第130話「イーゲンのマタンゴ-2」
「げほっ、ごほっ、がはっ……」
「だ、大丈夫か!?」
「この野郎!そっちがその気なら……」
「これが……」
アタシは男の吐瀉物から一本の茸を拾い上げ、今にも殴りかかってきそうだった男たちに見せる。
その茸は長さがヒトの小指ほどで、傘の広さも指二本分は有り、傘は紫色で、柄は白かった。
そして、胃の中にあったと言う事は、普通に考えれば口の中を通ったはずなのだけれど、傘も柄も殆ど傷がついておらず、どう見ても口の中で噛み砕かれていない状態だった。
「マタンゴがヒトに植え付ける茸型の分身だよ」
「「「!?」」」
男たちにも、アタシが持っている茸の異常さが理解できたのだろう。
私を殴ろうと振り上げられていた拳を自然に下ろしてしまっていた。
うん、これなら、きちんと説明すれば分かってもらえると思う。
「さてと……何から説明するべきかな?」
「まずなんでそんな物が俺の腹の中にあったのか、それを教えて欲しい」
「分かったよ」
と言うわけで、店の中の空気が落ち着いたところで、アタシは一つずつ彼らの疑問を解消していくことにする。
「まずなんでマタンゴの分身が胃の中にあったかだけど、マタンゴの分身は本体から放たれた胞子がヒトの身体に着く事によって生えるの。だから、小麦粉にマタンゴの胞子が少しだけ付けられていたんだと思うよ。マタンゴの胞子なら、パンを焼く時の熱にも、胃の中の酸にも耐えられるはずだしね」
「パンについているって言う根拠は?後、それがマタンゴによるものだって言う証拠もだ」
「臭いと味……と言っても普通のヒトじゃ分からないか。でもたぶんだけど、今この街の乳飲み子以外のヒトたちはみんな一斉に体がだるくなったりしているんじゃない?で、老人や子供から倒れていっている」
「「「!?」」」
「じゃあ、そうやって体がだるくなっているヒトたちが皆共通で口を付けている物と言えば、水か主食であるパンの原料である小麦粉ってことになる。後は名物の豆もだけど……こっちからはマタンゴの臭いはしないし、違うと思うよ」
「なる……ほど……」
アタシの言葉に店の客たちが一斉に目を開く。
ただそれは、アタシが皆の体がだるいと感じているのを当てたからではなく、乳飲み子には何も起きていない事を当てたからだろう。
ふつうこの手の街中を巻き込む病気なら、真っ先に犠牲になるのは乳飲み子のはずだしね。
後は……マタンゴの胞子の臭いを嗅ぎ取っている事も驚かれる理由かもしれないけど、その点についてはまあ、後でソフィアんが何時も使っている方法で、適当に誤魔化しておこう。
「しかし、茸が生えると体がだるくなって、最後には死んじまうのは分かるんだが、どうしてマタンゴはそんな事をするんだ?妖魔ならヒトを食うんじゃないのか?」
「マタンゴの場合は食べると言うよりも吸い取るなんだよ」
「吸い取る?」
「そう、どうやってかは分からないけど、マタンゴはこの茸が生えたヒトからだったら、多少遠くに居ても生命力を奪い取って自分の物に出来るみたいなの」
「それじゃあ……」
「うん、たぶん今も街の何処かでマタンゴは潜んでいて、皆から生命力を少しずつ吸い取ってるはず。しかもこのマタンゴは直接ヒトに胞子をかけずに、食べ物に混ぜる事をしているから、ヒト並みの知能を持っているんじゃないかな」
「「「ゴクッ……」」」
店中から息を呑む音が聞こえてくる。
まあ、今こうしている間にも、妖魔に少しずつ自分の命を吸い取られていると言われたら、いい気分はしないよね。
しかも、このマタンゴは普通の妖魔じゃなくて、アタシと同じように知恵ある妖魔で、このヒトたちも噂でぐらいなら知恵ある妖魔の存在とその厄介さは聞いているはず。
だから、こんなにも空気が張り詰めているんだと思う。
「それで……どうやったら俺たちの腹の中にある茸を取り除けるんだ?腹でも掻っ捌いて取り出せばいいのか?」
「お、おい……!?」
「身体に生えた茸をもぎ取っても、生命力を吸われるのが多少遅くなるだけだよ。根本的な解決には、胞子を放ったマタンゴを倒すしかないね」
「マタンゴを……」
「倒す……」
アタシの言葉に、客たちのやる気が高まっていくのが感じ取れる。
まあ、この場に居るヒトたちは、外に居るヒトたちに比べればまだ元気が残っている方だろうし、自分たちで解決しようとするのはある意味当然かもしれない。
でもちょっと待ってほしい。
まだ言っていない事が有る。
「うん、ちょっと落ち着いてね。まだ言ってない事が有るから」
「言ってない事?」
「そうそう。あ、マスター。お塩とお酒を用意してもらってもいい?」
「塩と酒?別に構わないが……ちょっと待ってろ」
「うん」
「何をする気だ?嬢ちゃん」
「今回のマタンゴは頭が良い分だけ身体能力は落ちているかもしれないけど、それでも妖魔は妖魔。生命力を奪われたままの皆じゃ、取り逃がす可能性もある。だから、一時的にでも戦うための元気を取り戻す薬が必要になると思うの」
「持って来たぞ」
「ありがとうマスター」
アタシはマスターからお塩とお酒を受け取ると、先程客の胃の中から吐き出させた茸を手に取る。
「じゃ、よく見ててね」
「お、おい待てまさか薬って……」
そしてアタシは調理道具を取り出すと、茸を刻み始めた。