第132話「イーゲンのマタンゴ-4」
邂逅者テトラスタには実子、養子含めて六人の子供が居たとされる。
そして、彼らは有名無名の差は有れど、それぞれが特徴的なエピソードを有している。
長女テン。
テトラスタの実子の一人である彼女は非常に繊細な薬でも難なく作り上げる優秀な作り手であると同時に、夫と家庭を献身的に支える妻として、子供を清く正しく育てる母として、現代でも良き妻、良き母の理想形とされている女性である。
次女シューラ。
同じくテトラスタの実子の一人である彼女については、『シェーナの書』と言う物証を伴った非常に有名なエピソードが存在するため、別に章を割いて、紹介することとする。
長男ジン。
テトラスタの養い子の一人である彼は、長女テンと結婚し、夫婦でテトラスタの人としての仕事、つまりは医者の仕事を継ぎ、その一生を傷ついた人々、病に倒れた人々を救う事に費やした。
次男ガオーニ、三男ジーゴック。
テトラスタの養い子である二人は、テトラスタの教えを広める為にヘニトグロ地方の各地を旅し、多くの人々にテトラスタ教の教えを伝えると共に、数多の妖魔、野盗を葬った優秀な戦士でもあった。
そのため、現在もヘニトグロ地方には彼らの活動を記したもの、伝える為のものと思しき石碑などが散見されている。
一説には、彼らは御使いサーブの弟子であったとも言われ、彼らが戦いの前に用いていた口上は今でも妖魔と戦う者の間ではよく用いられている。
四男チーク。
テトラスタの養い子である彼は、二人目の邂逅者であると明確に分かっているだけでなく、テトラスタ教の教えを体系化して分かりやすくまとめた編纂者としても良く知られている。
ただ、彼の有するエピソードで最もよく知られているのは編纂者として活動を始める前、俗に『イーゲンのマタンゴ退治』と呼ばれているエピソードだろう。
『イーゲンのマタンゴ退治』は、テトラスタが子供たちを連れてマダレム・エーネミを去った後に辿り着いた都市国家マダレム・イーゲンに課せられた試練についての話である。
この話ではテトラスタたちの暮らすマダレム・イーゲンに茸の妖魔の人妖……人によく似た容姿を持つ妖魔が現れ、その力でもって都市国家中に疫病をバラ撒き、マダレム・イーゲンを滅ぼそうとしていた。
だが、都市が滅びる前に、妖魔に苦しめられる人々を哀れに思った御使いトォウコが降臨し、チークにマタンゴに対するための薬と知恵を授け、それらの教えに従ったチークが人に化けたマタンゴを見つけ出し、討伐。
マダレム・イーゲンを救ったと言う話であり、この時の経験を受けて、チークはテトラスタ教の教えを編纂する事にしたとも言われている。
この話はどちらかと言えば単純な話ではあり、一見すれば子供向けのお伽噺のようにも思えてしまう話ではあるが、どうやら各地に残されているテトラスタ教と関係のない資料や、とある筋から入手した資料などから情報を読み取った限りでは、前レーヴォル歴42年頃、現実にあった話であるらしい。
また、こちらは後述するが、物的証拠も存在している。
さて、この話では御使いトォウコは、チークとその仲間たちの前に直接姿を現している。
その時の容姿は黒い髪に赤い目の少女で、ベレー帽のような帽子には銀色の蛙に大粒のエメラルドを填め込んだブローチが付けられたと記述されている。
そして、以後御使いトォウコに遭遇したとテトラスタ教が認めているエピソードでは、いずれもこの姿で御使いトォウコはこの姿を現している。
その為、現在ではこの銀色の蛙のブローチは銀碧蛙と呼ばれ、御使いトォウコの加護を求める際にはよく用いられるモチーフとなっており、とある有名な人妖も用いているほどである。
話を『イーゲンのマタンゴ退治』に戻そう。
この話では、御使いトォウコはチークに薬と知恵を授けている。
薬については、マタンゴの能力によって人体から生えてくる茸を逆手にとり、マタンゴから奪われた生命力を一時的に奪い返す薬として、現在でも対マタンゴ用の切り札として用いられているものであり、非常に評価が高い。
私も一度口にした事が有るが、仮に妖魔が人を食わずに生きられる存在であれば、常備薬として備えていたいぐらいであった。
知恵については、現在も出来る限り素早く人妖を見破りたい時の手段としては、最も一般的なものとして扱われている。
この知恵については御使いトォウコがチーク宛てに書いた羊皮紙に記載されており、一般には公開されていないが、イーゲンのテトラスタ教の教会に聖遺物として保管されている。
さて、肝心の内容であるが、実に単純な物である。
まとめてしまうと、
・その者に過去が存在するかを確かめよ
・人に有るべきものが無い事を、人に無いものが有る事を確かめよ
・それでも分からない時は、薬を用いよ
と言うものである。
ただ、最後の一文については、この時の相手がマタンゴの人妖であった事を、読者諸君には忘れないでほしい。
それを忘れたがために、後年大いなる悲劇が起きた事もあったからだ。
歴史家 ジニアス・グロディウス
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(原稿の片隅に書かれている)
なお、口さがないものは、この時現れたのは御使いトォウコではなく、ただの旅人であり、羊皮紙に記された名前も東方の良く似た名前トーコの綴りを間違えただけだと言う。
が、その場合これ以降に現れるこの時と全く同じ容姿を持った御使いトォウコは何者なのだと言う話になってしまうし、旅人であるならばこの場に留まって謝礼を受け取ろうとすると私は考える。
そのため、この時現れたのは本物の御使いトォウコであると私は考えている。
まあ、御使いトォウコの真名がトーコであると言う考え方については否定しないが。
いずれにしても、第三者が検証可能な資料でもって、間違いなく現実に在った事だけを記すべき歴史家としては、誰も姿を見た事が無い神と限られた相手にしか姿を現さない御使いについては、諸手を上げて存在すると言う事は出来ない。
が、私個人としてはとある事情から御使いが存在したことは間違いないと思っている。
諸般の事情から、その証拠を示せないのが残念で他ならない。
06/16誤字訂正
06/17誤字訂正