第128話「蛇の壱-10」
「あら」
私がヒーラを食べ終わり、シムロ・ヌークセンに帰ってくると、シムロ・ヌークセンの街中には大量の篝火が掲げられており、街の中はまるで昼間のように明るく照らし出されていた。
「何か有ったの?」
「ソフィアか。どうやら、『黄晶の医術師』の人間が一人、山から帰って来ていないらしい」
「帰って来ていない?誰が?」
「ヒーラだそうだ」
私は何も知らないふりをして、多少顔見知りになっている傭兵に事情を訊いてみる。
すると、俄かには信じがたい事だが、『黄晶の医術師』は既にヒーラが帰ってこない事に異常を感じ取り、傭兵や狩人たちを集めて、山の捜索を行うための準備を進めていたのだと言う。
「そう、ヒーラが……」
「じゃっ、俺はもう行くぜ」
「ええ、情報ありがとうね」
私の悩む込むような顔に、何を察してくれたのかは分からないが、傭兵が去って行く。
いや、何と言うかその……うん。
幾らなんでも体勢を整えるのが早過ぎない?
いやまあ、『黄晶の医術師』の教育の性質上、時間までに帰って来なければ、その時点で何かしらの異常があったと判断とするのは分かるんだけど、それにしても捜索の為に必要な準備を整えるのが早すぎると思う。
なお、流れの傭兵や狩人たちが消えた時と、ヒーラが消えた時とであからさまに対応が違う点については、傭兵たちと『黄晶の医術師』に対して、シムロ・ヌークセンが抱く信頼度の差がそのまま出たためだと思う。
そもそも傭兵を狙う場合は、消えても問題になり辛そうな傭兵を選んでいたし。
「さて、それじゃあ私は……」
で、私としては自分へと疑いの目が向かないようにするためにも、ヒーラを捜索する傭兵たちの列に加わりたい所では有ったのだが……
「ソフィア!ヒーラを!ヒーラを見なかった!?」
「リリア」
とても混乱した様子で私の元へと駆け寄ってくるリリアの姿を見る限り、まずは彼女への対応を優先した方が良さそうだった。
まあ、こうなったら仕方がない。
とりあえずは掛けられるだけの慰めの声をかけ、リリアを落ち着かせよう。
そう考え、私は手近な場所にあった石の椅子へとリリアを誘導し、彼女を落ち着かせ始めた。
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「落ち着いた?」
「ええなんとか。ごめんなさい。取り乱してしまって……」
「まあ、あれだけ仲が良い相手が居なくなったんだもの。動揺するのは仕方がないわよ」
さて、どれぐらいの間泣かれ続けただろうか……まあ、とにもかくにも、私は何とかリリアを落ち着かせることに成功した。
リリアの目元はまだ真っ赤に染まっているし、鼻もだいぶ酷い事になっているが、こちらも時期に落ち着くだろう。
「ねえソフィア」
「何かしら?」
「貴方はヒーラが貴方に対して恋心を抱いていた事を知ってた?」
「知らなかったわね」
「嘘。勘だけど、貴方は知ってたと思う」
「……」
さて、リリアは落ち着いたが……そうしたら、何故かヒーラが私に恋していたと言う話になってしまった。
おまけに私が知らないと言ったら、一瞬で嘘だと看破されてしまった。
「嘘……ね」
実際、ヒーラが私に対して恋心を抱いていたと言う事実を私は知っている。
それも私がネリーやフローライトに対して抱いていたような、相当激しい思いを伴った恋をだ。
だから、彼女は私がシムロ・ヌークセンを去ると聞いた時、あれほどまでに動揺していたのだ。
「でもリリア。仮に私がヒーラの恋心に気づいていたとしても、私に出来る事なんて何も無いわよ」
だが、私がそんなヒーラの思いに気づいたのは、彼女を食べ終わり、彼女の記憶を私が探っていた時だった。
そして、もうヒーラは居ない。
つまり、ヒーラの思いを知ったところで、私に出来る事は何も無いのだ。
そうでなくとも、私はヒーラの思いを踏みにじり、信頼を裏切るような真似をしたわけだし、そんな私が仮にヒーラを慰めるような真似をしても、傷口に塩を塗るだけだろう。
「貴方が流れの傭兵だから?」
「ええそうよ。一夜の情けをかけるつもりだって無いわ。そんなの面倒事にしかならないもの」
「……」
まあ、その辺りの事情については、口に出すつもりは毛頭ないのだが。
どれだけ恨みがましそうな視線をリリアから向けられてもだ。
「とりあえず貴方が信用ならない上に、相当なクズ男だってことは分かったわ」
「……。前者はともかく、後者については流石にそこまで言われる覚えはないわよ……」
「ふん、どうかしらね。明日の朝にはシムロ・ヌークセンを出る予定なんでしょ。ヒーラの事も探さずに」
「いや、まったく探さないとは……」
「半日だけなら探さないのと一緒よ」
「……」
……。何となくではあるが、ヒーラの件が無くてもリリアとは反りが合わない気がする。
性格とか、考え方とか、そう言う根本的な部分から、ヒトであるとか妖魔であるとか関係なしに合わない気がする。
まあ、明日の朝ヒーラを探しに出て、見つからなければそのままシムロ・ヌークセンを去ると言った私と、『黄晶の医術師』で一流の魔法使いにして医者になるつもりなリリアとが今後出会う事なんて一生無いだろうけどね!
「とりあえずヒーラに何処かで会ったら、リリアはシムロ・ヌークセンでずっと待っていると伝えておいて」
「ええ、伝えるだけなら構わないわ。伝えるだけなら……ね」
私は石の椅子から腰を上げ、リリアに背を向けると、ヒーラに対する伝言だけ受け取ってその場から去ることにした。
いつの間にか手元に現れていた、他の物よりも一回り小さい金色の蛇の輪の飾りを軽く弄りながら。
そうして翌日、私はシムロ・ヌークセンから去った。
半ば敗北したと感じつつも、ヒーラの記憶と言う確かな成果を頭の中で反芻しながら。
シムロ・ヌークセン編はこれにて終了です