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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
125/322

第125話「蛇の壱-7」

「何でこんな事になったのやら……」

 シムロ・ヌークセンに戻ってきた私たちは、周囲にかなり驚かされた。

 まあ、頭と腕が無いとはいえ、自分の身体よりも大きな熊を背負って降りてきたのだから、驚かれるのは当然だろう。

 だが、シムロ・ヌークセンで起きた騒ぎは、私の想像以上だった。

 熊の身体の何処かに特徴的な部位が有ったのか、それとも大きさによるものなのかは分からないが、誰かが私の担いでいた熊がオクノユ山の主と呼ばれる個体である事を声高に叫んでしまい、しかも住民や他の狩人に詰め寄られたヒーラとリリアの二人がそれを認めた上に、口止めしていなかったとはいえ、私一人で仕留めてしまった事を話してしまったのだ。

 その結果……


「いやー、今日はめでたいな!」

「まったくだ!あの人食い熊には散々悩まされたからな!」

「見事に頭が吹っ飛んで、いい気味だぜ!」

 シムロ・ヌークセンではちょっとしたお祭り騒ぎのようになってしまっていた。

 それも主賓である私が置いてけぼりになる様な規模と勢いでもって。

 今では、シムロ・ヌークセン中で宴会になっているだろう。


「まあ、あの熊の危険度を考えれば当然の騒ぎなのかもしれないけれどね」

 私は『ヌークエグーの宿』の片隅で酒を飲みながら、独り言を呟く。

 実際、宴会に参加している狩人や傭兵たちの話を聞いていると、これほどの騒ぎになるのも当然と言えば当然の話だった。

 なんでもあの熊……オクノユ山の主は今までに何人ものヒトを食い殺している危険な熊であり、豚の妖魔を殴り殺したと言う目撃談も有るほどに強かった。

 しかも縄張り意識も非常に強く、他の熊からも煙たがられているような個体だったそうだ。

 そして、そんな熊であるが故に、本格的な冬が始まる前にシムロ・ヌークセンと周囲の都市国家の狩人、傭兵、魔法使いを総動員して山狩りする計画も立てられていたそうである。

 なのでまあ……騒ぎになるのも仕方がない話ではあった。

 騒ぎ過ぎて『黄晶の医術師』たちの仕事を増やすのはどうかと思うが。


「ソフィアさん!」

「あら、ヒーラにリリア。どうしたの?」

 と、ここで何処かで私の居場所を聞いて来たのだろう。

 宴会が始まった頃に『黄晶の医術師』の本部に連れて行かれたヒーラとリリアの二人が、私の元へとやってくる。

 服装が『黄晶の医術師』の構成員が身に着けている薄黄色の外套と言う事は、仕事中扱いと言う事だろうか。


「えと、その……」

「傷の状態を確かめに来たのよ」

「傷の状態?」

「は、はい」

 うん、どうやらその通りであるらしい。

 用件を話したところで、ヒーラとリリアの二人が椅子を持って来て、私の両隣に座ろうとする。

 と、椅子を持ってくる間に、私の方でヒーラの大きな胸と、私の顔と、リリアの赤くて綺麗な長髪に不躾な視線を送っていた連中に向けて、威圧感たっぷりに睨み付けておく。

 それだけで、何処か怯えてた様子で彼らは揃って視線を逸らし始める。

 うん、これで良し。

 ああいう視線があると、話の邪魔になって仕方がない。


「それで傷の状態を確かめるってのはどういう事?」

「えとですね。治癒魔法は意外と体にかける負担が大きいんです。なので、治癒魔法を使った後は、しばらく様子を見る必要が有るんです」

「ふうん、面倒なのね」

「まあ、自然に治したら、傷を塞ぐだけで数日かかる様な傷を、数分で跡形もなく治すんだもの。こればかりは仕方がないわ」

 ヒーラが私の服の袖をめくり、傷が有った場所を見たり、触ったりして問題が無いかを確かめる。

 と同時に、リリアが私に向けて幾つかの質問をし始め、私はそれに素直に答えていく。

 なんでも、治癒魔法を使った後に、表面上は何の問題も無くても、良くない影響が内側に出ている場合も過去にあったらしい。


「何と言うか、治癒魔法の使い勝手って意外と悪いのね」

「仕方がないわよ。魔法自体そんなに安定しているものではないし、使い手も多くないから、未知の部分ばかりなのよ」

「総長の方針で門戸を叩く人には誰でも教える方針なんですけど、覚える事が多くて、結局一つ目の魔法を使える人もそんなに居ないんですよねぇ」

「は?誰でも教える?」

 で、そうやって二人と治癒魔法についての雑談をしていたのだが……思わぬところでとんでもない話題が出て来てしまった。

 たぶんだけど、この時の私の表情はあまりヒトに見せられる物ではなかったと思う。

 が、二人は気にした様子も見せずに、私の驚きをほぐすように『黄晶の医術師』の内部状況について話をしてくれる。


「はい。総長の方針が、『我々の魔法は一人でも多くの人が使えなければ意味がない。人を助けるためにも、問題を洗い出すためにも』と言うものなんです」

「そう言うわけで、やる気さえあるなら、他の流派の魔法使いだろうが、何処かの傭兵団に所属している人間だろうが教えちゃうのよ」

「へ、へー……」

「ま、もう一つの方針『我々の魔法は万が一にも廃れてはいけない。故に、全員が準備から治療完了までに必要な知識を修めていなければならない』って言う方針のせいで、学ぶことが桁違いに多くて、途中で逃げる奴が後を絶たないわけだけど」

「ん?準備から?」

「はい、治癒(ヒール)の魔法だけでも、魔石の加工法に必要な軟膏の調薬、魔法の使い方、人体の構造の知識と、非常に多くの知識を学ぶ必要が有るんです」

「はー……本当にとんでもないのね……」

 そうして聞いた『黄晶の医術師』の内部状況だが……うん、想像以上にとんでも無かった。

 まさかある程度学んだ構成員なら、全員が私の欲しい情報を持っているとは……何と言うか、失敗した感じが相当する。

 とりあえず『黄晶の医術師』の総長はかなりやり手だと思っておこう。

 二つの方針の内容と言い、全てを開示しているが故に厄介な相手になる予感がする。


「怖い怖い……っと」

 その後、幾つかの雑談をした後、私は腕の診察を終えて宿から去っていくヒーラとリリアの二人を見送りながら、小声でそう呟いていた。

『黄晶の医術師』はたぶん、ソフィアが一番苦手とするタイプの敵です


06/10誤字訂正

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