第136話「蛇の弐-3」
「あら?」
「ん?」
上流に向かって歩き始めてから二日後。
私の前に、武装したヒトの集団が現れた。
人数は12人、木の陰に隠れていて詳しい事は分からないが、殆どのヒトは剣や槍で武装している。
が、装備からして二人は魔法使いで、弓の使い手も一人は居るようだった。
「お前は何者だ?どうして此処に居る?」
集団の中で一番歳を取っていそうな男性が、距離を保ったまま私に質問をしてくる。
「私の名前はソフィア。傭兵よ。此処に居るのは、川の氾濫のせいで別の地域に出れないから、川が荒れている原因を探りに来たのよ」
「なるほど。つまり自発的に調査をしていたのか」
「そう言う事ね。で、そっちはマダレム・シキョーレの依頼で調査かしら?」
「その通りだ」
で、予想通りと言えば予想通りだが、彼らはマダレム・シキョーレ上層部の依頼で川の氾濫の調査している集団であるらしい。
うん、これなら交渉次第では協力して……人数的と所属から考えて、むしろ私の方が協力する立場か。これ。
「で、ソフィア。お前は北と西のどちらの川を調べてきた?」
「西よ」
「そうか。そいつは都合が良いな。俺たちは北の河沿いをさかのぼって此処まで来ている。出来ればだが、西の川の状態について教えてもらいたい。情報の対価ももちろん払おう」
「そう言う事なら喜んで話させてもらうわ」
どうやら向こうも私から情報を得る事を考えていたらしい。
そう言う事なら、ここは素直に情報を話して、共に事態を解決する方向に動いた方がいいだろう。
と言うわけで、私は武装したヒトの集団の中に入ると、西の川の状態……特に二週間以上荒れ続けている川について詳しく話した。
------------------
「なるほど。住民の話が確かなら、この川がずっと荒れ続けているのか」
「で、北の方はこの川がずっと荒れ続けていると」
お互いの情報を話した私たちは、森の中で車座になると、この辺りの地形について詳しい記した地図を間に置いて、顔を突き合わせていた。
「ふむ、お互いの情報が確かなら、怪しいのはここだな」
「仮に正確な点は違っていても、その近くなのは確かでしょうね。そこが一番二本の川に影響を与え易い位置なわけだし」
私とこの傭兵たちの集団のリーダー……ドドルタスさんの視点が地図上の同じ点へと向かう。
そこは、川の様子がおかしくなってから二週間ちょっとの間、ずっと荒れ続けている二本の川が分岐している箇所だった。
「問題はどんな連中がどれだけ居るかだな……何か分かるか?」
「普通に考えれば、水を扱う流派の魔法使いの集団でしょうね。我が流派『海を行くもの』を含めて、水を扱う魔法使いの流派は数多くありますので、何処の流派かやその目的までは分かりませんが」
ドドルタスさんの求めに応じて、二人居た魔法使いの片方、『海を行くもの』の魔法使いが自分の意見を述べる。
まあ実際問題として、それが普通の考えだし、私もそうあってほしいと思っている。
「魔法使いか……二週間以上二つの川を氾濫させ続ける事が出来るとなると……相当な数の魔法使いが居ると考えた方がいいか?」
『海を行くもの』の魔法使いの意見にドドルタスさんが眉間に皺を寄せる。
ただ、これは各種魔石の加工法を知っていて、手招く絞首台の魔法でベノマー河の水を一週間ずっと変えて見せた私だから言える事だが、二週間もの間、二つの川を氾濫させ続けようと思ったら、必要な魔石の数も、魔法使いも桁違いの量が必要になる。
それこそ自動発動の為の仕掛けやら、シェルナーシュの接着やらで、様々な要素にかかる負荷を削らなければ、一つの流派の魔法使いが全員やって来て、年単位で蓄えていた魔石を全て放出するような数が必要になるだろう。
「居るのが魔法使いならそうでしょうね。ただまあ、数が多いなら逆にやり様があるし、この面子ならどうにかなるわよ」
「どうにかって……本気か?」
「本気よ。食料庫に火を付けるなり、魔石に細工を施すなり、闇に紛れて頭を潰すなりと手段は幾らでもあるもの」
「「「……」」」
ただまあ、正直に言って相手が魔法使いで、この場から撤退させるだけなら、幾らでもやり様がある。
その事を素直に話したら、ドドルタスさんだけでなく他の傭兵たちも頬を引き攣らせていたが。
「ソ、ソフィア。お前は傭兵なんだよな」
「ええ傭兵よ」
「ちなみに期間は?」
「もう五年以上になるわね。まあ、五年以上もやっていれば、こういう手も考え付くようになるわよね」
「「「……」」」
あれ?更に退かれた?何故?
うーん、ただ闇雲に敵に突っ込むだけの傭兵なんて長生きできないし、傭兵として生きるなら、こういう数の差を覆すための手はむしろ考えつけないといけないと思うのだが。
ああうん、でも、これ以上何かを言うのは止めておこう。
絶対に碌な事にならない。
それよりもだ。
「こほん。それよりも、ここに居るのが魔法使いとは限らないわよ」
もう一つのあってほしくない可能性について、今の内に話しておいた方がいいだろう。
「魔法使いじゃない?」
「じゃあ妖魔か?」
「いやいや、こんな川二本を氾濫させ続けるってどんな妖魔だよ」
「ははは、そんなのが居るわけない」
「と、思うでしょ?でも噂レベルなら、そう言う次元の妖魔も居るのよ」
「「「……」」」
傭兵たちの私に向けられる目が訝しげなものになる。
まあ彼らがそう言う目を向けたくなるのも分かる。
私がその存在を噂程度にでも知っているのは、相当な数の人間の記憶を奪って来たおかげであるし。
それほどまでに珍しい妖魔なのだから。
「どんな妖魔だ?」
「水の妖魔。水そのものの肉体を持つ妖魔よ」
だが、その特性を知らなければ、確実に全滅させられると言い切れるほど危険な妖魔でもある。
06/20誤字訂正




