第139話「蛇の弐-6」
「まず一つ絶対にやるべき事としては、今起きた事を伝える事だな」
「そうですね。あんなものがあることを知らずに挑んだら……」
「まあ、何百人で挑んでも食われるだけでしょうね」
ドドルタスさんが言うまでもなく、先程私たちが経験したウンディーネの攻撃……ヒトも樹も岩も鉄も関係なくまとめて切り裂いてみせたあの攻撃、あの攻撃だけは誰かが報告しなければならないだろう。
でなければ何人で挑んでも、正面から攻めてかかったならば、ウンディーネの腹を満たすだけの結果に終わるだろう。
「よし、全員でこの場は退くことにしよう」
「そうですね。そうしましょう」
そう言うわけで、ドドルタスさんはこの場から全員で引きたいようだが……それはよくない。
「全員で……ね。でもそうなると問題があるわね」
「問題?」
と言うのも、全員で伝えに行った場合、情報を伝えた後に色々と問題が生じるからだ。
「ウンディーネの情報を伝えた後にどうするのかと言う問題よ」
「「……」」
そう、あの攻撃の情報を伝えた後はどうするのか。
その点について考えるのはマダレム・シキョーレの上役たちの仕事かもしれないが、伝えに行く前にドドルタスさんたちも色々と考えなければならない点だ。
戦うにしろ、耐えるにしろ、逃げるにしろ、だ。
「はっきり言って、アレをヒトが倒せるとは俺には思えない。奴が飢えて死ぬのを待つか、船でこの辺りから脱出する事を目指した方がいいと思う」
「私も同感です。アレはヒトが立ち向かえるような存在じゃない」
ドドルタスさんと『海を行くもの』の魔法使いの二人には戦う気はないようだった。
まあ、戦う気が無いのは別にいい。
別にいいが、彼らは分かっているのだろうか?
「言っておくけど、餓死するまで耐えようとするのは止めた方がいいわよ」
「どうしてだ?」
現実的に考えて、耐えると言う選択肢が存在しない事を。
「まず普通の妖魔がヒトを食べずにいられるのは二、三日程度。あのウンディーネなら、もしかしたら身体のサイズや能力の関係から、毎日一人以上は食べないといけないかもしれないわね」
「毎日一人……ですか?でもそれなら……」
「でもね。たぶんだけどあのウンディーネは既にこの辺り一帯の川を支配下に置いているのよ」
「おい待てまさか……」
「そ、川で溺れて死んだヒトは全てあのウンディーネの腹に収まると思っていいし、普通には考えられないような速さで奴が移動する可能性もある」
「「……」」
「つまり、相手が飢え死にするまで耐えようとするなら、飢えで狂暴化し、何でも切り飛ばせるような化け物が、突然街の中心部で現れかねない状態で一人の死者も出さずに耐えなければいけない。と言う事よ」
私の言葉に二人は想像したくもないと言わんばかりの表情を浮かべるが、残念ながらこうなる可能性を考えないのは危険すぎる。
と言うかだ、そもそもとしてあの攻撃を防ぐ方法が無ければ、仮に街の中心部ではなく、城壁の外に現れたとしても、壊滅と言う結果には変わりないだろう。
そして此処からマダレム・シキョーレまで行くのにかかる時間を考えたら……最悪連絡役が着いた頃には、マダレム・シキョーレがある場所は更地になっている可能性だって有り得るだろう。
「さて、そんな未来を回避する方法は……分かっているわよね」
「つまり伝令役がマダレム・シキョーレか手近な場所の早馬に着くまでの間、誰かが残ってアイツに嫌がらせを……最低でもこの場から移動できないような状態にする必要が有ると言う事か」
「そう言う事よ」
そう言うわけで、全員で揃って伝令に行くと言う選択肢はこれで潰れる。
「ソフィア。お前は元々ウンディーネが居る事を予測した上でここに来ていた。と言う事は、何か策があるのか?」
「一応はね。ただ現物を見た後だと、私ひとりじゃ無理だと言わざるを得ないわね」
「……。誰の協力が要る?」
私は元々考えていた策を頭の中で修正しつつ、キキの方を向く。
「キキ、貴女に協力をしてもらいたいわ」
「私ますデス?」
「ええ、貴女の使役魔法とやらが必要なの」
自分に声がかかるとは思っていなかったのか、キキは何処か信じられなさそうな表情をしている。
それに対してドドルタスさんたちがあからさまにホッとしたような表情をしているが……まあいいか。
彼らは居るだけ邪魔でしかないし。
「キキ……」
「分かりましたデス。頑張りデス」
うんよし、これでキキの協力は取り付けられた。
「さて、それじゃあ二人とも分かっていると思うけど……」
「絶対に川には入らないように、可能ならば近づく事もしないように移動だろう。安心しろ。絶対に伝えてやる」
「対抗策を整える事が出来たならば、必ず駆けつけますので、頑張ってください」
「ええ、頑張ってね。ああそれと、もし途中で川上に向かう傭兵に出会ったら、ちゃんと止めておいてね」
「ああ、分かっている」
そして、ドドルタスさんたちがマダレム・シキョーレの方に向けて去っていく。
うん、これで上手くいった。
「それで、まずは何をするのデス?」
「そうね……」
私と二人きりになったキキが私にそう尋ねてくる。
「……」
「ソフィアさん?」
さて、ウンディーネをどうにかするのに、キキの魔法が必要だったのは事実である。
が、正直に言って、私以外も運んだ撤退の魔法に、大量の擦り傷、ハルバード越しとは言え痛打という他の無い一撃と、私の消耗は相当なものになっている。
そう言うわけでだ。
「まずは貴女の全てを頂戴な」
「へ?」
色々とリスクはあったが、私には私の言葉を理解出来ていなさそうなキキの首筋に牙を突き立てる以外の選択肢はなかった。
ああ、出来ればウンディーネを片付けた後にゆっくりと食べたかったなぁ……。
この状況なら消えても疑われないんだよなぁ