第126話「蛇の壱-8」
「あー、温泉卵が美味しい」
オクノユ山の主を倒した翌日から、私は『黄晶の医術師』の持つ魔法の知識をどうやって得るかと言う作戦を考えるべく、山の中をうろついていた素行の悪そうな連中で腹を満たしつつ、様々な方面から調査を始める事にした。
「何と言うかこの卵を食べられただけでも、シムロ・ヌークセンに来た価値は有ったわよねぇ……」
で、一週間ほど調査をした結果として、『黄晶の医術師』が想像以上に厄介な相手であることが分かった。
「……」
まず『黄晶の医術師』の構成員は、基本的に怪しい場所、危険な場所へと近づこうとしない。
仮に近づかなければならない場面が発生しても、決して一人で行動するようなことはなく、常に第三者の目が存在するように動くのだ。
するとどうなるか。
「街中で襲うのはまず無理ね」
街の中に居る『黄晶の医術師』の構成員は常に自分の存在がシムロ・ヌークセンの住民に知られるように動いているため、仮に私が『黄晶の医術師』の構成員を街中で襲えば、確実に私の正体がバレる。
そして街中の傭兵と狩人が、私を討伐するべく殺到するだろう。
そうなれば……この五年間で如何に魔法とハルバードの技を磨いた私と言えども、多勢に無勢で押し潰されるだけだろう。
「浚うのも……厳しいか」
何かしらの方法で浚い、早々に腹の中に収めてしまう場合でも厳しい事に変わりはないだろう。
まず間違いなく私が行方不明者に最後に会っていた人物だと判明し、その時点でシムロ・ヌークセンに残っていれば厳しい管理下に置かれて私の正体がばれる事になるし、シムロ・ヌークセンから逃げ出していても、協力関係にある都市国家を通じて、相当な範囲に私が怪しい存在であることを示す情報が知れ渡ることになるだろう。
そうなれば……少なくともほとぼりが冷めるまではこの辺りには近づけなくなるし、数年間は傭兵としての活動そのものがし辛くなるだろう。
「評判がいいから、見て見ぬふりも有り得ないのよねぇ」
そしてこれらの行為を目撃した住人が見て見ぬふりをしてくれる可能性は存在しない。
と言うのも、『黄晶の医術師』は他の流派と違って非常に開かれた組織であり、普段何をしているのかをシムロ・ヌークセンの住民はよく知っていて、お互いに困った事が有れば躊躇いなく助け合うような信頼関係を築いているのだ。
なので、この五年間に継戦派の連中を始末する時に使った事もある離間工作や、偽の情報を流すと言った手法も彼ら……シムロ・ヌークセンと『黄晶の医術師』には通じないだろう。
「おまけに戦闘能力がないわけでもないのよねぇ……」
加えてだ。
手際よく捕まえる事が出来た場合には関係ないが、彼ら『黄晶の医術師』に属する魔法使いは決して戦闘能力を有さない存在と言うわけでは無い。
量を間違えずに使えば毒が薬になることもあるように、彼らの治癒魔法も使い方を少々変えれば攻撃魔法として扱える魔法になる。
例えば、私の腕を治した治癒の魔法。
これを威力を強めて使えば、不必要な再生が肉体に対して行われることになり、体力の消費だけでなく、何かしらの異常を身体に生じる事になるだろう。
例えば、胃の内容物を吐き出させることによって、それ以上毒物を取り込まないようにする嘔吐の魔法。
胃の中身を無理やり吐き出させるだけでも少なくないダメージになるだろうが、これも威力を強めれば胃腸に致命的なダメージを与える魔法として使う事が出来るだろう。
つまり、攻撃的な魔法を使う事は出来ないとたかをくくっていると、思わぬ反撃を受ける事になるのだ。
「はぁ。本当に隙がないわ……まあ、その方が面白いんだけど」
と言うわけで、結論を言ってしまうのなら、『黄晶の医術師』は厄介と言う事になる。
それも桁違いに。
まさか全てを明らかにすると言う行為が、私のように表に出てこようとしない存在にとってここまで厄介だとは……流石に予想外と言う他ない。
いやまあ、ここまで全てを明らかに出来るのは、シムロ・ヌークセンの狭さがあってこそだろうけど。
「うーん……」
なお、真面目に真正面から『黄晶の医術師』の門を叩いて学ぶと言う選択肢は、私には最初からない。
ヒーラとリリアの話を聞く限り、治癒魔法を学ぶのは簡単な物でも月単位、難しいものになれば年単位で時間がかかるそうだし、そんな長い期間ヒトと共同生活を送っていたりしたら、確実に私の正体が露見することになるからだ。
ではどうやって治癒魔法に関係する知識を奪うのか。
「選択肢は二つ……かしらね」
一応、現時点でも二つほど方法は思いついている。
一つは他の都市で『黄晶の医術師』で学んだヒトを探し出し、丸呑みにすると言う方法。
どうにも『黄晶の医術師』は周辺の都市国家に構成員を送り、医療活動に従事しているようなので、それらの人員の隙を突く事は出来るだろう。
もう一つは、薬草採取に来た構成員を丸呑みにする方法。
こちらの方法ならば、その後一度ぐらい捜索活動に加われば、何も疑われる事無くシムロ・ヌークセンを後にする事が出来るだろう。
「よし」
さて、これでどういう方法を取るかは決まった。
「根競べといきましょうか」
待つのだ。
彼らに隙が生じるその時を。
怪しまれない仕込みだけを行い、その後は偶然を味方につける事によって、私に目が向かないようにするのだ。
「ふふふ、さてどうなるかしらね」
私は木の上から『黄晶の医術師』の拠点を眺めながら、気が付けば誰にも気づかれないような大きさで笑い声をあげていた。
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