第112話「四つ星の書」
“ゴンゴン”
テトラスタの家の古びた戸が叩かれ、来訪者が居る事を家の主であるテトラスタに告げる。
「こんな時間に一体誰だ……」
つい昨日金に困った『闇の刃』の下っ端構成員によって荒されたままになっている診療所部分を通り抜け、何かの役に立つかと先日とある人物から渡された妙な本を片手にテトラスタは家の戸に近づいていく。
“ゴンゴン”
「たくっ、何時だと思って……っつ!?」
テトラスタは家の戸を開け……戸を開けると同時に家の中に流れ込んできた大量の煙に、思わず口と鼻を手で抑えつつ仰け反る事で、煙から逃れようとする。
「この煙は……マカクソウか!?いや、今は雨が降っていたはずだ。なら幻覚作用は……どうなって……いる?」
そして、自分の周囲全てが煙に満たされ、視界が白一色に染め上げられた時になってテトラスタは気付く。
何時まで経っても煙が晴れない。
戸の外は煙が拡散していくのを防ぐ物が無い屋外であり、家の中にしても、煙の流れを遮るような物は最低限しかないはずなのにだ。
勿論、テトラスタも愚かではない。
直ぐにこれが何かしらの魔法によって起こされている現象だと言う事は分かった。
だが、これほどの量の煙を、生み出し続ける事が出来る魔法使いなど、テトラスタは聞いたことも無かった。
「テトラスタだな」
「!?」
そうしてテトラスタが状況を把握できずに混乱する中、男としては高めの声が煙の向こう側から掛けられ、テトラスタは思わず身構える。
「お、お前らは一体……」
煙の向こう側から現れたのは、四つのヒトの姿をした何か。
先頭に立つのはフードを目深に被り、背中に斧に似た奇妙な形の武器を背負い、強烈な威圧感を放っている者。
テトラスタから見て右手に立つのは、顔は見えないが、何処か楽しそうにしている者。
テトラスタから見て左手に立つのは、右手に杖を持ち、何処か億劫そうにしている者。
その三人の背後に立つのは、他三人より頭一つ分は確実に大きいが、何処かヒトを安心させる様な気配を漂わせている者。
「我が主はこの都市を滅ぼす事に決めた」
「なっ!?」
先頭に立つ者がテトラスタの事を指さしながら、不穏と言う他ない言葉を告げる。
だがテトラスタにはそれが冗談とは思えなかった。
それだけの威圧感をもって、先頭に立つ者はテトラスタへと都市の終焉を告げる言葉を放っていた。
「それはこのマダレム・エーネミと言う都市とマダレム・セントールと言う都市が、悪徳の限りを尽くし、更には他の都市や村々にも悪徳を広めていたからだ。故に、我が主はこの都市に滅びを与える事に決めた」
「……」
「だが、我が主は慈悲深く、思慮深い。故に汝の元へと我らを遣わされた」
「いったい……何を……」
先頭に立つ者がテトラスタへと近づいてくる。
そして、厳かに告げ始める。
マダレム・エーネミとマダレム・セントールが犯した悪徳が如何なるものであり、それが何故許されざる行いなのかを。
テトラスタとその家族たちが、この都市の中でもヒトとして正しく生きている事がどれほど素晴らしい事なのかを。
彼らの主が如何なる災禍を持って二つの都市を滅ぼすのか、そしてどうすればその災禍から逃れる事が出来るかを。
災禍から逃れた後に辿り着く、他の都市で一体どのような話を広めるべきなのかを。
まるで赤子をあやすように、幼子に世の理を教えるように、弟子を師が鍛えるように、不思議と頭の中へと響く声でもって、テトラスタへと教えを与えていく。
「私が告げるべき事はこれで全てだ。では、私たちは……」
そうして伝えるべき事は全て伝えたと、四人が踵を返し、煙の中へと消え去ろうとした時だった。
「ま、待ってください御使い様!貴方様のお名前は!貴方様の主のお名前は何と言うのですか!?」
テトラスタはまるで何かに縋るように手を伸ばし、叫び声を上げていた。
「「「……」」」
そして、その叫びを聞き届けたが為か、四人は一度立ち止まり、お互いの顔を数度見合わせる。
「主の名は告げられるぬ。主の名は秘されるものであるが故に」
「だが、我らの名はヒトの子が為に告げよう」
「我らは御使い。主の意に沿い、主が為に働く者」
「……。我らは御使い。ヒトの清さを保つ為にある者」
四人は顔だけをテトラスタへ向けると、今まで一言も発することが無かった他の三人も含めて、まるで謳うように口を開く。
「我が名はトォウコ。造る者、育てる者」
右手に立つ者が、太陽のように明るい少女の声でもって、楽しげに己の名を告げる。
「我が名はサーブ。守る者、支える者」
背後に立っていた大柄な者が、大地のように堅固な低い男性の声でもって、静かに己の名を告げる。
「……。我が名はシェーナ。探究する者、学ぶ者」
左手に立つ者が、移り変わる月のように揺らぐ中性的な声でもって、煩わしそうに己の名を告げる。
「我が名はソフィール。告げる者、管理する者」
最後にテトラスタに一番近い位置に立つ者が、深い深い闇の中から響くような不思議な声でもって、厳かに己の名を告げる。
「ヒトの子よ、忘れるな。汝に与えし我らが言の葉を。ヒトの子よ、忘れるな。我らが主はヒトと言う種の正しき繁栄を願っている事を」
そして彼らは煙の向こう側へと消え去っていき、彼らの姿が見えなくなると同時に、テトラスタの周囲に立ち込め続けていた煙も、瞬く間に散っていく。
「……」
その余りにもあっけない変化と邂逅の終わりに、テトラスタは一瞬、今自分の身に起きた事は全て夢幻の出来事ではないかと思ってしまいそうになった。
だが、そこでテトラスタは思い出す。
自分が先日グジウェンの使いを名乗る者から渡された、手に持つ者の記憶を正確に保存すると言う魔法の書物を持っていた事に。
書物には……先程の邂逅の内容が、一言一句違わずに記されていた。
最後の名乗りの辺りはソフィアの描いた台本通りの台詞になっています。
なお、台本を書く際に妙な電波を受信していたりすると……
05/28誤字訂正