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終日

作者: 貴更

 今日は世界が終わる日だ。


 何故僕にそんなことがわかるって? まあ、わかるんだ。多分じゃなく、絶対、僕だけにしかわからない。

 朝起きて、直感した。……否、昨日の夜。違う、もっともっとずっと前から決まってた。今日はその日だって。

 嬉しいか、悲しいか。よく分からない。世界が終わるのにこんなにも呆けているのは、現実味がないからだと思う。世界が終わる日だったら、友達と遊びつくすか、親孝行しまくるか、とにかく勉強とか運動とか疲れることはやめて、自分がこの世界に生きた記録を遺して、この世に未練のないように、今日という自分のための日、即ち世界を充実させる。それが普通の人の神経だろう。

 でも、僕は違う。何故だか、朝6時半過ぎに起きて、30分で準備をして、自転車を飛ばして7時29分の電車に滑り込んで、そこから2駅先で降りて、私鉄に乗り換えて。そう、いつも通り。いつも通りの自分の足跡を追って、辿り着く先は勿論学校。


 サボる勇気がないだけだ、と誰かは思うだろう。僕も思っている。誰か友達を連れだして、映画館でも遊園地でも本屋でも、それこそ自宅でも、時間とお金を浪費しまくったっていいのに。それなのに、僕は素知らぬ顔して自分の席で本を読んでいる。

 教室の中もいつも通り。だって、誰も今日世界が終わるなど考えていないから。

 朝休みの法則。朝休みの勉強時間は、テストの順位に比例する。分かっているのにそれでも奇妙なまでに法則通りの朝休みを眺めて、ふと思う。たった今勉強などどうでもいいと思ったばかりなのに、もう来ぬテストの事を考えている、僕の方が奇妙だと。そう思いながら、本の中に整列した蟻を眺めるのに飽きて、ページ数を確認する。残り284ページ。この分厚いハードカバー、今日中に読み切れるだろうか。


 本日の時間割は可もなく、不可もなく。だけど、どちらかというと不可かもしれない。数学Aがあるのは嬉しいがそれも一限目だし、それ以外はまあ、面倒なのと退屈なのだ。明日だったら、選択芸術と世界史と数学1と体育と物理、好きなものだらけなのに。そういや体育は持久走が終わってサッカーだし、物理も実験だった。なんだか今日という日が悔やまれる。

 それと、今日が木曜日なのも惜しい。金曜だったら、曜日毎に変わる購買のパンが焼きそばドッグなのに。ここの惣菜パンは基本おいしいが、特に焼きそばドッグはうまい。弾力のある麺とキャベツの歯ごたえが丁度よく、ソースと薄く塗られたバター風味のマヨネーズの比も絶妙だ。おまけにパンそのものが柔らかく、ほんのりと甘い。どこのパン屋のどのパンよりも美味しい、という程思い入れがあるわけではないが、それでもここ2年近く、殆ど毎週食べていた訳だから名残惜しいのは当然だろう。

 だが無いものはないのだから、今日は弁当だけで我慢することにする。もし明日があるのなら、思い切って2個勝ってやろうか。そういや、誕生日だし。少しだけ、ほんの少しだけ本気でそう思った。でも、それもほんのほんの少しだけだった。世界が終わる前に食べておきたいのが110円の惣菜パンだというんだから、僕はなんて安いんだろう。


 永遠に役に立たない授業が終わって、一日の4.25%くらいを浪費して帰宅した。授業が少し伸びたせいで、いつもより電車の乗継が悪かった。勿体なかった。かといって、今から特にやろうと決めたことがある訳でもない。多分、僕は普段通りに時間を無駄に遣って、そのまま終わりを迎えるのだろう。世界の終わりまで、あと6時間を切っているのというのに、のんきなものだ。

 何故か律儀に宿題をして、適当な時間に下に降りて行った。冷蔵庫を開けると予想通り、今日の夕飯があった。味噌煮込みうどんだった。適当にラップをして、レンジにかける。別に嫌いではないし、自分で作っていないのだから文句を言える立場ではないが、最後くらい日本人なのだから米を食いたい、と思った。ついでにもっと贅沢を言うならば、出来立てを、誰かと一緒に食べたかった。ここしばらく、誰ともごはんを食べていない。自分から他人を拒絶していたんだから当然だ。でも、今は誰かに甘えたい気分だった。


 やる必要もない宿題を終え、人生最後の風呂から上がった後、どうも何かを忘れているような気がしてスクールバックをあさった。このままでは、僕の望んだ最期を迎えられない。一点の曇りもない溢れんばかりの希望に満ちた、素晴らしい明日を切望しながら今日の終わりを迎えるという。案の定、忘れものはあった。本だった。昼休みに少し読んだから、残り220ページ。これを読み切ることを自分への最後の課題に決めた。残り、3時間とちょっと。普通にいけば読み切れる。そして、また蟻とにらめっこを始めた。


 この物語は、いうなれば悲劇だ。大まかに言うと、家族を一瞬にして失った主人公が、自分の存在価値を探し、その果てに―――?

 結論から述べようか。存在価値は、なかった。もしかしたら、見えないところに、探しきれていないところにあったのかもしれない。でも、主人公には見つけられなかった。そして主人公は。


 そこで本を閉じた。最後の一番盛り上がるところで。結末はどうなるのか。気になるが、でも、僕の結末とは関係ない。そして僕は思い出した。僕の世界はとっくの昔に消えていたことを。






 今日は世界の終わる日だ。


 何故僕にそんなことがわかるって? まあ、わかるんだ。多分じゃなく、絶対、僕だけにしかわからない。

 だって、誰にも言っていない。今日は、僕が自殺する日だって。


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