第133話「イーゲンのマタンゴ-5」
「で、逃げてきた。と」
「う、うん」
夏の二の月。
私、シェルナーシュ、サブカ、トーコの四人は例年通りにマダレム・エーネミが在った場所に集まっていた。
で、フローライトの眠っている木の下でお互いの近況を話し合っていたのだが……トーコの話が相当拙いものだった。
「はぁ……ヒトに似た姿の妖魔の見極め方を教えちゃうだなんて……」
マダレム・イーゲンが知恵ある妖魔によって滅ぼされかけていて、その妖魔を葬り去るにあたってトーコが助言をした事までは良い。
そこはトーコが自己裁量でやってしまって構わない範囲だからだ。
相手がヒトに良く似ている可能性を考え、今後妖魔であるかを見極める為に無用な殺戮が行われないようにするべく、確実に誰が妖魔かを見極める必要が有った事も分かる。
だが、それをトーコは、自分がヒトに祀り上げられないようにするために、自分が陣頭に立って妖魔を見極めるのではなく、至極単純な方法でもって誰でもヒトと妖魔を見極められる方法を教えてしまった。
これが拙い。
かなり拙い。
「そんなに拙いのか?」
「拙いわよ」
多くのヒトが助かった為か何処か嬉しそうな様子を見せているサブカに対して、私は片手を額に当て、今後どう対応するべきかを考え始める。
とりあえず噂を聞く限り、マダレム・イーゲンは滅びていないし、その情報はテトラスタ教の教えと共に各地に伝播しそうな気配もあるので、何かしらの対策は必須だろう。
「まあ、疑い深い連中が相手だと逃れるのは難しくなるだろうな」
「ううっ、ごめんなさい」
私と同じ考えに至った為か、シェルナーシュは呆れ気味にマダレム・イーゲンのある方角を見つめている。
それに対して、トーコは酷く申し訳なさそうにしている。
「とりあえずトーコ。そのイーゲンに書き残してきた文章とやらを、出来るだけ正確に書いて見せて」
「う、うん。分かった」
で、そうやって考える中で、何かしらの穴が無いかを探すべく、トーコに書き残してきた文章をもう一度書いて見せるように言う。
そして、トーコが書いた文章を見た私は……
「ああうん、これならまだマシな展開ね」
「そうなの?」
「ええ、まだマシと言うレベルだけど、上手く勘違いしてくれた可能性は高いわ」
少々安堵した。
「勘違い?」
「文末の署名がトーコじゃなくてトォウコになってる。これなら、テトラスタの息子があの場に居た事もあるし、唐突に姿を消した事もあって、貴方の事を御使いトォウコだと勘違いしてくれるでしょうね」
「そして御使いからの言葉となれば、ソフィアがテトラスタに与えた教えの通り……つまりは街を訪れた旅人全てを検査するような、むやみやたらな使い方はしない。か」
「ええ、闇雲に疑う事は二人の間に不和をもたらす事になる。だから、まずは不信感を抱かずに向き合え。と言う事は言った覚えがあるわ」
「えーと、つまり?」
「少なくとも最悪の事態は避けられると言う事よ」
トーコが示した方法は、確かに私たちヒトによく似た姿を持つ妖魔三人に効果がある物ではある。
けれど、私が与えた教えに従って運用されるのであれば、不審な行動、目立つ行動を取ったりしなければ、受けた相手が不快に思うような検査をやたらに用いたりはしないだろう。
「それに一番最初の判断方法で対象を絞るように使ってくれるなら、私たち三人は何とかなるわ」
「過去が存在するかどうか……ああなるほど。確かにお前ら三人なら大丈夫だな」
「小生たちは全員既に七年以上傭兵として活動しているからな。名前も姿も幾らか知られているし、もう数年して見た目が変わらない事を疑われるようになるまでは大丈夫だろう」
それに私たちは既に妖魔としては有り得ない程に長く生きていて、ヒトの知り合いも幾らか存在している。
今までと同じように妖魔であることがバレないように活動していれば、そうした知り合いが存在することから、疑いの目が向けられることは早々無いだろう。
尤も、シェルナーシュの言うように、もう数年したら一度姿を完全に眩ませて、それまでの私たちとは繋がりが無いように見せなければならなくなってしまうのだが。
まあ、こればかりは仕方がない。
どうにも妖魔には老化と言う概念が無いようだし、ずっと老いずに若いままのヒトが居たら、怪しまれても仕方がないだろう。
「それじゃあ……」
「はい。トーコは反省しておきましょうね。面倒な事になったのは確かなんだから」
「あう!?」
喜びの色を表しそうになったトーコの額をデコピンで弾いておく。
ここで、調子に乗られたら、次はどんな問題を引き起こすか分かったものでは無いしね。
「それとマダレム・イーゲンには、とりあえず十年は近づかない方がいいわね。私たちが御使いの正体だとばれたら大事になるし、今回の件で私の教えが広まる早さが増す事を考えたら、警戒も厳しくなるでしょうし」
「そうだな。出来るだけ近づかない方がいいだろう」
「分かった。気を付けておく」
「う、うん」
「じゃっ、今年はこれぐらいで解散にしておきましょう」
そうして私たちはまた来年この樹の下に集まることを確認し合うと、未だにヒトがまるで寄り付かず、白骨化した骨が無数に散らばっている都市を後にしたのだった。
うーん、今年は南の方に行ってみようかしらね。
ソフィアたちほど長生きした妖魔が今までに居なかったので、妖魔が不老なことはヒトには知られていません。
06/17誤字訂正