第110話「滅び-4」
「それでこれからどうするんだ?」
「まずはこっちの作業を優先ね。どうしても時間がかかるから」
フローライトの部屋に戻ってきた私たちは、それぞれの戦利品を床に並べる。
そして、早速ではあるが、私とシェルナーシュの二人は魔石の加工作業に入り始める。
「ふむ。じゃあその間に俺とトーコの二人で……」
「上は見に行かなくてもいいわよ。どうなるかの予想は付いているし、ただ危険なだけだから」
「むっ……」
「まあ、大騒動になっているわよねぇ。と、噂をすれば……」
「お嬢様!大変です!」
で、アブレアが上の状況を把握した上で帰って来たようなので、作業の傍ら上がどうなっているかを聞くとしよう。
まあ、だいたいの予想は付いているけれど。
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「以上が現在の上の状態です」
「「……」」
「ふふっ、ソフィアの予想通りかしらね?」
「ええ、勿論私の予想通りよ」
「まあ、こうなって当然だろうな」
さて、アブレアが報告してくれた上の様子だが、だいたいは私の予想通りだった。
「えーと、ベルノートは殺されたんだよね」
「でしょうね」
まず『闇の刃』は表向きには何事も無いように装っている。
が、その裏側ではまずベルノートの屋敷が全焼しており、現ペルノッタであるベルノートが、魔石加工場が襲撃された責を負わされるように殺され、死体が上がって来ている。
まあ、魔石加工場と言うどの流派の魔法使いにとっても最も重要な拠点を襲撃され、大量の資料と未加工の魔石を奪われ、職人を皆殺しにされたのだから、ドーラムの怒りが頂点に達して、ベルノートが殺されても何らおかしくはないのだが。
「よくよく耳を澄ませてみれば、壁の向こうでかなりの人数が駆け回っているな」
「逃げる時に地下水路を使ったのだし、探すのは当然だろうな」
しかし、ただ怒りに任せて荒れ狂うだけがドーラムとダーラムではない。
現に、サブカの耳でしか捉えられないようだが、壁の向こうの地下水路では少なくない数のヒトが私たちの痕跡を求めて、駆け回っているらしい。
そして恐らくは、私たちが妖魔であると言う事も、既に知ってはいるだろう。
「ふふっ、でもこの部屋に入って来る事はない。そうよね。ソフィア」
「ええ、そんな事は有り得ないわ」
だがそれ故に、この部屋が見つかることはない。
フローライトの部屋と地下水路を繋げる扉は今、シェルナーシュの接着の魔法によって塞がれてしまっているし、そもそもとしてこの部屋の存在を知る者は少なく、存在を知っている者はこの部屋に誰が居るのかを知っているが為に、この部屋を捜査の対象外にしてしまうだろう。
だってだ。
「だって私は妖魔で、フローライトはヒト。そしてフローライトに忠誠を誓うアブレアは、今も平時と変わりなく働いている。これでこの部屋が怪しいと考えられるなら、その人物の頭は何処かがおかしいわ」
「そうね。妖魔がヒトと手を組むだなんて、普通のヒトは考えることだって出来ないもの」
妖魔はヒトの天敵で、ヒトを食べる。
そしてヒトは自分たちの天敵である妖魔を見つけたならば、どういう理由にしろ、その討伐を図るか、逃走を試みる。
これがこの世界の常識だと言っていい。
つまり、襲撃時の挙動から私たちが普通ではない特殊な妖魔だと分かっても、フローライトが私たちを匿っているなどと言う答えには、どう足掻いても辿り着けないのだ。
「つまり、この部屋に居る限り、ソフィア様たちが見つかることはない。と言う事ですか?」
「ええ、そう言う事になるわ」
「食料も事前に十分な量を確保してあるしな」
「ああ、あの箱はそういう……」
と言うわけで、私たちは見つかる心配をせずに、悠々と魔石の加工作業に精を出す事が出来るのだ。
まあ逆に言えば、フローライトの部屋と言う安全圏が無ければ、今頃は『闇の刃』の全魔法使いとの追いかけっこをする羽目になっていただろうが。
「そうそうアブレア。念の為に言っておくけど、しばらくの間はこの部屋の外に出るのは最低限にしておきなさい。私たちが見つからないとなれば、ドーラムが貴方やフローライトから無理矢理情報を奪い取ろうとする可能性もあるわ」
「分かりました。十分に注意をしておきます」
なお、これで『闇の刃』は魔石の供給を断たれた事になるが、魔石の蓄えはあるだろうし、他の都市の魔法使いの流派から職人と魔石を奪ってくる可能性もあるので、今後も『闇の刃』の魔法使いとの戦闘には十分な注意を払う必要が有る。
「ソフィア。今日の作業は終わったぞ」
「分かったわ。それじゃあ一度休憩に入りましょう。みんなに伝えておくこともあるしね」
「伝えておく事?」
と、そうこうしている内に、今日やれる分の加工作業は終わったらしい。
うん、それならば今の内に皆にこれを渡しておこう。
「これは……なんだ?」
「アタシたちの名前が書かれているみたいだけど?」
「おい、ソフィア。まさか……」
「これはね……」
本番までに練習をしておく必要もあるわけだしね。
「台本よ!」
と言うわけで、私はサブカの報酬を確保するために羊皮紙に書き上げた台本を、天井に向けて突き出したのだった。
皆様お忘れかもしれませんが、妖魔はヒトの天敵です