第101話「エーネミの裏-10」
「まず第一に、今日まで私が遺産について知らなかった事から分かるように、遺産の存在を知っているのは『闇の刃』の中でもごく一部のヒトだけ。それもドーラムの側近中の側近と、魔石の加工を行っている場まで入ることが許されるほどの人物の間にだけ伝わっている極秘事項だと思っていいわ」
「確かにそうだな。もしも、遺産とやらについて広く知られているなら、今までソフィアが奪ってきた破落戸同然の魔法使いたちの記憶にその情報が入って来ているはずだし、上層部で共有されているなら、この前のギギラスの側近からその情報を得られていないのはおかしい」
遺産についてまず言える事は、『闇の刃』が保有している数々の情報の中でも、特に機密性が高いと言う部類に入ると言う事だ。
それこそ、フローライトの存在や、魔石の加工場所や技術に比肩する何かだと言っていいだろう。
そして、それだけ機密性が高いと言う事は、遺産と言うのはドーラムたちにとっても相当重要な情報であり、是が非でも手に入れたい何かだと言う事になる。
「第二に、それだけ重要な何かであるにも関わらず、ドーラムたちは遺産を手に入れていないどころか、正体すらも掴んでいないとみていいわ」
「そうなの?ソフィアん」
「だって今でも時折アブレアに遺産は何処にあるのかと聞くのでしょう。それに魔石加工場から漏れ聞こえてきたあの会話。これだけでもドーラムが遺産を手に入れていないのは確定だし、今のマダレム・エーネミにおけるドーラムの影響力を考えたら、所在と正体が分かっているなら、あっという間に手に入れられるはず。でも私の調べた限り、そんな動きをドーラムはしていないわ」
「なるほど。だからドーラムは遺産を手に入れていない。って事になるんだね」
第二に遺産の動向。
仮に遺産の場所をドーラムが知っているのであるならば、最低でも確保はしておくだろうし、密かにではあっても、使えるだけ使っているだろう。
と言うわけで複数の情報から鑑みて、ドーラムは遺産を手に入れていない。
もしくは、遺産を手に入れていても、それが遺産であると言う事を認識できていないと言う事になる。
「第三に、遺産は魔石の加工に関係する何かであると、ドーラムは認識している」
「魔石の加工場でその話題が出てきたからか」
「ええ、遺産について話していた誰かさんは凄く悔しそうにしていたから、この点も間違いないわ。尤も、私としては遺産が本当に存在しているかどうかという点すら怪しいし、仮にあったとしても、それが魔石の加工に関係しているかも疑わしいわね」
「まあ、ドーラムとか言う爺さんは、お前らの話が確かなら、本来仕えるべき相手を罠に嵌めて殺すような男だしな。何かを勘違いしている可能性も無くはないか」
第三は遺産の中身だが……正直これはどうでもいい。
幾ら当時は幼かったとはいえ、フローライトたちにも教えられていないようなものなのだ。
正直、ここまで散々語っておきながら言うのも何だが、本当に遺産とやらがあるのかも疑わしい。
あ、でもよく考えたら先代首領の遺産が存在するのは確かか。
フローライトがそうだとも言えるし。
いやー、それなら確かに血眼になって探すのも納得がいくなぁ。うんうん。
ま、これについては私の心の中に秘めておくとしよう。
「遺産について言える事はこれだけ?ソフィア」
「ええ、確証を持って言えるのはこれぐらいね」
私はフローライトの言葉に笑顔で応えつつ、確証こそないが、頭の中でもう一つ遺産関連で言えることを思い浮かべる。
それは魔石の加工場で、魔石を加工している職人たちについてだ。
あの時の会話の流れと、声の響き。
もしかしたらだが、彼らは……うん、だとしたら、確かめたり、実行したりするのに相当のリスクを負う必要が有るが、私たちの側にとってはかなり有利な展開を呼び込める可能性がある。
確証がないので、この場で話したりはしないが。
「そう。それともう一ついいかしら」
「何?フローライト」
私は身体の向きを正して、フローライトの顔を正面から見る。
その表情は……あれ?ちょっと険しい?どうして?
「ソフィア。貴方の今の考えは、私たちが嘘を吐いていない前提よね」
「ええそうよ」
「どうして私たちが吐いていないと言えるの?」
「へ?」
そしてフローライトの口から飛び出してきたのは、私にとっては少々予想外の言葉だった。
フローライトが嘘を吐く?
いやまあ、フローライトもヒトだし、嘘は吐くかもしれないけれど……。
「どうしてと言われても、うーん……そもそも今はフローライトが嘘を吐いていても別段問題になる状況じゃないし……そもそもフローライトが嘘を吐くとは思えないのよね」
ただ、フローライトが私に対して嘘を吐く理由もないし、嘘を吐かなければならない状況にあるとも思えない。
いや、そもそもとして、私にはフローライトが私たちに対して嘘を吐くとは思えなかった。
「嘘を吐くとは思えない……ね。そう、分かったわ」
しかし、私の答えを聞いたフローライトは、一瞬何故か悲しそうな表情をしていた。
うーん?一体どういう事なのだろうか?
まるで理由が分からない。
「ソフィア。明日からも頑張ってね」
「勿論よ」
尤も、その直後に見せられた笑顔に、フローライトが悲しそうにしていた理由はどうでもよくなってしまったのだが。
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