第113話「滅び-6」
「「いえーい!」」
テトラスタの家の前から立ち去った私たちは、いつもの地下水路に降りる為の井戸がある屋敷まで戻ってくると、そこでまずは一息吐いた。
で、そこで私とトーコは作戦の成功を祝して、思わずハイタッチをしていた。
「いやー、上手くいったね。ソフィアん。いや、ソフィール?」
「ふふふ、私もあんなに上手くいくとは思わなかったわ。トーコ、いえトォウコ?」
「あはははは」
「うふふふふ」
そしてハイタッチから手を繋ぎ、笑い声を上げながらその場でグルグルと回り出す。
そうやって私とトーコが楽しくやっていたら……
「やかましいわ!」
「おうぶっ!?」
「ソフィアん!?」
「はぁ……」
私だけシェルナーシュに杖でぶん殴られた。
何で私だけ……。
そう言う気持ちで、地面に伏したまま私はシェルナーシュに視線を向ける。
「う……」
そうして視線を向けた私は直ぐに息を詰まらせる。
どうしてか?
そこには見るからにブチ切れる一歩手前な様子のシェルナーシュが居たからだ。
それこそ、私が妙な事を少しでも口走れば、手に持った杖を全力で振り下ろせるような体勢でもって。
「ソフィア……どうして小生が怒っているか分かるか?」
「ど、どうしてかしらねー」
私は顔の向きは変えずに、視線だけを逸らす。
いやまあ、シェルナーシュがどうして怒っているのか、本当は分かっている。
分かっているが……今のシェルナーシュ相手に怒っている理由を告げるのは……危ない、主に私の命が。
「そうか。分かっていないのか……ならはっきり言ってやるとしよう」
「ふぁい……」
シェルナーシュの杖の片方が、私の頬へグリグリと押し込まれる。
ああうん、やっぱり怒っている。
まあ、シェルナーシュが怒るのも仕方が無くはないか。
なにせ……
「小生は貴様の台本に反対したよなぁ。あんな恥ずかしい台詞を言わされるのはゴメンだと。なのに貴様は去り際に名前を尋ねられたからと、無理矢理小生に言わせたんだよなぁ。名乗らない方が問題になるだのなんだのと詭弁を立て連ねて」
「もへへへへ、そうだったわねぇー」
テトラスタに名乗る際に使った私たち四人の名乗り、アレに対してシェルナーシュは散々恥ずかしいだのなんだのと言って、反対し続けていたからだ。
にも関わらず、言わないと作戦が台無しになるだとか、ノリが悪いだとか、恥ずかしがらずにやらないと違和感があるとか、散々小声で私になじられたのだから、シェルナーシュが怒るのも仕方がないと言えるだろう。
ただまあだ。
「でも、シェルナーシュ?彼らには生き残ってもらって、これから起きることを一から十まで語ってもらうのよ。で、その際にはどうやってアレから逃れたのかや、その方法を教えたのは誰かって事も当然話す事になるわ。その時に、名前も知らないような見知らぬ誰かから教えられたじゃ、説得力が足りない。最悪……そうね、テトラスタがマダレム・エーネミを滅ぼした犯人だと思われる可能性や、そこまで行かなくとも私たちの仲間だと疑われる可能性は高いわ。で、そうなればテトラスタは殺されることになる」
「む」
「あー、それは困るな」
「そうなったら、シェルナーシュは別に良いかもしれないけれど、彼らの生存を対価として要求したサブカは報酬なしのタダ働きになる。それは傭兵として私たちを雇っているフローライトの汚点であり、作戦を考え指揮した私の汚点……は別にいいか」
「いや、良くないでしょソフィアん」
「良 い と し て」
私はトーコからのツッコミは無視すると、今回の作戦が失敗した場合の問題点についての説明を続けようとする。
しようとしたが……
「あーもう分かった。分かった。小生が悪かった」
その前にシェルナーシュは根負けしたようだった。
まあ、仲違いとかの話は私としてもあまりしたいものではないし、シェルナーシュが理解してくれたなら、それで何よりだ。
ただまあ、だからと言ってこのままにしておいたら、私たちの間に多少のしこりを残してしまうだろう。
「でもまあ、今回のテトラスタの説得で一番功績が大きいのは、やっぱりシェルナーシュでしょうね」
「む、何だ急に」
と言うわけで、褒めるべき点はきっちり褒め、評価するべき点はきちんと評価するべきだろう。
「いやね、私は予め考えておいた内容通りに喋っただけだけど、今回の作戦は全員の力を合わせないと成立しなかったと思うのよ。で、その中でもシェルナーシュの力は特に大きかったなぁ……と言うだけの話よ」
「……」
実際、今回のテトラスタの説得にあたって、私は本当に喋っていただけであるが、他の面々はテトラスタの目に触れない所で、実は色々とやっていたのだ。
そう、トーコは例の鍋を使う事によって、雨の中でも乾燥したジャヨケの葉をあの場にまで運んでみせたし、その鍋をテトラスタの目が届かないように尾で持ち、隠していたのはサブカだ。
そしてジャヨケの葉から発せられた大量の煙を、静寂の魔法によってあの場に留めると言う、最も重要な役割を果たしたのがシェルナーシュだった。
「ふん……まあ、褒めたければ好きにしろ」
と言うわけで、別に誇張でもおべっかでもなく、今回の作戦でシェルナーシュの果たした役割は大きいのだ。
ちなみに静寂の魔法だが、その主効果である音を範囲内から範囲外に出ないようにすると言う効果の副産物として、範囲内から範囲外へと向かう風の勢いを削いだり、今回のように範囲外へと煙が漏れ出るのをとてもゆっくりにする効果があるようだった。
うん、今後も状況次第では、利用させてもらうべきだろう。
「それでソフィア。この後はどうするつもりだ?」
「そうね。もう明日の朝までフローライトの部屋に、アブレア含めた六人全員で留まっていてもいいのだけれど……その前に私、トーコ、シェルナーシュの三人でちょっとやっておきたい事が有るのよね」
「やっておきたい事だと?」
「何をする気なの?ソフィアん」
三人の視線が私の元へと集まってくる。
うん、ただまあ、テトラスタへの情報伝達と違って、こちらは絶対に必要な事ではない。
ただ、万が一を潰すと共に、アレで死ぬ前にドーラムの精神に対して特大の一撃を加える為の一手に過ぎないのだ。
「ダーラムの殺害よ」
「「「!」」」
と言うわけで、トーコたちから強く反対されるようなら、止めておくつもりではあるが……どうやら三人の表情を見る限り、実行することになりそうだ。
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