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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第2章:三竦みの妖魔
116/322

第116話「滅び-9」

闇円盤(ダークディスク)!」

 ドーラムの部屋の中に入った私たちへの出迎えは、勢いよく飛んでくる黒い円盤状の物体だった。


「はいはいっと」

「正しく無駄な抵抗ね」

「ぐおっ!?」

 が、この程度の攻撃、私がハルバードを円盤の側面に当てて吹き飛ばすだけで終わりであるし、ドーラムが追撃を行おうとする前に、フローライトの黒帯(ブラックラップ)の魔法がドーラムの右腕をへし折っていた。


「き、貴様等はいったい何処の都市の……それに何故フローライトが此処に……」

「ふふふ、今から死ぬ貴方に答える必要が有るのかしら?」

 ちなみに、ドーラムが居るこの部屋だが、本来は地下水路へと逃げる為の隠し通路が存在する。

 尤も、その隠し通路はほんの数時間前にシェルナーシュの接着の魔法によって開かないようにされたため、ドーラムはこの場から逃げ出す事が出来ず、今の今までこの場に留まる羽目になっているわけだが。


「ぐっ、ただで死ぬなど……」

「サブカ」

「おうっ」

「ぎっ!?」

 ドーラムが左腕を懐に突っ込み、何かしようとする。

 だが、それよりも早く、私の求めに応じてサブカがダーラムの死体を投げ捨てながら接近し、ドーラムの左手首を握り潰した上で、四本の腕と巨大な体躯を十全に使ってドーラムを拘束する。


「腕っ!?儂の腕が……!?」

「黙りな爺さん。悪いが、アンタについては俺も一切の手加減をする気が無いんでな。あんまり暴れられると……」

「!?」

 部屋の中にドーラムの骨が折れる音が響き渡り、その直後にドーラムの叫び声が発せられる。

 音の発せられた位置からして、両脚のどちらかの骨を折ったらしい。

 うん、と言うか、サブカってばドーラムに対してかなり怒っているらしい。

 まあ、ドーラムはマダレム・エーネミの今を作った元凶であるし、それを考えたら妥当な反応であるのかもしれない。


「あひぃ……がひぃ……」

「ふふふ、良い様ね。でもまだ死んじゃ駄目よ。最後に会った九年前から、今に至るまでの間にたっぷりと言いたい事が有るんだもの」

 フローライトが見る者全てを恐怖させる様な視線をドーラムに向ける。

 ただそれだけで、ドーラムの表情は苦痛による苦悶の表情から、恐怖による怯えた表情へと移り変わる。

 ああなんて羨ましい。

 フローライトにそんな顔を向けてもらえるだなんて。


「ソフィア。だいぶ匂いがキツくなって来ているぞ」

「あらそうなの?それじゃあ、フローライト」

「ええそうね。そっちの方が良さそうだわ。ソフィア」

「で、俺がこの爺さんを運ぶと……はぁ」

「な、何を……いったい何をする気なのだ……」

 確かにアレの匂いがだいぶ濃くなって来ている。

 シェルナーシュの指摘でその事に気づいた私は、フローライトに提案をし、フローライトが提案を受け入れてくれたところで、私たちはドーラムを引き摺りながら、死体だらけの屋敷の中を抜けて、屋敷の外へと出ていく。


「さてドーラム。どうせあなたの事だし、儂と息子が死んでも、儂が作り上げたこの街が残れば良いとか思ってたんじゃないかしら。ふふっ、ごめんなさいね。そんなものを許すほど、ソフィアの策は甘くないわ」

 屋敷の外、マダレム・エーネミの街中は朝日によって、少しずつ明るくなっていた。

 そして、そんな街中に立ち込めているのは、とても甘そうな濃厚な蜜のような香り。


「これは……いったい……」

「魔法の名前は手招く(アトラクト)絞首台(ガロウズ)。その効果の一つは水を変質させ、その匂いによってヒトの精神を操作して、匂いの出所を探させる事」

 そんな香りに誘われて、マダレム・エーネミの住民たちは焦点の定まらない瞳で、まるで重度のマカクソウ中毒患者のような呻き声を上げながら、私たちのことなどまるで気にした様子も見せずに匂いの出所を探し続けていた。


「そして匂いの出所を見つけたヒトに、自分の意思とは関係なしに変質した水を飲ませる事」

 やがて人々は匂いの出所が井戸の中である事に気づき、桶を引き上げ、桶の中に入っているものを見て、人々は大いに驚く。

 なにせ桶の中に入っていたのは普段彼らが目にしているような透き通ったベノマー河の水では無く、黄金色に輝いている水なのだから。


「それで水を飲んだヒトはどうなると思う?ドーラム」

「ま、まさか……」

 マダレム・エーネミの住民は大いに湧き立ち、我先にと醜く争い、誰よりも早く桶の中の水を呑もうとする。

 そうして最初の一人が桶の中の水を飲んだ時だった。


「がっ……」

 黄金色に輝く水を一口飲んだ男が、唐突に苦悶の表情を浮かべ、自分の喉を抑えながら、その場でのた打ち回り始める。


「ふふふ、甘い香りと味は苦くなり、呼吸が出来なくなるの。そして、最後はまるで見えない何者かによって首を絞められているような感覚を伴って息絶えるの」

 やがて男は動きを止め、穴と言う穴から体液を垂れ流しながら息絶える。

 そして、息絶えた男の顔には、絶望以外の感情は存在していなかった。


「ば、馬鹿な!毒がこの都市に通用するはずが……ぐっ」

「おっと」

「でもねドーラム。この魔法の一番すごいところは毒の効果じゃなくて、毒の作り方なの。ねぇ信じられる?ソフィアってば、二つの魔石の間を通った水を全て毒に変える魔法を作り出して見せたのよ」

 だが、ヒトが一人死んだと言うのに、井戸に群がる人々の動きは止まらない。

 当然だ。

 手招く絞首台の魔力に魅せられた彼らには、黄金色の水を飲むその時まで理性と言うものは存在しないのだから。


「おまけにこの魔法の効力は一週間。貴方なら、これが何を意味するか分かるわよね。ドーラム?」

「ま、まさか……マダレム・セントールも……」

「そう。マダレム・セントールもベノマー河から水を引いている。つまり、彼らの滅亡ももう決まったの」

「あ……あ……」

「ふふふ、良かったわねドーラム。これでマダレム・エーネミとマダレム・セントールの争いも終わりよ。二つの都市の滅亡をもって……ね」

「あああぁぁぁ!」

 フローライトの楽しげな声と対照的に、ドーラムがこの世の終わりを感じさせるような絶叫を上げる。

 ああこの分だと、マダレム・セントールの方にもやっぱり色々と繋がりは有ったらしい。

 全部水泡に帰すわけだけど。


「さようなら、ドーラム。精々、今まで行いの全てを悔いながら死になさい」

「あ……そんな……」

 サブカが拘束を止め、私たちはドーラムの屋敷に戻っていく。

 ドーラムはまだ生きているが、私たちがトドメを刺す必要はない。


「儂の……」

 なぜなら私たちがドーラムを捨ててきたのは道の真ん中。

 手招く絞首台の匂いに引き寄せられた人々の通り道なのだから。


「儂の……儂のまぎゃ……」

 やがてドーラムは匂いに引き寄せられた人々によって、ボロ布のようになるまで踏みつけられ、息絶えた。

 ふふふ、今までずっと下の者を踏みつけてきた老人には、実に相応しい最後だろう。

 そうしてマダレム・エーネミは滅び去った。

本文中では描写しておりませんが、マダレム・セントールの下流には手招く絞首台を解除するための魔石が事前にセットされています。

でないと大惨事確定ですからね。


05/31誤字訂正

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