第118話「滅び-11」
「……」
私は……フローライトの亡骸を食べなかった。
それどころか、淡い青色の花を付けた巨木の根元に穴を掘ると、まるでヒトのようにその穴の中にフローライトの亡骸を収め、埋めた。
「ふふっ……」
腹が減っていなかったわけでもなく、食べたくなかったわけでもない。
ただ、今ここでフローライトの亡骸を食べる事は、フローライトの言い残した私らしく生きろと言う言葉にそぐわない。
そんな気がした為に、私はフローライトの亡骸を食べる事は無かった。
「ふふふふふ……」
ああそうだ。
私はフローライトの肉を食べたかった訳ではない。
ネリーの時もそうだった。
私が欲しかったのはただ生きている彼女たちではなく、私の行いによって心を染められた彼女たちだった。
さらによく言えば、彼女たちの心と、心よりも更に奥深くに潜むソレこそが、私が欲しい物だった。
「あーはっはっは……」
だからフローライトの亡骸は食べない。
食べても意味がない。
そこにフローライトのソレは無いから。
フローライトの心はあの時に貰ったから。
「はぁ……」
そしてあの時に心を貰ったからこそ、私は私らしく生きなければならない。
でなければ、フローライトがその命を捧げた意味がなくなってしまう。
「……」
そこまで考えをまとめ、むせび泣く事によって心を落ち着かせたところで、私は涙を拭うと、ドーラムの屋敷へ向けて歩き始める。
「さようならフローライト。気が向いたらまた来るわ」
淡い青色の花を付けた黒い樹皮の樹は、夏の風によって静かに揺らされていた。
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「帰って来たか」
「お帰りソフィアん」
「あー、ソフィア。その……」
「ただいまみんな」
ドーラムの屋敷に帰ってくると、シェルナーシュたちがドーラムの部屋で待っていた。
ただし、その表情は三者三様だ。
「あー、なんだ。その、残念だったな」
「ふふふ、案外そうでもないわよ」
サブカは私の事を気遣うような視線を向けて来ている。
恐らくだが、私の慟哭が聞こえていたのだろう。
「ふふん、ソフィアん。私の方は大満足だった」
「そう、それは良かったわね」
トーコは私の泣き跡に気づいた様子も無く、満足げな様子で胸を張っていた。
どうやら、アブレアとの事は無事に済ませたらしい。
「ソフィア。小生は貴様から何かを言わない限り、何も言うつもりはない。が、言えば聞くための時間は取ってやる」
「うん、ありがとう。シェルナーシュ」
シェルナーシュは羊皮紙を丸めたものを片手に持ち、面倒そうな顔をしながらも、そう告げてくる。
うん、正直に言って、これぐらいの方が気持ち的には楽かもしれない。
「それでソフィア。これからの予定を話しあう前に、貴様に見せたいものがある」
「見せたいもの?」
さて、それでこれからどうするのかについてだが……まずはシェルナーシュが見せたいものがあるらしい。
渋そうな顔をしながら、手に持っていた羊皮紙を私に渡してくる。
「これは……」
私は羊皮紙に掛かれているものを確認する。
羊皮紙の中身は……都市の名前とヒトの名前が列挙されており、何かの名簿のようだった。
「シエルん。なんの羊皮紙なの?」
「名簿だ」
「名簿?『闇の刃』の……ああいや、懲罰部隊の魔法使いか、魔石加工場の職人辺りの物か?」
「それなら小生も気が楽だったのだがな……」
名簿の中には、マダレム・エーネミ以外の都市国家に住んでいる者の名が多かった。
中にはマダレム・セントール、マダレム・シーヤに住む者の名もあるし、マダレム・エーネミを含めた三都市と関わりがある都市の名と、そこに住んでいるであろうヒトの名もある。
そして、最後の一人の名を読んだところで、私は彼らの繋がりを理解した。
「ソフィア。この名簿は……」
「マダレム・エーネミとマダレム・セントールの戦争を長引かせることによって利益を得ていた連中……つまりは継戦派の名簿ね」
「「!?」」
「そうだ」
そう、この名簿は継戦派の主要人物の名前をまとめた物だった。
「それでソフィア。これから先はどうする?別に小生はその名簿にあるヒトを始末して行ってもいいが……っつ!?」
「ゲロッ!?」
「うげっ!?」
私は笑顔を浮かべつつ、羊皮紙から視線を逸らし、シェルナーシュたちへと笑顔を向ける。
何故かシェルナーシュたちが揃って半歩ほど後ずさっているが、まあ、気にする事はないだろう。
「まずはマダレム・セントールに向かいましょう。万が一セントールが滅びていなかったら、滅ぼさなくちゃいけないわ」
「契約だからか」
「ええ、そう言う契約だもの。契約は果たすべきよ」
「そ、そうか。それでその後はどうするつもりだ?」
「この名簿の連中を始末しましょう」
「えと……依頼だから?」
「まさか」
それよりも今大事なのは、この感情を貯め込む事だ。
そう、私らしく生きる為に、フローライトのような少女が生み出されず、ネリーのような少女が生み出されるような環境を作り出す為に、この感情を貯め込むのだ。
「こんなのは殆ど八つ当たりよ」
「「「……」」」
そして貯め込んだ感情をもって、この名簿の連中を……ヒトのくせに他のヒトを苦しめる事を生業とするような愚か者を殺すのだ。
シェルナーシュたちが恐れる程の感情でもって、周囲の草木が委縮し枯れ果てるような威圧感でもって、辺り一帯の大気が張り詰めるような力でもって。
「さあ行きましょう。まずはマダレム・セントールよ」
「お、おう……」
「分かった」
「う、うん」
そうして私たちはマダレム・エーネミを去っていった。
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前レーヴォル暦49年
四柱の御使いと邂逅者テトラスタの邂逅。
現在我が国の国教であるテトラスタ教の経典『四つ星の書』の初めに記載されるこの出来事は、ヒトが御使いと遭遇し、その言葉を受け賜った逸話として、資料が現存している中では最も古いものであり、非常に有名な物でもある。
なお、この出来事については非常に多くの神学者、歴史学者が研究考察を行い、それらの成果を様々な方法で発表しているほか、この出来事を基にした物語も多数存在しているため、この場では詳しく語ることはしない。
ただ歴史的に確かなのは、マダレム・エーネミとマダレム・セントールと言う都市が存在し、この二都市がほんの数日の間に滅び去ったと言う事と、何らかの方法でもって邂逅者テトラスタと妻を除くその家族たちは滅びから逃れたと言う二つの点だけである。
そのため、滅びの原因については未だに不明であり、テトラスタ教の教え通り神の下した罰によって滅びた可能性も、内乱や他都市または妖魔の襲撃によって滅びた可能性も、インダークの樹として知られる曰くつきの樹の呪いである可能性も存在しているのが現状である。
歴史家 ジニアス・グロディウス
第2章終了です。
06/02誤字訂正