第117話「滅び-10」
「此処がそうなの?」
「ええ、面影も何も残っていないけれど、ここで合っているわ」
ドーラムを道に放置した後、私たちは思い思いに後始末を付ける為の行動に出ていた。
トーコはフローライトの部屋でアブレアと。
シェルナーシュはドーラムの屋敷で、各種文献の捜索を。
サブカは出来の良い武器を探すと言っていたが……実際には手招く絞首台から運よく逃れた生き残りを探して、マダレム・エーネミから逃がす気だろう。
そんな者は居ないけど。
「そう、ここがフローライトが住んでいた屋敷が建っていた場所なのね」
「ふふふ、懐かしいわ……」
そして、他の三人がそうやって思い思いの行動を取る中、私とフローライトはマダレム・エーネミの一角、どちらかと言えば上等な家々が並んでいる地区にやって来ていた。
ここはフローライトが生まれた家、つまりは『闇の刃』前首領の住んでいた家が有った場所であり、かつてはそれ相応の賑わいを見せていた場所でもある。
尤も、今ではフローライトが住んでいた屋敷は取り壊され、土地を複数のヒトが所有してそれぞれの屋敷を建てられた為に当時の面影はほぼ存在しないし、此処に住んでいた複数のヒトとやらも手招く絞首台によって息絶えたため、非常に静かだが。
「あの樹は……」
「そうね。あの樹なんかはフローライトが居た頃から変わらないと思うわ」
ただ、全く当時の面影が残っていないわけでは無い。
例えば、樹齢が五十年は超えていそうな、淡い青色の花を付けた巨木などは、フローライトが住んでいた頃から、ずっとあり続けているものだ。
「ふふふ、そうかぁ……これだけは残っていたのね……」
フローライトが昔を懐かしむような視線と声を一度樹に向ける。
「ソフィア」
「何かしら?」
そして私の腕から離れると、私の顔を真正面から見つめてくる。
「これでマダレム・エーネミとマダレム・セントールは滅びる。そうよね」
「ええ、マダレム・セントールの方はまだ滅びていないでしょうけど、手招く絞首台が到達すれば、まず間違いなく滅びるわ」
「そう……なら、私の願いは叶えられたと言う事なのね」
「念のために後で見に行くつもりだけど、そう思ってもらっても構わないわ」
フローライトが真正面から私の両肩を持つように近づき、その青い瞳で至近距離から私の事を見つめてくる。
その瞳には様々な感情が渦巻いており、主たる思いは喜びであると分かっても、この先に待っているフローライトとの一時で昂っていた私には、それ以上の事を読み取ることは出来なかった。
「そう、それなら本当に良かったわ……これでもう無益な争いは終わらざるを得ないのね」
だからだろう。
「フローライト」
「分かっているわ。契約の履行でしょう」
私はこの後のフローライトの行動を止める事が出来なかった。
「ごめんなさいね」
「え?」
フローライトが私の首に腕を絡めるように抱きつき、私の唇とフローライトの唇が一瞬だけ触れる。
そして、唇が離れ、フローライトが謝る声が私の耳に届いた時だった。
「黒帯」
「!?」
私の身体に黒い帯状の物体が絡み付き、四肢だけでなく口や首までもが動かせないように拘束される。
私は何故と思った。
これがフローライトの使った黒帯の魔法である事は間違いない。
だが何故今この場でフローライトが私に対してその魔法を使うのか、それも殺すのではなく拘束と言う形でもって使うのか。
私にはまるで訳が分からなかった。
「ソフィア。良い事を教えてあげるわ」
フローライトが拘束されて動けない私の耳元で、囁くように言葉を紡ぐ。
「ヒトはね、とても嘘吐きで、身勝手で、傲慢な生き物なの。だからヒトの言う事を全て信じちゃダメ。貴方たち妖魔のように、私たちヒトは自分の心に素直な存在じゃないんだから」
「……」
「だからねソフィア」
フローライトの顔が再び私の前にやってくる。
フローライトは……笑顔のまま泣いていた。
まるで恋人との別れを惜しむように、けれど相手に心配をさせないために強がる少女のように。
「むぅー!むううぅぅ!」
私はフローライトの表情に酷く嫌なものを感じていた。
だから、必死になって抵抗し、どうにかしてフローライトによる黒帯の拘束から逃れられないかと足掻く。
「貴方は貴方らしく。けれどヒトに騙される事の無いように生きなさい」
だが私の抵抗をあざ笑うかのように、フローライトは私の身体から離れると、私の位置から自分の全身が見えるような位置までゆっくりゆっくりと、まるで死刑台に向かう罪人のように歩いていく。
「ふふふ、大好きよ。ソフィア」
「むぐー!」
フローライトが私の方へと身体を向ける。
そして飛び切りの笑顔を私に向けた直後。
「そして……」
「むぐっ……」
フローライトの影から無数の黒い槍が生み出され、黒い槍の穂先はフローライトの身体に向けられ……、
「さようなら」
「むぐううぅぅぅ!」
別れを告げるその言葉と同時に、フローライトの全身を貫く。
「フローライトオオォォ!!」
そして、フローライトの死を告げるように私を拘束していた黒帯の魔法と、フローライトの身体を貫いた黒い槍が砕け散るのと同時に、私の慟哭が周囲へと響き渡った。
人間は嘘を吐く。
なお、この結末については予定通りだと言っておきます。