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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
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第131話「イーゲンのマタンゴ-3」

「うん、いい感じ」

 アタシは鍋の中身を匙で一すくいして啜り、目的の物が無事に出来上がった事を確信する。

 そしてそれを手ごろな大きさのコップに注ぎ込むと、効果のほどを実感してもらうべく、最初にこれを飲んでくれる誰かを探そうとして……気づく。


「ヒトに寄生する茸を刻んで……」

「妖魔が生み出した茸をバラバラにして……」

「塩を揉みこんで萎びさせたと思ったら……」

「葡萄酒で煮込むとか……」

「どういう発想をすれば、そんなものを造ろうと思えるんだ……」

 酒場の中に居る客の顔色が悉く悪い。

 しかもマタンゴの茸によって体力を奪われたからではなく、アタシの作った薬が原因であるらしい。


「心配しなくても、味と匂いはしっかりと整えてあるし、効果は確かだよ」

「いや、嬢ちゃん。たぶん、そう言う問題じゃないぞ」

「そうなの?」

「そうなんだよ……」

 アタシはコップの中に入っている薬を見る。

 色は葡萄酒を使ったために血のように赤いが、匂いは決して悪くない。

 まだ冷え切っていないために湯気こそ立っているが、別に普通の白い湯気である。

 うん、これなら普通の葡萄酒の味と匂いが大丈夫なヒトなら、問題なく飲めるはずだ。

 なのに、なぜ駄目なのだろうか?

 うーん、ヒトと妖魔の差に起因するような理由だと、アタシには何が駄目なのか皆目見当がつかないなぁ。

 それにだ。


「でもさ。これを飲まないと、そのだるい体のままでマタンゴと戦う事になるんだよ。それで取り逃がしたら、この街はまず間違いなく全滅することになるんだよ。皆はそれでもいいの?」

「「「……」」」

 お互いに顔を見合わせつつ、アタシの言葉を聞いている彼らには、失敗は許されない。

 今日一度の行動だけで、絶対にマタンゴ討伐を成し遂げなければならないはずなのだ。

 となれば、迷っている時間も躊躇っている時間も無いと思うんだけどなぁ……。


「俺がまず飲むよ」

「チーク!?」

「お、おい!?」

 と、アタシがそうやって考える事をしている間に、何処か見覚えのある顔つきの青年がアタシの前に出てくる。


「貴方が最初に飲むんだね。名前は?」

「チークです。医者をやっているテトラスタの息子のチークです」

「そう、チーク……ね」

 アタシは何となく見覚えがあることが気になって、彼に名前を尋ね……チークが名乗った父親の名前で何故見覚えがあったのかを理解する。

 そう、アタシには見覚えがあって当然だった。

 彼はサブカんの望みでマダレム・エーネミから逃がしたテトラスタの六人の子供の一人、四人の養い子の中で一番小さかった子供、その子だったのだから。


「一応聞いておきますけど、害は無いんですよね?」

「アタシの命に誓って害はないと言うよ。ただ、一時的にマタンゴに奪われた生命力を取り返すだけだから、効果はもって丸一日と言う所だと思う」

「分かりました」

 アタシはチークにコップを渡し、チークは一度呼吸を整えてから一息でコップの中身を飲み干す。

 それにしてもあのチークが見た目からして16、17ぐらいの年齢かぁ……。

 でもマダレム・エーネミが滅びてからもう六年半も経っているんだし、これだけ成長していても当然なのか。


「ん……」

「だ、大丈夫なのか?チーク」

「ヤバそうなら吐いちまえよ!」

「いや、大丈夫。それどころか、凄い……なんだろう。今まで冷え切っていた身体が、芯から暖められているみたいだ。体のだるさが取れるどころか、むしろ普段よりも調子が良いぐらいかもしれない」

 チークが自分の状態を周囲の客に説明している間に、アタシは空いているコップの中に薬を注ぎ込んでいく。

 と言っても、マタンゴの茸が一本しかなかった以上、幾らか少なめに盛っても、数杯分にしかならないのだが。


「ま、マジか?」

「勿論本当だとも。うん、いける。これならいける。これなら、街中を駆けまわっても大丈夫だと思う」

「「「……」」」

 店の客の視線が、薬の注がれたコップへと揃って向かう。

 それにしてもチークがこの場に居ると言う事は、テトラスタもこの都市に居るって事だよね。

 となると……ちょっと拙いかもしれない。

 いや、今気づいたけど、ちょっとどころでなく拙い。


「嬢ちゃん。薬はこれだけか?」

「ん?うん。茸が一本しかなかったから、これが限度。でも、材料と手順さえ分かってれば、一応のものは誰でも作れると思うよ」

「となるとだ……」

 テトラスタを逃がす為に助言出した時、テトラスタはアタシの顔を殆ど見ていなかったと思う。

 けれど、アタシの声は聞かれている。

 名前を聞かれたから、それに応える為に。


「うん、義父さんに掛け合ってみるよ。死んだ人のお腹の中を探るなんて、ちょっとどころでなく心苦しいけどね」

「酒と塩、それに必要な道具類については、他の店の連中に声をかければ揃えられるな」

「道具類もそうだが、上の人間と各門への連絡も必要だろう」

「確かに。俺たちだけでこの都市の何処かに隠れているマタンゴを見つけ出すのは、あまりにも効率が悪すぎる」

「それに間違っても逃がすわけにもいかないしな」

「となると足が速い奴が今は優先して飲むべきだな」

「で、飲んだ奴が連絡に走ると」

「よし、それなら俺が飲むぞ。この中じゃ俺が一番足が速い」

「じゃあ俺もだな。そこらの奴よりかは絶対に速いぞ」

「俺も飲むぞ!」

「俺もだ!」

 もしもテトラスタにアタシと御使いのトォウコが同一人物だと知られたら?

 ああうん、ヤバい、考えたくもない。

 絶対に碌な事にならない。


「よしっ!それじゃあ全員行くぞ!」

「「「おうっ!!」」」

 となると……うん、逃げるべきだ。

 面倒事になる前に。

 みんなの注目が集まらないでいる間に。

 この街の外へと。


「よし。逃げ……」

 そうして、何時の間にやらマタンゴ対策の為にアタシ以外誰も居なくなってしまった店の中から、アタシが出ようと思ってしまった時だった。


「……」

 不意にアタシの脳裏に嫌な想像が思い浮かんでしまった。

 このマタンゴはアタシたちと同じ変わり者の妖魔だ。

 となれば、アタシやソフィアん、シエルんのように、ヒトそっくりの外見をしているかもしれない。

 だから、仮に捕える事が出来ても、普通のヒトの中に紛れ込んで、やり過ごそうとするかもしれない。

 そうなった時、チークたちでは誰がマタンゴなのか判別がつかないかもしれない。

 そうなったらチークたちは……。


「っつ!?」

 その状況を思い浮かべてしまったアタシは、慌てて適当な羊皮紙とペンを取ると、そこにチークへの誰がマタンゴであるかを明らかにするための指示を書いていく。


「よし、これなら大丈夫なはず」

 そして無事に指示書を書き上げた私は、末尾に自分の名前を書き、テーブルの上にナイフで突き刺して留めると、誰にも見られないように注意して店からもマダレム・イーゲンからも逃げ出したのだった。

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