第141話「蛇の弐-8」
「さあて、目に物を見せてやりましょうかね」
地面との契約が完了した私は、意識をウンディーネの居る正円状の湖の周囲への地面と向かわせ、そこの地面の疑似聴覚と触覚を私のものと繋げる。
「~~~♪」
そうして聞こえてきたのは少女が歌っているような鼻歌の音と、水面を一定の間隔で叩く音。
うん、まず間違いなくウンディーネの鼻歌だろう。
「暢気な物ね……その方がありがたいけど」
だが、ウンディーネの様子からして、私の魔法に気付いていると言う事はなさそうだった。
なので、私もウンディーネの注意を引かないように気を付けてだが、予定通りに事を進める事にする。
「……よし。やっぱりだけど沢山あるわね」
ウンディーネ周囲の地面が感じている触覚の情報を、私は少しだけ普段よりも鋭敏に感じ取れるように調節する。
すると、地面の上を這い回る小型動物や、地面を掻き分ける草木の根の感覚に混じって、大小無数の魔石が転がっているのが感じ取れた。
何故これほどの量の魔石が此処にあるのか、その理由は深く考えるまでもない。
あのウンディーネが、自分に近寄っただけの妖魔たちを気まぐれに殺したからだ。
勿論、事実が違うかもしれない。
が、さっきの遭遇でも、私と視線が合ってなお躊躇いなく私ごと殺しに来ていたぐらいだし、まず間違いないだろう。
「ま、何にしても都合は良いわ」
私はウンディーネ周囲の地面を操作すると、ウンディーネに気づかれないように地面の中に魔石を取り込む。
そして、地中を移動させて、ウンディーネ周囲の地面の中に在った魔石を、全て私の居るこの場所にまで移動させていく。
「……。やっぱりあのウンディーネはここで始末するべきね。ヒトだけじゃなくて妖魔にとっても危険な相手でしかないわ」
そうして私の手元に集まった魔石の数を見て、私は思わず一瞬絶句する。
私の手元に集まった魔石の数は少なめに見積もっても50は超えていた。
それはつまり、ゴブリンのような複数体で現れる妖魔も含めてだが、同じ数の妖魔がこの近くまたはウンディーネが荒している川の中で、比較的最近死んだことになる。
ああうん、十数匹程度なら予想の範疇だったけど、流石にこの数は想像の範囲外だった。
「まあいいわ。手早く処理を済ませちゃいましょうか」
だがしかしだ。
私のやりたい事から考えると、魔石が多いに越したことない。
しかもただの魔石ではなく、直接的にせよ、間接的にせよ、ウンディーネの被害をこうむって死んだ妖魔たちの魔石だ。
あのウンディーネを殺す為ならば、普通の魔石よりも効率よく力を発揮してくれるかもしれない。
現に、今私はウンディーネを仕留める為に必要な手が何かを考え、その手に合わせて魔石を最低限のレベルで加工していっているのだが、普段よりも出来が良い気配がしている。
うん、これならば、私一人でも十分いけるだろう。
ドドルタスさんたちが居る事を考えれば、最悪弱らせるだけでもいいわけだし。
「さて、加工と仕込みが終わり次第、仕留めに行きましょうか」
そして私は近くにあった木の中で、最も元気がありそうな木の枝を数本切り取った。
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「ふぅ……準備は完了ね」
数時間後。
すっかり暗くなった森の中、私は木立の間からギリギリウンディーネの姿が確認できる場所で、地面に両手と片膝を着き、両手の掌の下には魔石を置いていた。
準備は完了している。
後は、私のやる気が漲ればそれでいい。
「~~~~~♪」
「その見るからに能天気そうな頭をぶっ飛ばしてやろうじゃない」
私の視界の中心で昼間と変わらず、ウンディーネは鼻歌を歌っていた。
自分を傷つけられる存在が居ないと思っている為だろう。
その視線は勿論のこと、意識すらも周囲には向けられていない。
だが、その油断こそが命取りである。
「それじゃあ……始めましょうか。土よ!」
「!?」
私は使役魔法によって私の一部となっている地面を通じて、この場には無い魔石に魔法発動の為の力を注ぎ込む。
そして魔法発動の瞬間。
正円状の湖の出入り口にあたる部分の川底から大量の土が吹き上がると同時に、湖を迂回して新たな川が出来るするように、噴き上がったのと同じ量の土が消失する。
その光景にウンディーネは両目を見開き、ずっと続けていた鼻歌を止める。
「すぅ……」
だがここまでは下準備の下準備。
ウンディーネが川を荒せないようにするのと同時に、水の補給を断つだけだ。
本番はここから。
「土よ!土よ!土よ!」
「!?」
私が力を注ぎ込むたびに、ウンディーネの居る正円状の湖の湖底から、大量の乾いた土が噴き上がる。
それらの土は当然のように湖の水を吸い上げて泥となり、水の身体を持つウンディーネもそれに巻き込まれてその身を汚していき、自らの身体に土が混ざることを嫌がるようにもがき苦しみだす。
どうやら、一定量以上の不純物が自分の意思とは無関係に混ぜられるのは嫌であるらしい。
しかしこれはあくまでも下準備。
トドメは別に用意してある。
「さて……」
「!」
ここでウンディーネが私の存在に気づき、睨み付けてくる。
そして大量の泥に呑まれながらも、腕を振るおうとするが……。
「何本目で死ぬかしらね?」
「!?」
必殺の一撃が放たれる前に、地面を操作して射出した魔石付きの木の枝がウンディーネの腕に突き刺さり、腕を弾けさせながらその向こうの泥へと突き刺さる。
勿論、ただの物理的攻撃はウンディーネには通用しないので、一瞬驚いて攻撃を中断しても、直ぐにウンディーネはもう一度攻撃を仕掛けようとした。
「治癒」
「!?」
だがその前に木の枝に付けられた魔石がその効果を発揮し、制限なく発動された治癒の魔法によって、生命力が異常に活性化された木の枝は成長の為に大量の水を吸い上げ、自分の物にし始める。
当然、ウンディーネの身体を構成する水ごとだ。
「!……!?」
「治癒」
ウンディーネは急いで自分の身体に刺さった木の枝を外そうとする。
だがその前に、二本目の木の枝が突き刺さり、一本目を抜く暇も与えずに成長を始める。
「治癒治癒!治癒!!」
「ーーーーー!!?」
「治癒……っと、終わりね」
そうして七本目の木の枝がウンディーネの額に突き刺さり成長を始めた時だった。
ウンディーネの頭が一瞬だけ青い魔石に変化し、直後に全ての力を失い、跡形もなく砕け散る。
「ふぅ……」
それはつまり、ウンディーネが死んだことの証明だった。
「流石に疲れたわね」
そうして私は、いつの間にか増えていた小さ目な金色の蛇の環を指で弄りながら、誰かに見つかる前にその場を後にしたのだった。
今持っている手をフルに生かした結果がこれでございます
06/25誤字訂正
06/26誤字訂正