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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
140/322

第140話「蛇の弐-7」

「ごちそうさまでした。と」

 さて、キキは無事に食べる事が出来た。

 そしてその知識も……うん、私の中に入って来ている。

 ヘテイルの文字や言語はヘニトグロのそれとは違うので、キキの文化関係の知識を引っ張り出してこないといけない分だけ、自分のものにするのに多少時間はかかりそうだが、問題にはならないだろう。


「さて、それじゃあ早速始めましょうか」

 と言うわけで、早速使役魔法に関する知識の翻訳と発動を始めるべく、私は懐から未加工の魔石を取り出して地面に置くと、その上に右の掌を軽く乗せる。


「……」

 さて、使役魔法……キキの流派やヘテイルの言葉で言うならば式神術と呼ばれる魔法とは、簡単に言ってしまえば自分以外の存在の肉体を操る魔法である。

 勿論、『闇の刃』の黒帯や、『大地の探究者』の地面を操って簡易の砦を築いた魔法のように、ただ自分以外の何かを適宜操るだけの魔法ならば、他の流派にも数多く存在する。

 だがそれらの魔法と使役魔法には一つ大きく異なる点がある。


「んっ……」

 それは使役する対象と感覚を共有する事。

 つまり、動物を対象として用いれば、その生物の見ている光景、聞いている音を術者も感じられるし、嗅いでいる匂いも受け取れるようになり、それに合わせて行動を取ることが出来るのだ。

 ただその代わりなのか、使役魔法は即応性がそれほど高くない。

 使役魔法を発動するためには契約と呼ばれる行為が必要になり、使役する相手や術者の力量次第では、契約に何週間何ヶ月とかける事もあるそうだ。

 また、使役中は操作に夢中になりやすいために、本体が無防備になりやすいと言う欠点もあるそうだ。


「ま、そんな時間はかけていられないし、今回は色々とゴリ押しさせてもらいましょうかね」

 掌の下の魔石を私の中の力が通過し、量が増された状態で周囲の地面へと染み込んでいく。

 そしてこの辺り一帯の地面に染み渡ったところで……交渉ではなく支配をもって、彼らに私の一部と化す事を強要する。


「ん?案外素直ね」

 勿論、これは正しい契約の方法ではない。

 生物ではなく、非生物を対象にしていること含め、キキの知識の中では、緊急時以外にはやらないようにと言われている手法だ。

 キキはやってはいけない理由を契約対象からの反発を危惧してだと思っていたが……抵抗がまるで無かった事からして、やってはいけない理由は別にあるのかもしれない。

 まあ、今更引けないので、私は突き進むしかないのだが。

 だが私は直ぐに知ることになる。

 何故契約には時間をかけるべきなのか、何故生物だけを対象にするべきなのかを。


「うぐっ!?」

 契約が完了し、周囲の地面と私の感覚を同調させた時だった。

 私の意識を不快と称すほかの無い感覚が一気に占めていく。


「これ……は……」

 草木の根が皮膚を突き破り、私……いや、大地から少しずつ栄養を奪い取っていく。

 小さな獣や虫の類が皮膚の上や、皮膚のすぐ下を、大地に痛みを与えながら這いずり回っていく。

 川の水が皮膚を削り、地下の熱が肉を焦がす。

 膨大な量の情報が私の中を駆け抜け、私自身の意識を押し流そうとする。

 光もなく音もなく、匂いも無ければ音もない、ただただ自分の身体に何が触れているのかと言う情報だけが私の中を突き抜けていく。

 生物ならば何かしらの抵抗を行い、排除しようとするはずの情報がそのまま私の身体に注ぎ込まれる。


「ぐっ……あっ……」

 なるほどこれは緊急時以外にはやってはいけないと言われるはずだ。

 契約に時間をかけるのは、少しずつ情報量を増やして、術者の精神を慣らすため。

 生物だけを対象にするのは、感覚のズレを少なくすると同時に、生物ならまず耐えられない不快感を術者に与えない為か。

 もしこのままの状態が長引けば……肉体的には死ななくても、精神は死滅するかもしれない。

 そう思わせるほどの状態だった。


「でも……残念……ね。私はそんなに柔じゃないのよ」

 だが私は鼻の穴から血を流しつつも、私の中へと流れ込んでくる情報の量に制限をかけ始める。

 そしてそれと同時に、感覚のズレを少なくするために地面に伝わる振動を音に変換することによって疑似的な聴覚を与える事によって、私が耐えられるレベルにまで不快感を落としていく。

 ふふふふふ、一体これまでに何人の記憶を私が奪い、それを追体験してきたと思っているのか。

 今更この周囲の地面程度が今現在味わっている感覚の情報程度で流されるほど、私と言う個の精神は脆くない。


「何よりも」

 特にだ。


「恋すら知らない無機物如きが私の上に立てると思うな」

 ネリーへの想い、フローライトの愛、ヒーラの恋、キキの使命感、そしてソフィアが抱いていた激情。

 そう言った非生物には絶対に理解できない思いの前には、ただただ何が有ったのかを告げるだけの情報など、量が多いだけでまとめて処理してしまえる情報でしかなかった。


「さて……」

 やがて地面から流れ込んでくる情報は私が欲しい情報だけになり、僅かずつではあるが、動かす事も出来るようになってくる。


「これで掌握は出来たわね」

 それはつまり、私の使役魔法の契約が完了した証でもあった。

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