第146話「シェーナの書-5」
邂逅者テトラスタの娘、シューラ。
彼女はテトラスタ教の教えを受け取った邂逅者の娘として考えるには、少々どころでなく自由奔放な性格であったとされ、生涯夫を持たず、家を守らず、己の魔法の研鑽に身を費やし、彼女が落ち着いていたのは子であるルズナーシュが育つまでの一時だけであったとされている。
さて、そんな彼女が『シェーナの書』を手にする事に至ったエピソードだが……(中略)……と言う事であり、全てが真実であるならば彼女は魔法について御使いシェーナから直接教えを受けた三人目の邂逅者と言う事になる。
彼女が本当に邂逅者であるかはさて置くとして、事実として彼女の魔法の力量は、各種記録から鑑みるに現代でもなお高いと言え、その身一つで宙に燃え盛る炎を生み出した事もあれば、マダレム・イーゲンを襲った野盗の集団をたった一人で焼き払って見せた事もあるとされている。
そして、他にも高い魔法能力を有する事を示すようなエピソードを数多く所有している。
ここにそのエピソードを幾つか示すとする。
(中略)
また、これらのエピソードに加えて、『シェーナの書』の写本を何冊も作り、当時マダレム・イーゲンに拠点を置いていた魔法使いの流派『光の手』の技術を大きく向上させると共に、全ての人の魔法能力向上に尽力したとされている。
そのため、『光の手』では彼女の働きに敬意を示すと共に、その名を讃えるべくその名を『輝炎の右手』と改めると共に、彼女の息子にして彼女と同じかそれ以上の魔法使いだったとされるルズナーシュが『輝炎の右手』の初代首領に就いたと言う話も残っている。
なお、ルズナーシュと言えば、現代でも優秀な魔法使いの先祖を辿れば、必ずその名が出てくるとされるほど優秀な魔法使いであると同時に、六十代になっても若い愛人との間にまだ新しい子供を作ったとされるほどに好色な人物として有名ではあるが、桁外れに好色なだけで後は至極真っ当な人物であり、全ての子供と孫と妻と愛人を平等に愛したとされる、世の多くの男性が抱えていそうな夢をある意味叶えてみせた人物でもある。
彼についてはその女性遍歴だけで一冊の本が書けそうな人物であるため、ここではこれ以上語ることはしない。
『シェーナの書』。
御使いシェーナが記し、シューラに授けたとされる書物。
その中身は魔法についての基礎的な知識であり、内容の大半は現代でもなお通用するとされるものである。
なお、内容については、多岐にわたる上に写本も数多く存在し、魔法使いを志す者ならば一度は見たことがあるであろうし、ここでは記述しない。
それと、この書物を本当に御使いシェーナが書いたかどうかについては論じない。
本の著者として記されている名がシェーナであるだけで、書を受け取ったシューラ自身が書を書いた存在について語ることも無ければ、他に物的証拠が存在しない為である。
だが、この本の原典が、御使いシェーナの名を冠するに相応しい本である事は事実である。
私は本書執筆にあたって、マダレム・イーゲンの教皇庁に保存されている各種資料を見させていただいたのだが、前レーヴォル暦40年頃から存在しているとはとても思えないものだった。
と言うのも、当時の本と言えば巻物もしくは紐綴じの本のいずれかであるのに対して、『シェーナの書』は一見すれば現代または近代に造られた本のように見える作りになっているのである。
ここで重要なのは一見すればと言う点である。
と言うのも、『シェーナの書』は一見すれば現代の本のような装丁になっているが、その実糊は一切使われておらず、表紙の樹と革も、本体である羊皮紙も、表紙に飾られている四つの宝石も、お互いの接触面を僅かに溶かして融合させることによって造られているからである。
当然このような技術は現代でも極限られた魔法使いにしかできない匠の技であり、私が知る限りでは同様の技法でもって作られた書物は『四つ星の書』の原典を含めて、数冊しか存在しない。
また、『シェーナの書』の表紙に飾られている四つの宝石は、調査によって特殊な加工を施された魔石であることが分かっている。
この四つの魔石によって、現代でもなお『シェーナの書』は造られた当時の姿を維持すると共に、悪意を以て書を傷つけようとするものを罰するとされている。
そして、このような逸話があるために、この四つの宝石が填め込まれている部分の装飾……丸い胴体の中に四つの宝石が収められたこの装飾は珠蛞蝓と呼ばれ、多くの魔法使いが御使いシェーナの英知にあやかれるように身に着けるようになっている。
歴史家 ジニアス・グロディウス
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(原稿の片隅に書かれている)
私個人としては、シューラのエピソードは全て真実であると共に、敢えて本文の中では書かなかったが、ルズナーシュの父親は御使いシェーナであると言う事に対して確信を抱いている。
残念な事に確信を抱くきっかけとなった情報源については明かす事は出来ないが。
ただ……情報源の話が真実であるとした場合、御使いシェーナの名誉を著しく損なう事になる。
尤も、これが真実であるほうが、御使いシェーナの人間嫌いな性格に納得がいってしまうのもまた事実である。
いずれにしても、この真実について私は墓場にまで持って行くこととしよう。
文中で前レーヴォル歴40年頃と言っているのは、正確な年数の特定が行えない為です。