第145話「シェーナの書-4」
「ふんっ!」
小生は気合の声を上げながら、手に持った紐を通して、その先にある一見柄の無い金貨へと溢れんばかりの魔力を注ぎ込もうとする。
すると、金貨は制限なく放出すればこの小屋全体を覆い尽くせるほどの魔力を難なく吸い込むと、一瞬その表面に六角六翼六腕の細長い生物の姿を浮かび上がらせつつ、四つの親指の爪ほどの大きさの宝石……ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズを生み出す。
ふうっ、どうやら上手くいったらしい。
「師匠、今のは……」
「これか?これは小生の魔力を……そうだな。疑似魔石とでも言うような形に変換したものでな。作る時に込めた意思に沿って、中の魔力が尽きるまで働いてくれる」
小生は四つの宝石を手に取ると、本の表紙として革と装飾用の樹を接着の魔法で融合させて作ったものに填め込み、取れる事が無いように宝石も本と融合させていく。
うん、丸い胴体を持つ蛞蝓の図を上から三分の一ぐらいの位置に付け、その蛞蝓の胴体の中に宝石を収めてみたが、中々に良いデザインに仕上がったな。
これならそれらしく見えるだろう。
「ただまあ、シューラ。貴様が聞きたいのはそう言う事ではないのだろう」
「はい。その……そのペンダントは師匠が?」
「いや、拾い物だ」
さて、しっかり宝石の中の魔法が起動した事を確かめるまでの間に、シューラの疑問を解消しておくとしよう。
「拾い物……ですか」
「そうだ。小生もどこの誰が何を思って、今のような妖魔にとってもそれなりにきつい量の魔力を取り込み、魔石と同じような力を持つ宝石に変換するなどと言う有り得ない逸品を作り出したのかは知らない。が、中々に便利だからな。こうして使わせてもらっている」
「なるほど」
「ちなみに貴様の思っている事を先読みして言わせてもらうなら、これは英雄が造ったものでは無い。と言うより、英雄でもこんな物を造るのは無理だろうな」
「えっ!?」
小生の金貨に対する説明と、製作者は英雄すら超える何者かという言葉に、シューラは驚きの表情を浮かべる。
だがまあ、実際物を造ることに特化した英雄でも、この金貨や、ソフィアのハルバード、トーコの鍋などを造るのは無理だろう。
なにせどの物品を造るにしても、並どころか一流の魔法使いでも到達できないであろう領域にまで至った魔法を必要とし、それと同じぐらい職人としての技量も要求されるのだから。
「個人的な意見を言わせてもらうのならば……そうだな。これを造ったのは、英雄に力を与えている存在か、それに並ぶような存在だろうな」
「そんな存在が……」
「居るはずだとも。でなければ、制約を課し、制約が守られているかを確かめるのは自分自身で出来ても、力が増える理屈が説明できないからな」
「……」
「それこそ、その存在こそがソフィールが冗談で言ったであろう主……世界全てを統べるような主だったとしても、小生としては驚くに値しないぐらいだ」
「それほど……ですか」
そんな次元にヒトが到達するには、どう足掻いても時間が足りないだろう。
いや、寿命が無いかもしれない妖魔であっても、その領域に到達するのは厳しいかもしれない。
だからこそ、魔法を人並み以上に扱えるようになった小生としては、そんな異次元の存在を認めざるを得なかった。
「と、そろそろいいな」
「あ、手伝います」
「順番や上下、裏表を間違えるなよ。ここで順番を間違えたら、後世まで残る恥になる」
「は、はい」
と、ここで宝石に込めた魔法が機能し始めた事を感じ取った小生は、シューラと共に本の本体となる羊皮紙の束の状態を改めて確かめていく。
当然、本の中身の文章についてもだ。
書き損じは勿論の事、誤字脱字などをそのままにしておいたら、この本が意図しているものの関係上、末代まで残る恥になりかねない。
「大丈夫そうですね」
「そのようだな。では、接着」
さて、文章が大丈夫な事を確かめたところで、小生は予め作っておいた表紙、利き紙、本体を組み合わせ、接着の魔法によってそれらを融合させていく。
そして肝心の宝石の魔法……うん、しっかりと本の本体にまで及んでいる。
これで、よほど荒い使い方でもされない限りは、シューラが生きている間はその形を保ち続ける事だろう。
「これで完成……ですか?」
「そう言う事になる」
さて、完成した本だが、中身は御使いシェーナの名前で魔法についての諸々の知識を記している。
これで、魔法を扱うための基礎ぐらいは、文字さえ読めればほぼ誰でも学べるだろう。
「さて、分かっているな。シューラ」
「はい」
さて、今は冬の三の月が半分ほど終わった頃である。
それはつまり小生がこの地を離れる時期が近づいているという事でもあるが、去年、一昨年と違って、今回は今生の別れになる予定である。
「貴様は既にその身一つで魔法を使えるようになっている。そして、小生の知識を表したこの本も渡す。故に後必要なのは……」
「私自身の意欲ですよね。分かっています。師匠」
「その通りだ」
だが小生は心配していない。
シューラならば、この本さえあれば、後は自力で何とかして見せるだろう。
その程度には利発的な娘である事を小生は知っている。
「ただ師匠?」
「なんだ?」
ただまあ、それ程までに親しかったからこそ、この後のシューラの行動を小生には予測できなかったのだが。
「っつ!?何を!?」
「師匠、ヒトはどうしてもブレたり間違えたりする生き物なんです。だから、間違えない為にも何かしらの楔が必要なんです」
いつの間にか小生はシューラに押し倒されていた。
そして、シューラの方が小生よりも背が高く、小生の腕力が普通のヒト並でしかなかったために、小生にはシューラを力で跳ね除ける事は出来なかった。
「ですから師匠……」
「おい待て何を!?」
「私が間違えない為の楔を下さいね」
「まっ……」
そうして小生は……ある意味でシューラに食われた。
シェルナーシュの身体能力はお察しだからぁ……