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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
138/322

第138話「蛇の弐-5」

 ゆっくりと、とてもゆっくりと、まるで一秒が一時間にでもなったかのようにゆっくりと、私の視界に収まっている全ての物は信じられない程にゆっくりと動いていた。

 地面に倒れ込む私たち五人の上で、葉の葉脈と幹の木目が子細に観察できるほどに遅く樹は舞い、赤色の水滴と透明な水滴は飛沫の数を数えられる程にゆっくり飛び散り、身体を二分された傭兵たちは自分の身に起きている事が理解できないと言わんばかりに目と口を広げながら放物線を描いている。


「?」

 そんな中、左腕を振り抜いた姿勢のウンディーネは、妙な手応えがあったことに疑問符を浮かべるかのように一度首を傾げる。

 そして、ウンディーネの顔が……透明な水で形作られ、感情とは無縁なはずの無機質な瞳が、獲物を見つける狩人の眼が私たちへと向けられる。


「!」

「!?」

 目が合った。


「……」

 ウンディーネの表情が、先程キキが伸ばした木の芽を見つけた時と同じように醜悪な……笑顔と呼ぶには余りにも恐ろしいものへと変化する。


「っつ!?」

 私は理解する。

 コイツにはヒトも妖魔も関係ない。

 自分の領域に入って来た者は全て獲物としか思っていない事を。


「掴まれ!」

 その事を理解した時、私は無意識的にそう叫びながら、両手で掴める場所に居たキキと『海を行くもの』の魔法使いを力強く握りしめ、身体の内にある力の塊から、流し込めるだけの力を服の内側に仕込んでいた緊急時用の魔石に流し込み始めていた。


「「「ーーーーーーー!?」」」

「っつ!?」

「はっ!?」

「えっ!?」

「ぐっ!?」

 時がいつも通りに流れ始め、樹も水もヒトも自然の摂理に従い、断末魔のような大きな音を発しながら地面に落ち始める。

 それと時を同じくして、ウンディーネは右腕を太い綱を無数の紐に分解するようにばらけさせながら、殴るための前動作のように右腕を引く。

 同時に、キキと『海を行くもの』の魔法使い、ドドルタスさんが私の身体を力強く握りしめ、傭兵は身体が中途半端に起き上がってしまっていた為に、私の言葉を無視してウンディーネから遠ざかるように走り出そうとしてしまう。

 だから私は彼を助ける事を諦めた。


撤退(プルアウト)!」

 私の叫びと同時に魔石から黒い帯のようなものが溢れだすと、その内の半分が私の胸部を包み込み、もう半分がウンディーネが居ない方……森の中に向けて目にも留まらぬ速さで伸びていく。


「あはっ!」

「射出!」

「「「!?」」」

 そしてウンディーネから可愛らしい少女のような声と共に、無数の細長い槍のようになった右腕が突き出された瞬間。

 私の撤退の魔法がその効果を発揮し、身体に掴まる三人のヒトごと、私の身体を森の中に向けて矢のような速度で射出する。


「ーーーーーーーーーー!?」

 周囲の風景が引き伸ばされ、草がナイフのように肌を切り裂き、嵐の中でも感じられないような風を感じながらも、私たちはウンディーネの右腕から伸びる高速の槍よりも更に速くその場から遠ざかっていく。

 そうして遠ざかっていく私たちの耳に聞こえてくるのは、私に掴まらなかった傭兵の断末魔と様々な物に硬い何かが突き刺さる音。

 続けて聞こえてくるのは肉と樹、骨と岩がぶつかり、砕け、ウンディーネの胃袋と化した水へと引きこまれ、元が何であったのかも分からぬほどに混ぜ合わされる音。

 だがその音が聞こえたときに私がまず感じたのは……自身が生き延びた事への喜びだけだった。



----------------



「はぁはぁ……いったい何がどうなってんだ?」

「切られたのよ。みんな。樹も、岩も、ヒトも、鉄の鎧すらも関係なしにね」

 撤退の魔法が効力を終えた直後、私たち四人は揃って力尽きたように、その場にへたれ込んだ。


「すぅー……はぁー……切られた……ですか。では、私たちが助かったのは?」

「殆ど偶然のようなものね。ウンディーネの攻撃が当たった私の相棒(ハルバード)が普通のだったら、それに攻撃が当たった場所次第では私たちも死んでたわ」

 全員呼吸は荒く、顔色は悪い。

 死にかけたのだから、当然と言えば当然だったが。


「最後に……使った魔法は……なんデスます?」

撤退(プルアウト)って言うああいう時専用の魔法よ。効果はいま経験した通り。ああやっぱり駄目ね」

 ただ幸いと言うべきか、ウンディーネにはこちらを追いかけてくるつもりはないらしく、私たちに向けて何かが近づいてくるような気配はない。

 後、撤退の魔石は完全に壊れてしまっていた。

 まあ、元々動作確認と本番の二回だけ使えればいい魔石なのだし、発動途中で壊れなかったのだから、役目はきちんと果たしてくれたと褒めてあげるべきか。


「しかし……ウンディーネか。化け物って言葉はああいう奴の為に有るんだな」

「そうね。噂の方が過小評価されたものだったと言うのは、流石に想定外だったわ」

 徐々に全員の呼吸と気持ちが落ち着いてくる。


「その……私のせいデス?ます?私が魔法で探ろうとしたせいデス?」

「いや、どちらかと言えば俺のせいだな。ウンディーネの攻撃が届く範囲を甘く見積もっていた」

「私も悪いわね。ウンディーネについて多少は他のヒトよりも知識があったわけだし」

「正直な気持ちで個人的な意見を言わせてもらうのなら、誰のせいでもないと思います。あんなの予想する方が無理と言うものですよ」

 落ち着いてきたためか、ウンディーネが攻撃するきっかけになってしまったキキが自分のせいかと問いかけてくるが……とりあえずこの状況について、キキには一切の責任はない。

 それははっきり言い切れる。

 そしてドドルタスさんにも責任はないだろう。

 あんな攻撃、あると知らなければ対応のしようがないと言うか、知っていても対応できるか怪しいものだ。


「そう言うわけだからキキは気にしなくていいわ」

「はい……デス」

 と言うわけで、キキは悪くないとはっきり口に出しておく。


「さて、幾らか落ち着いてきたところで話し合うか。今後どうするかを」

「そうね」

「分かりました」

 そして、私たちはこれからどうするかを話し合う事にした。

ウンディーネまじ怖い


06/22誤字訂正

06/23誤字訂正

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