う所の英雄を謎の存在との契約によって生み出される後天的英雄と称すなら、妖魔とヒトの子は先天的英雄とでも称して、どちらとも戦いにならないように、関わり合いにならないように動いた方がいいでしょうね」
「……」
サブカがどちらの立場にとって拙いと言っているのかは敢えて問わない。
問わなくてもどうせ分かる事だし。
「まあそう言うわけだから、私たちとしては英雄と関わり合いにならないようにだけ気を付けて行動をしましょう。どうせ私たち妖魔よりも更に数が少ない存在なわけだしね」
「分かった。覚えておく」
そうして、二種類の英雄についてどうするかをトーコとシェルナーシュに伝えたところで、この年の集まりは終わりを迎える事になった。
後天的でも先天的でも英雄(正確には英雄になれる素質)には違いありません。
07/01誤字訂正