第144話「シェーナの書-3」
「ふむ……馬鹿弟子。一つ問題を出そう」
「何ですか師匠?藪から棒に」
冬の二の月の初めごろ。
小生は書き物をしている手を止めると、シューラに一つの問題を出してみる事にした。
「貴様は魔力が何処で生まれて、何故それぞれの存在の中に留まっていると思う?」
「魔力が何処から生まれて、どうして生み出したものの中に留まるか……ですか。うーん……」
小生の問題にシューラは首をひねり、見るからに悩んでいますと言う仕草を見せる。
「一応聞いてみますけど、師匠はこの問題の答えを分かっているんですよね」
「ある程度はだがな」
「つまり師匠が今書いているそれの為に、私の意見が欲しいんですね。なら真面目に考えないと駄目ですね」
「欲しいと言っても参考の参考程度だがな」
それなりに付き合いが長いだけあって、シューラは問題の裏の意図まで理解してしまったらしい。
まあ、真面目に考える一助になっているなら別に構わないが。
「そうですね……まず魔力を生み出すものは、非実体的な物だと思います」
「根拠は?」
「一つは魔力が変換を行わない限り非実体的な物であり、そこに有る事を感じ取り、込められた思いなどで影響を受ける事はあっても、直接的に他の物に干渉する事が無いから」
「ふむ」
「もう一つは、私の場合魔力は胸の辺りから出て来て、溜まってる感じが有るんですけど、そこに魔力を貯め込むような器官が無いから。ですね」
「ほう、具体的には?」
「動物……えーと、この場合はヒトや蜥蜴、狼なんかですけど、そう言った生物の胸の辺りにあるのは精々心臓、肺、食道、胃、後は骨ぐらいなんですよね。でも、これらの器官が魔力を生み出すものとは思えませんし、取り込むものとも思えなかったんです」
「なるほど」
ふむ、どうやらシューラもそこの考えは小生と同じであったらしい。
実際、どの器官も他の役割を持っている事は間違いないのだから、魔力を生み出しているものとは考えづらいだろう。
「では魔力を留めるものは?」
「うーん……生命力……ですかね?」
「ほう?」
「えーと、まず大前提として、魔石は例外的な物として、それ以外に魔力を有し、他の存在の魔力と混ざらないようにしているものを考えると、全て生きているものであるように感じられるんですよね」
「だから生命力か」
「はい」
そして留めるものについては生命力がそうである……か。
「惜しいな。百点満点中五十点と言う所だ」
残念だが、魔力を留めておく力があるのは生命力だけではない。
「えー……」
「よく考えてみろ。魔力を体外に放出する時、小生たちは何でもって魔力が拡散しないようにしている?」
「あっ、あー……意思……ですか」
「そうだ。意思によって、魔力が散っていくのを押しとどめる事が出来るし、魔力の形や位置を変える事も出来る。それを考えれば、意思によって魔力を体内に留める事が出来るのにも納得がいくだろう」
「ですねー」
シューラがしまったという顔をしつつも、納得の頷きをする。
実際、魔力が意思の影響を受けなければ、魔法使いなどと言うものは存在できなかっただろう。
「ああそれとだ。魔石を例外に置いたのも間違いだったな」
「と言うと?」
「これはソフィールが言っていた事だがな。魔石には、元の妖魔の感情や意思と言ったものが残りかすのような形でだが、存在しているらしい。そして、その残りかすまでも上手く扱える職人が一流の職人だそうだ」
「へー……」
また、魔石は小生にとって専門外なので、詳しい事は分からないが、ソフィア……と言うよりは、数代前のペルノッタだった老人曰く、生前の種族に関わらず、魔石には蓄えられている魔力の素養以外にも、一つ一つ機嫌や感情のようなものがあるそうで、魔石が上手く加工出来ない時は大抵この元の妖魔の残滓のようなものが原因であるらしい。
ただ、この残滓は悪さをするだけでなく、上手く扱えば魔法の効果を向上させる力もあるようで、事実マダレム・エーネミを滅ぼした手招く絞首台の魔法用の魔石を作る時も、この残滓を上手く使っていたようだし、この事を理解してからソフィアの魔石加工技術は飛躍的に上がっているようだった。
「で、その残りかすだが、これも当然……」
「一種の意思である。ですか」
「そうだ」
なお、こちらは推測だが、この残滓が無いと魔石はそもそも出来ないのではないかと小生は考えている。
なにせ残滓が無いと言う事は、この世に残す思いが無いという事であり、この世に残す思いが無いという事は魔力を留めておくための生命力も意思も存在しないという事なのだから。
ああそれと、事実として餓死した妖魔の魔石はほぼ使い物にならないし、激戦の上で仕留めた妖魔の魔石よりも、一撃で仕留めた妖魔の魔石の方が質が良いというのもよく言われる事ではある。
ソフィアに確認を取らないとこれが真実かどうかは分からないが。
「それにしても師匠」
「なんだ?」
「師匠はどうして本なんて書いているんですか?」
「ああそう言えば言ってなかったか」
と、シューラが書きかけの本を指差しながら、小生に尋ねてくる。
そして、その質問をされた事で小生もシューラにあの事を言っていなかった事を思い出す。
うん、早めに言っておいた方が、シューラにとっても都合がいいかもしれない。
「これは貴様に贈る本でな、小生が知る限りの魔法についての知識が書いてある」
「……。どうしてそんなものを?」
「マタンゴ騒ぎの件でな。ソフィールからマダレム・イーゲンにはあまり近づかない方がいいと言われている。だから小生がこの地に来るのも、今年で最後にするつもりだ」
「……。だから、その本を?」
「そうだ。この本があれば小生が居なくても魔法の知識は伝えられるし、今後小生の身に何かがあっても、小生の知識だけはこの世に残せるからな」
「そう……ですか。そうですよね……」
小生は書きかけの本についての説明をシューラにする。
説明を聞いたシューラはどこか悲しそうにしているが、こればかりは仕方がないだろう。
小生は妖魔で、シューラはヒト、本来ならばこうしてこの場に一緒に居る事がおかしい二人なのだから。
そしてそれ以上に、シューラと違って小生は何時死んでもおかしくない身でもある。
「シューラ。小生はお前の事を信頼している。だからこそ、お前に小生の知識を記した本を渡す。それは分かっているな」
「……。はい。分かっています。仮にこれから師匠に会えなくても、私は師匠から授かった全てを大切にしたいと思います」
だから小生はこの本を書くことに決めた。
妖魔に教えを乞うような馬鹿弟子が道を違えたりしないようにするべく。
06/29誤字訂正