第115話「滅び-8」
「さて、そろそろ頃合いね」
事前に打っておくべき手の中で、最後の一手も無事に打ち終えた私たちは、フローライトの部屋に設けられた小さな穴から、その匂いが漂ってくるのと同時に行動を始める事にした。
「ええそうね。もうこんな物を着けて、クソ爺どもに仮初の安寧を与えておく必要もないわ」
フローライトの首に付けられていた首輪と、首輪に繋がっていた鎖が黒い刃によってバラバラに切り刻まれ、フローライトの足場へと落ちていく。
「サブカ、言っておくけど」
「自分とシェルナーシュの身を守る気しかねえよ。クソッタレ」
サブカが先程私、トーコ、シェルナーシュ、フローライトの四人で作ったそれを、右側の手二本で軽々と持ち上げる。
うん、サブカの様子からして、物理的な面ではサブカの動きに影響を与える事は無さそうだ。
「まったく、小生の魔法をこんな事に使うなど……」
「でも、こうしないと持ち運びが不便じゃない」
シェルナーシュが横目でそれを見て、苦々しげな顔をする。
うーん、確かに気色悪くはあるけれど、そう言う風に作ったんだし、私としては成功作なんだけどなぁ……。
「じゃ、いってらっしゃいソフィアん」
「お別れです。フローライト様」
「ええ、行ってくるわ。トーコ」
「今までありがとうね。アブレア。貴方が居たからこそ、今日この日を迎えられたわ。だから本当にありがとう」
「私のような者には過ぎた御言葉にございます」
トーコとアブレアはこの部屋に残る。
アブレアの身体がトーコの報酬だからだ。
そしてフローライトがこの部屋に戻って来る事もないため、二人はこれを今生の別れとする事になる。
「よっと」
「ふふっ、こういう事をされると、ソフィアが妖魔だってことが良く分かるわね」
「ふふふ、これでも普通のヒトの数倍は力があるのよ」
「「……」」
私は長年の監禁生活によって足腰が弱っているフローライトを左腕一本で抱え上げると、右手でハルバードを持った状態で部屋の外に出て、シェルナーシュの先導で階段を上がっていく。
「開けるぞ」
「ええ」
アブレアの部屋を抜け、私たちはドーラムの屋敷の中心、回廊部分に出る。
「誰……っつ!?」
ドーラムの屋敷は、ダーラムの部屋の壁が破壊された上に、ダーラムの行方が知れなくなったために、夜中だと言うのにほとんどの住人が起きていて、厳重な警備態勢が敷かれていた。
そして、そんな所に現れた私たちは、当然ながらその姿を警備の魔法使いたちに目撃されることになる。
だが私たちが誰であるのかを問いただし、捕えようとした彼らの動きは、部屋から最後に出てきたサブカが持っていた物を見た所で止まった。
「うぼおっ……」
「な、な……」
「うふふふふ、貴方の予想通り、みんな驚いているわね。ソフィア」
「ふふふふふ、そりゃあそうよ。こんな物を突然見せられて、驚かないヒトなんて居ないわ。フローライト」
「「……」」
サブカの持つ物を見た何人かが吐き気を催し、その場で嘔吐する。
それと同じくらいの数のヒトが、腰を抜かし、陸に打ち上げられた魚のように口を開け閉めする。
そして残るヒトの殆ども、何処か怯えた様子で、私たちの方を見ている。
だが彼らの反応も止むを得ないだろう。
「正直、小生はこいつ等と一緒にされたくない」
「安心しろ。俺は前々からそう思っていた」
サブカが持っていたのは、四肢が捩じ切れかけるほどに骨を砕かれ、肉を回された上に、即死しない位置に鉄の杭が突き刺さり、身体の数か所に血が流れ出るような穴があけられた後、持ち運びやすいように身体の一部と釣鐘型の鉄の籠が融合させられたヒトの死体。
おまけにわざと傷つけないようにした顔は、これらの行為が全て生きたまま為された事を示すように苦痛で酷く歪んでいるダーラムの顔なのだから、彼らが受けた衝撃のほどを推して測るべきだろう。
ちなみに本来ならばトドメはサブカの毒でやるつもりだったが、サブカが拒否したので、トドメは私の毒になっている。
まあいずれにしても、これから私たちがやることも、彼らがやることも変わらない。
「さて、ドーラムは何処に居るのかしらね?フローライト」
「自分の寝室じゃないかしら。ソフィア」
「はっ!?捕え……いや、殺せ!殺すんだ!コイツらを……コギャ!?」
私たちを捕えるべく真っ先に声を上げてしまったヒトの元へと、私はフローライトを抱えたまま跳躍すると、そのヒトの脳天から股先に沿ってハルバードを振り下ろして殺す。
「なっ、こいつら『ケミョ!?」
「ひぃっ!?」
「何がおきゃ……!?」
「化け物だああぁぁ!?」
そして着地と同時にその場で一回転し、それに合わせてフローライトが魔法を発動。
私が見た事も無いような大きさの黒い刃を出現させると、この場に集まっていた『闇の刃』の魔法使いの何人かの首から上を吹き飛ばして殺す。
「ふふふ、やっぱり何も抑制が利かない。やっぱりこの都市はもう滅びた方がいいみたいね」
「あはは、そんなの今更じゃない」
私はフローライトを抱えたまま、何度も飛び跳ね、回り、相棒のハルバードを縦横無尽に振り回して、この場に居るヒトの命を老若男女関係なく、まるで麦の稲穂を刈り取るかのような気軽さでもって奪い取っていく。
フローライトも私の動きに合わせるように魔法を放ち、時には遠くから魔法を放とうとしていた魔法使いの男を、時にはこの場から逃げ出そうとしていた侍女の女を、まるで兎でも狩るように仕留めていく。
「うふふふふ」
「あはははは」
私のハルバードの刃が煌く度に、フローライトの黒い髪がたなびく度に、二人の青い目が残光を残すたびに血の雨が降り、悲鳴が上がり、意思を無くした肉塊が地面に転がっていく。
我が事ながら、その光景はまるで祭りの舞台で舞い踊る私たちの為に、音楽が奏でられ、歌が歌われ、合いの手が入れられているような光景だった。
「あら?」
「残念。もう前座は終わりみたいね」
そして私たちが踊り始めてから一時間ほど経ち、月がだいぶ落ちてきた頃。
サブカとシェルナーシュの二人と、奥の部屋で隠れている哀れな老人一人を除いて、観客は全員居なくなっていた。
ああ、観客が居なくなったのなら仕方がない。
「それじゃあ、フローライト」
「ええ、フィナーレといきましょうか」
私とフローライトは、心地よい疲労感のままに、サブカとシェルナーシュの二人を連れて、奥の……ドーラムが待つ部屋へと入っていった。
ソフィア の ぼうとくてきげいじゅつ
まほうつかい の SANち は けずられた ▼
ソフィア と フローライト の おどる
いちげきひっさつ!
まほうつかい たちは たおれた ▼
あ、強いのはソフィアではなくフローライトです。
色々と制限があっての強さですが。