第114話「滅び-7」
「うぐっ……」
口を押えられた状態で首を掻っ切られた『闇の刃』の男は、僅かな呻き声だけを漏らしてその場に力なく倒れる。
「これで全員だっけ?」
「ええ、ダーラムを襲う前に処理すべきヒトはコイツで最後よ。と言うわけだから……」
「ああ、処分してしまおう。乾燥」
死んだ男の首からゆっくり血が流れ出ていく中で、シェルナーシュが乾燥の魔法をかけて水分を飛ばし、トーコが解体してヒトの死体だと分からないようにする。
そして、部屋の中には同じような死体がもう二つほど転がっていた。
「それにしても随分と簡単に倒せちゃったね。油断でもしてたのかな?」
「んー……油断はしていなかったと思うわよ。ただ、自分たちの存在が正確に把握されていたのは想定外だったでしょうね」
「まあ、数と位置が分かっていて、使う魔法の想定まで出来ている状況で不意討ちを仕掛けたのだし、当然の戦果だろう」
さて、この男たちの正体だが、彼らは『闇の刃』の懲罰部隊ではあるが、その中でもドーラムの屋敷の警備を専門とする人員であり、その役目はドーラムの屋敷に塀を乗り越えるなどして忍び込もうとした者を捕捉、捕縛し、拷問などの手法によって侵入の理由を確かめる事にある。
で、ピータムの正体を知らなくても、ドーラムの屋敷と言うだけで『闇の刃』にとっては重要な場所であるので、当然ながら懲罰部隊の中でも彼らは実力がある方ではある。
だがそんな彼らも、何時何処で監視を行っているのかを正確に把握されてしまえば、それだけで著しく不利となり、更に妖魔の身体能力を最大限に生かす形で奇襲を仕掛けてしまえば、ご覧のありさまである。
うん、やっぱり魔法使いと戦う時は、何もさせないのが一番いい。
「じゃ、急いで仕掛けましょうか」
「うん」
「分かった」
私たちは持ってきた袋に男たちの死体を入れると、姿を見られないように注意しつつその場を後にする。
これで定時報告が無い事によって不信感を持たれても、死体が見つかっていない分だけ、初動は遅れることになるだろう。
「おう、お疲れさん」
「ええ、貴方もお疲れ様」
「じゃ、アタシは先に行っているから」
「ええ、よろしくね」
そして、何事もないかのようにドーラムの屋敷の門をくぐると、袋を持ったトーコが私とシェルナーシュから離れて、アブレアの部屋へと向かう。
仮に部屋の中にアブレア以外の誰かが居ても、先にフローライトの部屋に帰って貰ったサブカと協力すれば、音も無く狩れるだろう。
で、私とシェルナーシュは、適当なところでドーラムの屋敷の本邸と塀の間、多少の木々によって一見周囲からは中に居る者の姿が見えなさそうになっている場所に入る。
なお、実際には先程私たちが排除した『闇の刃』の懲罰部隊のヒトのように、適切な監視場所を知っていれば、誰がどうしているのかが一目で分かるようになっている場所だったりするので、密会の場所としては使えなかったりする。
まあ、既にそれらの人員を排除している私たちにとっては、新たな人員が配置されるまでは見た目通りの場所だが。
「ここら辺か?」
「そうね……ちょっと待って」
私は近くの壁に耳を当て、壁の向こうから発せられている音を聞き取り始める。
壁の向こうから聞こえてくるのは……羊皮紙に何かしらの文章を書いているような音。
うん、居る。壁の向こうに私たちが目標としているヒトが居る。
「居たか?」
「居たわ」
私とシェルナーシュは短くそう言葉を交わすと、私はハルバードを両手で構え、シェルナーシュは魔法の準備を始める。
「準備は良い?」
「何時でも」
今回私たちが目標としているのは、ドーラムの息子であるダーラム、またの名を『闇の刃』懲罰部隊の統率者であるピータムと言う。
彼はバルトーロの一件の時に見せた統率力だけを考えても相当に厄介な存在であるが、最近集めた情報から鑑みるに、突発的な事態が発生した時の冷静さなどでドーラム以上のものを見せ始めていた。
それこそ、カリスマ性と言う点を除けば、フローライトよりも『闇の刃』の首領に相応しいかも知れないほどに。
そしてだからこそ私は彼を放置するわけには行かなかった。
「それじゃあ、カウントを始めるわ。3……2……1……」
そう、私が今朝仕掛けてきた魔法には、一つの大きな欠点がある。
その欠点のおかげで、サブカの要求を満たす事が出来たが、偶然や優れた洞察力からその欠点に至るヒトが居ないとは限らない。
そしてダーラムは、この都市の中で最もその欠点に気づく可能性が高い人物であると、私は考えていた。
故に狙う。
億が一は見逃せても、万が一を起こさせないために。
「0!」
「静寂」
私の告げるカウントがゼロになると同時に、私たちの前に在る壁と、壁の向こうの空間の幾らかを巻き込むようにシエルナーシュの静寂の魔法が発動する。
そうして、私たちが発する音が極端に小さくなったところで、私のハルバードが全力で振られて壁に突き刺さり……
「!?」
音も無く石の壁を粉砕し、粉砕した壁の破片によって、壁の向こうの椅子に座っていたダーラムの背中を激しく叩き、打ちのめす。
ダーラムの顔に浮かぶのは驚愕と苦悶の表情であり、彼は既に意識を飛ばしそうになっている。
が、私もシェルナーシュも表情だけで相手の状態を判断するような真似はしない。
確実に相手の動きを止めに掛かる。
「ソフィア!」
「分かってるわ!」
シェルナーシュが万が一に備えて酸性化の魔法を構える中で、私はハルバードを捨ててダーラムに接近、その首筋に牙を突き立て、麻痺毒と意識に干渉する毒を死なない程度に流し込む。
と同時に、ダーラムが身に着けていた装飾品の類を素早く剥ぎっていくことで、魔法を使われる可能性を無くしていく。
「よし、退きましょう」
「そうだな」
そして私たちは意識を無くしたダーラムの身体を袋の中に収めるとフローライトの部屋に持って行き……少々の地獄を味わってもらった上で殺した。
まあ彼も今まで散々他人に対して行ってきた行為だけに留めておいたし、半ばは自業自得だろう。
なお、彼の死体は食べない。
食べるよりもよほどいい使い方があるからだ。
そうして、マダレム・エーネミから見える最後の夕日が地平線の向こうへと没した。
厄介だからこそ始末するのです
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