第137話「蛇の弐-4」
「ちっ、ソフィア。どうやら当たってほしくない方の予想が当たっちまったみたいだぞ」
「みたいね。ったく、当たってくれなくてよかったのに」
私と傭兵たちは、合流した場所から一時間ほど移動すると、荒れ続けている二つの川の合流地点を幾らか離れた場所の木々の隙間から窺っていた。
「一応聞いておくが、あの辺りは元からあんな感じか?」
「いえ、あんな水のたまり場は無かったですし、分岐点の周囲にはそれなりの数の草木が生えていたはずです」
「まあ、自然に同じ高さの切り株が出来るはずがありませんよね」
「水だってあんなふうには溜まらないだろ。そりゃあ」
さて、川の分岐点と言えば、普通Y字型かそれに近い形になるものだが、私たちの目の前にあるそこは湖のように横に広がっていて、しかも正円を描いている。
そして、湖の周囲には無数の草木と、分岐点が生じる原因になる様な硬い岩があったはずなのだが、それらは悉く同じ高さで切り裂かれていた。
「ま、それ以前に水の上に立つ半透明の人間なんて存在自体が有り得ないわよね」
だがしかし、それらの異常全てよりもなお有り得ないのは、正円状の湖の中心に立つ、水で出来た体を持つ人型の何かの存在。
つまり……水の妖魔の存在だった。
「本当にウンディーネなんて居たんだな」
「性別とかは分かんねえけど、綺麗だなぁ」
ウンディーネの整った体つきと清流のような長い髪に魅了されたのか、一部の傭兵たちが軽口を叩く。
が、私とドドルタスさんに睨まれると、自分の発言の拙さに気付いたのか、申し訳なさそうに黙る。
なお、私の見た限りでは、肉付きからしてあのウンディーネはヒトの女性に近い姿をしていると思う。
姿が近いだけで、中身はヒトの女性とは全くの別物だが。
「さて、それじゃあまずは予定通り報告に行ってもらうぞ。ソフィアの言ったウンディーネの特徴は覚えているな」
「はい。大丈夫です」
「無事をお祈りしています」
「お前らも気を付けてな」
ドドルタスさんの指示で、狩人と傭兵の一人がマダレム・シキョーレの方へとゆっくりと移動し始める。
これで、仮にこの後私たちが全滅したとしても、相手がウンディーネであると言う情報だけは確実に伝わるだろう。
「で、ソフィアよ。俺たちとしてはこれから奴を仕留めたいと思っているんだが……お前はあの木も岩も関係なく切り揃えられている範囲をどう思う?」
「あのウンディーネの攻撃可能な範囲。そう捉えるわね。たぶんだけど、あの範囲内に入ったら問答無用だと思うわ」
「だよなぁ……」
さて、伝令役の二人が行ったところで、この場に残った私たちは当然ウンディーネの討伐を狙うわけだが……。
まあ、あの範囲に入ったら、私のハルバード以外は何でもバッサリと切られてしまうと考えた方がいいだろう。
で、そうなるとウンディーネの攻撃は全て回避しなければいけなくなるわけだが……どれぐらいの速さで攻撃が来るのかが分からないと、最悪の場合、全員気が付いたら死んでましたと言う事まで有り得る気がする。
「あの、確かめてみますデス?私の使役魔法で」
「あら?」
「キキか。確かにお前の魔法ならいけるか」
と、ここで二人いた魔法使いの内のもう片方、恐らくはヘテイルのヒトであろう黒い髪の少女の少女が、妙なアクセントを伴った言葉で話しかけてくる。
「えと?」
「アタシの魔法は、草木を、自分の手足のように操り、ますデス。はい」
「つまり、そこらへんに生えている木を操って、ウンディーネの攻撃範囲に試しに入ってみる事が出来ると言う事?」
「そこまでは出来ませんデス。けど、あの中の切り株から、芽を出すぐらいは出来ます。よ?」
「へー……」
どうやら少女……キキは、かなり珍しい魔法を使えるらしい。
恐らくはヘテイル独自の魔法なのだけれど……うん、便利そうだ。
ウンディーネを仕留めた後に隙があるならば、情報を奪いたい所である。
「そう言うわけだ。キキ、周囲の警戒は俺たちがやるから、やってみてくれ。まずはアイツがどういう風に動くのかを見てみたい」
「分かりましたデス。はい」
と、今は目の前のウンディーネに集中しておかないと。
相手の反応速度や攻撃の仕方をよく観察し、それに合わせて作戦を立てなければ、その特性からして勝ち目なんて絶対に見えてこない相手なのだし。
と言うわけで、私はキキがその場で膝を着き、杖を地面に突き立てる姿を横で見つつ、視線をウンディーネの方に向ける。
「では、行きますデス」
そして、キキが魔法によってウンディーネの近くの切り株からゆっくりと芽を伸ばし始めた時だった。
私はふと思ってしまった。
ウンディーネがあの切り株を切ったのはいったい何日前だったのかと。
それからウンディーネは一体何人のヒトを食ったのかと。
生まれた時からいったいどの程度、ウンディーネが成長しているのだろうかと。
「!」
だが、私がその考えの答えに至る前にウンディーネはキキの魔法に気づく。
ウンディーネは見る見るうちに成長していく木の芽を、少女のような顔で暫くの間見つめ……不意にその口を醜悪な物へと歪めた。
そして……
「「「!?」」」
ウンディーネの左腕が動いたと思った次の瞬間には、私は背中に強い衝撃を受け、キキ、ドドルタスさん、『海を行くもの』の魔法使い、名も知らぬ傭兵を一人巻き込みながら地面に倒れ込み……私たち五人以外の傭兵と周囲の草木は全て同じ高さで横に切られ、宙を舞っていた。
06/22誤字訂正




