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「この会場にお集まりの皆さん。今から説明会を始めます」
お姉さんの綺麗な声が流れたあとにステージの袖から王女ルーナが姿を現した。
真ん中の演説台で歩みを止めて、こちらに向き直る。周りにはぞろぞろと城の護衛達が取り囲んでいる。
王女ルーナが一つ咳払いをした。すると、会場の照明が少し薄暗くなった。
「ここにお集まりの皆様に深く御礼申し上げます」
ルーナは頭を深く下げる。
「先刻の告白からこれだけの人数が耳を傾けてくれたことを感謝します。時間を無い事ですので話を簡潔に述べさせて頂きたい」
幼い外見からは真逆の凛とした雰囲気を纏う王女ルーナは、どこか一点を見つめるわけでもなく滑る様に話しだした。
が、女の声が話を遮る。
「ちょっと、待って欲しいねルーナ王女」
声の先は京介の後ろからであった。
「普段から民衆の前には姿を見せないイグリード家のお嬢様がこうして人前に出てくるのはどう考えてもおかしいと思いますの。この会場に私を含めて5人しか集まらなかったのはその怪しさ故だと思いますの。まずはイグリード家の王女ルーナという証明を見せてくださるかしら」
「貴様、王女ルーナに失礼な。名を名乗れ!」
周りの城の護衛と思われる中で白ひげを生やした年配の男が叫んだ。
すかさず、ルーナが反論する。
「やめなさい。ここでは私が頼みを聞いてもらう立場であり、そのものが言う事も正しい。ですが、どうしたら信じてもらえることでしょうか」
その場で立ち尽くして考え込んでしまうルーナに女が提案する。
「王家の遺伝子を持つ者のみが使える魔術…でも披露してもらうというのはどうでしょうか」
「貴様、神聖術をこの場で使えというのか!無礼にも程があるぞ」
「だから、護衛は黙っていなさい。王家の証明ならば神聖術を見せるのが確実というものでしょう」
神聖術とは王家の遺伝子を継ぐ者だけが使える高位魔術である。体の傷を治したり、寿命を伸ばしたりなど、その者の命を殺めることは出来ても、寿命を伸ばす魔術は存在しない。だが、例外として王家の遺伝子を受け継いだ者だけが使えると言われている魔術がある。それこそが神聖術であり王家の物だと証明するのにはこの上ない程ではあるが、例外の魔術故に日常で神聖術を使うことは王家の中で固く禁じられている。神聖術は消えそうな命を再生できる尊い魔術と同時に罪深き魔術とも言われている。その日、その時に消えるはずの一個体の生命を再生してあと3日延命したとする。その3日で本来なら起こるはずのない革新が起こるとも限らない。大事件が起こるとも限らないのだ。一個体の運命を変えることで歴史自体の歯車が狂い始めることだって稀ではないという考えが生まれている為に、神聖術を罪深き魔術と呼ぶ者もいる。
裏の事情を知っている護衛の男は、さすがに引き下がれないと抵抗を続ける。
「しかし、ルーナ様。お言葉ですがこの様な場で神聖術を使う意味を分かっていらっしゃるのですか!?」
「黙りなさい。王女である私の命令が聞けないのですか」
「ですが…、しかし……」
「今すぐに一輪の花をここに用意しなさい」
冷たく言い放ったルーナの命令に護衛の男は少しうなだれたままステージの袖へと消えていった。それから数分後に一輪の花を持ちルーナへ手渡すと護衛の配置に戻る。
「今から神聖術をお見せします。護衛のものは私が良いと声を掛けるまで目を瞑っていなさい」
護衛達がゆっくり目を閉じる。
ルーナは花を演説台の上に置き、軽く手をかざす。暫し沈黙の後、真紅の炎が花を包み、一瞬にして花を塵へと変えていく。
京介は小さく驚嘆の声を漏らすが、これはただ炎で包む魔術を使っただけで神聖術はこれからである。
散らばった塵を集めるともう一度手をかざす。
ステージに立つルーナを中心にして半径1m程の円が浮き出る。無数の光がルーナに降り注ぎ下に落ちては消えていく。
次第に降り注ぐ光の粒子と花の塵が混ざり始め空中で灰色からそれぞれの色を取り戻し始める。それはやがて茎や葉であろう色達が集まり始め形を形成していく。ルーナがそれを掴み胸元に持ってくるとそこには燃えて塵となったはずの花が握られていた。
ルーナは深呼吸をして息を整えてから短く「良いぞ」とだけ漏らす。
護衛達はゆっくりと目を開き何とも表現できぬ表情を各々浮かべる。
「今披露したのが神聖術です。王家の者であると信じてもらえましたか?」
「確かに…」
女は驚きのあまり言葉を繋げないでいた。
「正直、神聖術をこの目で見たのは初めてで何とも言えないのだけれど、確かに花の生命を再生したとこは事実みたいね…。見ていたけれどコピー系の魔術を使ったわけでもないみたいだし…まさかあなたが本物のルーナ王女とわね。今までの数々のご無礼お許し下さい」
女は深々と頭を下げる。
「いいえ、信じてもらえたのなら私は構いません。では本題の方に入ってもよろしいですか」
ルーナは演説台に花をそっと置くとステージ中央から右端へ移動する。機械音と共にステージ中央に写真が映し出される。
「一度お話した通り私のお願いというのは無くしてしまった王家の指輪を見つけて欲しいのです」
プロジェクターで映し出された指輪がおそらく王家の指輪なのであろう。
「なあ、ロキ。王家の指輪ってあんなにしょぼいのか?すごく安物に見えるんだけど…」
京介が指摘するのも無理はない、イグリード家に代々受け継がれている指輪ともあればダイヤの一つや二つも付いていてもおかしくはないはずなのだが、映し出された指輪は岩を砕いて作ったようなゴツゴツしたフォルムに穴を開けた雑な造りになっている。
「確かに、あれが王家の指輪ってなんか夢がないよねー」
ロキは肩を落としながら言う。
「でも、僕たちでさえも王家の指輪を見たことがないからね…。どっちにしろあれが王家の指輪で探して欲しいっていうならそれを見つけてあげるしかないよね」
まあ、確かに…と納得して黙り込む。
ルーナはこのやり取りの間にも説明を続けている。
「訳があって指輪の写真を渡すことは出来ないので目に焼き付けておいてください。指輪を無くしたと思われるのが一昨日の昼から夕方にかけて」
ここまで話すと用意されていたスライドに切り替わる。
「そしてこれがその時私が寄った店や場所です」
分刻みでその日の行動が書かれているスライドを見て京介が驚く。
イグリード家の王女ともなれば外出など好き勝手に出来ないと考えていた京介にとって店に寄ったり町に出ている行動は異常に見えたのだ。
勿論、京介の横に座っているロキも同じことを考えているみたいで訝しげな表情を浮かべている。
「まず、最初に言っておきたいのは……私はイグリード家の王女です!だけど目を盗んで町に遊びに行ってます!!」
急な暴露話に五人しかいないはずの会場に響めきが沸く。というのもほとんどが護衛達のものだろう。
「そして次に、私はイグリード家とか王家とかそんな肩書きに踊らされるのはもう嫌なの!」
ルーナの叫びは何回も反響してやがて静寂に飲み込まれた。
ルーナの突然の告白に会場が固まる。
その中でだた一人すっきりした表情のルーナが続ける。
「はあーすっきりした!というわけでこの指輪を探して欲しい。さっき言った事が私の本音だけど、事実私は城を自由に出入りすることは出来ないし、こうやって人前に出てこられるのも父が遠征から帰ってくる明後日までよ。出来れば明後日までに指輪を見つけ出して欲しいの」
ルーナは息が上がっているのか荒い呼吸を整えるようにもう一度深呼吸をする。
「私のお願いは以上です」
この言葉を合図にどこからともなく執事のような格好をした男たちが現れ、一人つき紙を二枚配り始める。
手渡された紙に目を向けると、一枚は先ほどのスライドにも映っていたスケジュール表を印刷したものであり、もう一枚は紙質のちがう正方形の白紙であった。
「皆さんに、お配りしたのは指輪を無くしたと思われる日の私の行動表ともう一枚は、伝念紙ですの」
京介は首を傾げる。
その横でロキは目を輝かせる。
「伝念紙は書き込んだ内容を、他の伝念紙でも確認できるの。何か伝えたいことがあったらそこに書き込んで下さい。私も連絡は伝念紙にて行うので定期的に確認をお願いします。では、皆さんよろしくお願いします」
ルーナはもう一度深々と頭を下げて最敬礼した後に護衛の男達に囲まれながらステージ袖へと消えていく。
会場全体の照明が明るくなった途端、横からロキが興奮しながら詰め寄ってくる。
「京っち!すごいよこれ。本当にすごい!初めて触ったよ!」
興奮状態のロキを宥めるようにして椅子に座らせる。
「一体、何でそんなに興奮してるんだよ」
「京っちは伝念紙の価値を知らないから冷静でいられるのさ。この紙はただの紙じゃない!魔力が込められていて遠くにいる相手に文字を送れるのさ!極めて生産性が低いことから庶民では手を出すことは愚か見ることすら出来ない代物だよ!」
「そんなにすごい紙なのかぁー」
伝念紙の貴重さがいまいち実感出来ていない京介は伝念紙でパタパタと自分に風を送る。
「そもそもね、伝念紙っていうのは戦場の最前線で戦うエリート部隊にしか配布されていない貴重な道具であって、こんな僕たち庶民が手にすること―――」
「まてまて、ちょっと落ち着けよロキ。この紙っきれがすげーもんだってのは分かったよ。でもさ、これどうやって使うんだ?」
ロキは待っていましたと言わんばかりに知識を披露する。それは使ったことがないにしてはあまりにも手馴れたものである。
「簡単さ、紙を手に持って伝えたいことを思い浮かべるんだ。それだけでいい」
「なるほど、それで念を伝える紙って呼ばれているのか…」
今すぐ伝念紙で伝えてみたいという衝動に駆られるがそこはグッと堪えてポケットに詰め込む。
「ところで、京っち一つ提案があるんだ」
不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ、提案って?」
「僕たち協力して指輪を探さないかい?京ちゃんはこの世界のことを知らなすぎるし僕なら協力してあげれる」
「確かに、ロキの知識は必要かもしれないな」
「でしょでしょ!じゃあ、決定ね。捜索開始は明日の昼十三時ってことで」
子供のようにはしゃぐロキを見ると断るとこも出来ずに、明日から始まる指輪探しの為に今日は体を休めようと席を立つ。
吊られるようにロキも立ち上がり、出口まで歩き始める。
集会場の出口をすり抜けメインストリートに差し掛かるとロキが口を開く。
「じゃあ、明日からよろしくね京っち!」
片手を前に差し出す。
答えるように京介も手を差し出し握手を交わしながら
「俺こそ。明日からよろしくな」
がっちりと握手を交わしたあとにそれぞれの方向へと歩き始める。
夢の世界大キューブに迷い込んでからどれくらいの時間が経過したのだろうか。京介は考えるだけでも疲れてしまうほどに短時間で色々な事が起きすぎた。この世界に連れてこられた理由も分からないまま。イグリード城の王女ルーナの指輪探しに協力することになり、見つけたものには報酬を与えるという、なんともしても見つけ出してイグリード城二階の現実世界とのインターフェースとなる場所に入り込まなければいけない、そしてこの世界に呼ばれた理由を聞き出さなければと思う。
思考に浸っているといつのまにか宿の目の前まで来ていた。相変わらず色とりどりにライトアップされた玄関をすり抜け自分の部屋へ戻る。
気づかないほどに体は疲れていたのか、倒れこむように布団に入るとすぐさま意識が遠くなっていく。
視界がぼやけて行く中で京介は思った。夢の中で寝るってなんだか面白いなと、もしかしたら現実世界にこのまま戻れるのではないのかと。全てが長い夢だったのならおそらく学校は寝坊で遅刻だなと薄れゆく意識の中で考えていた。
【マルミル】
イグリード地方生息している蝶蝶
しかし、その姿を見たものは誰もおらず、文献にしか載っていない
幻の蝶蝶と言われていて文献によれば見ることが出来たものは
願い事を三つ叶えることが出来るという。