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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第2章:三竦みの妖魔
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第104話「エーネミの裏-13」

「フローライトだと?」

 老人の片眉が吊り上り、訝しげに私の事を見つめる。

 どうやら一般には知られていないはずのフローライトの名を出したことによって、私に対する警戒度を上げてしまったらしい。


「お前……何者だ?」

 だが、それだけだ。

 老人が攻撃の態勢に移るようなことはない。

 それは私が本当にフローライトの為に動いている可能性を考慮してくれたからだろう。

 うん、私としては情報を渡すわけには行かないと自殺されたりするのが一番困る展開なので、そうならなかった事は素直に嬉しい。

 で、後は嘘を吐くなり、力技で黙らせるなりと言った手段でもって無理矢理情報を奪い取る手段もあるわけだが……うん、まずは誠意をもって接するとしよう。

 目の前の老人が私の想像通りの人物なら、そちらの方がいい。


「私はソフィア。蛇の妖魔(ラミア)よ」

「妖魔だと?」

 だから私は名前だけでなく、種族も素直に明かす。

 出来る限りの誠意を言葉に込めて。

 ついでに私が妖魔であることを証明できるように、先が二股に別れた舌も見せておく。


「ボソッ……(馬鹿な。妖魔が何故……)」

 老人の視線と口が僅かに動く。

 が、その目の動きの中には明らかな動揺と、疑念……私の背後にあるまだ温かい医者の死体を何故食べに行かないのだと言わんばかりの思いが込められている。

 まあ、彼の状況的にずっと外部の状況は教えられていなかっただろうし、この反応は当然の物だろう。


「いやいい。それよりも何故妖魔が儂の知識と技術を求める?そもそもお前とフローライト様の関係はなんだ?」

 だが彼は直ぐに今自分が考えるべき点は他にあると理解したのだろう。

 私の異常性を呑み込むと、二つの質問を私に放ってくる。

 ああうん、もしかしなくても、この老人はただの職人ではないのかもしれない。

 相当頭が回るのが早い。


「フローライトとの関係は傭兵と雇用主の関係よ。フローライトの望みはマダレム・エーネミとマダレム・セントールの滅亡。そしてフローライトの望みが叶った暁には、私はフローライトの事を貰える事になっている」

 だから気圧されないように、主導権を握られないように、元々少ない時間を有効活用するためにも、私は質問に素早く答える。


「フローライト様を食うつもりか」

「ええそうよ。そしてフローライトの願いを叶える為に、私は一つの策を考えた。けれど、その策を完成させるためには、優れた魔石の加工技術に関する知識と技術が必要になるの」

「だから此処に来た……か」

 老人の眼光は刻一刻と鋭さを増していく。

 だがその眼光の鋭さに比肩するように蓄えられた力の気配が向かうのは、私では無く老人自身と、ここには居ない誰か……恐らくはドーラムに向けてだ。

 うん、気を付けないと一瞬の隙をついて、自分自身の首を刎ねるぐらいの真似はしてみせかねないな。


「どういう方法を持ってマダレム・エーネミとマダレム・セントールを滅ぼそうとしている?それとどうやって儂の技術と知識を得るつもりだ?魔石の加工技術は一朝一夕で学べるような物ではないぞ?」

「それはね……」

 だから私は慎重に老人の疑問を晴らすように、質問へと答えていく。

 妖魔が生きたままヒトを喰らう事によって記憶を奪える事も、私が造り出そうとしているアレがどういう代物であるかも教えていく。

 そうしてそれらの情報を与えた結果……


「なるほど……な。自由に動ける味方が誰一人としていなかったフローライト様がお前を雇った事にも、お前がこれからやろうとしている事に、儂の知識と技術が必要な事も良く分かった。それにフローライト様がどれほどの覚悟でもって今回の件に臨まれているのかもな」

「そう。理解してもらえて嬉しいわ」

 老人は何処か諦めたような表情を見せていた。

 何を思ってそのような表情をしているのか私には分からないが、その表情は酷く悲しそうに見えた。

 だが、そんな悲しそうな表情をしていたのも一時の事。

 直ぐに老人は表情を改め、私の顔を真正面から力強く睨み付けてくる。

 それこそ何十歳も若返り、青年のような活力に満ちた視線をだ。


「その上で聞かせてほしい。ソフィア、お前はドーラムの事をどう思っている?」

 だが活力に満ちているだけではない。

 老人の視線にはその積み重ねた月日に相応しいだけの、怨念と言っても決して間違ってはいないであろう昏い思いも乗せられている。

 ああそうだ、やはりこの老人とは誠意を持って向き合うべきだ。

 でなければ、これほどの重みを持つ目の前の老人の思いを受け継ぐことなど出来ないのだから。


「この上なく憎らしく思っているわ。それこそ出来る限りの恨みつらみを叩き込んだ上で殺してやりたいぐらいにね」

「その思いはフローライト様に対する思いよりも上か?」

「ん?いえ、フローライトに対する思いの方が上ね。そもそも思いの方向性そのものがだいぶ違うけど」

「そうか」

 老人がほんの僅かに笑う。

 どういう事だろうか?

 だが私が老人の笑みの意味を理解する前に、老人は続きの言葉を紡ぐ。


「ふふ、ふふふふふ……いいだろう。儂の全てを持って行け。そしてフローライト様が願う全てを叶えて見せろ」

 そしてその言葉を最後に老人は笑みを浮かべたまま目を瞑る。


「分かったわ」

 私に出来る事は、出来る限り老人が苦しまないように、意識を奪い、全身を麻痺させた上で呑み込む事だけだった。

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