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石が何層にも積み重なって構成された立派な城の、おそらく最上階に京介は立っていた。

ついさっきまでイグリード城のエントランスで魔王デモルガンと話をしていたのははっきりと覚えている。そこから京介の体を丸々覆い込んでも余りあるくらいの大きさのカプセルに入り、デモルガンに教えてもらった呪文の様なスペルを唱えた途端に目の前が光に包まれ、そうかと思えば城の一室に立っていた。

デモルガンの話からおそらくここが仕事場である小キューブなんだと直感的に理解していた。

「ここ来たことある気がする……」

あたりを見回すと天井には大きなステンドグラスに両サイドには鉄の鎧が何体も並んでいる。床には赤く分厚い絨毯が入口の大きな扉から伸びている。その先にはこれまた大きな椅子が存在感を露わにしている。

まさにこの場所が教室で居眠りしながら見た夢の中で魔王デモルガンと死闘をくり広げた戦場だったのだ。

やはりここは人間に夢を提供させる仕事場小キューブ内で、おそらくもうじきに誰かがここで魔王デモルガンを倒し勇者となり王女と結ばれるのであろう。

その光景を想像し、少しやりきれない思いを感じながらも

「それにしても…」

京介の疑問は一瞬で解消された。

背後の大きな扉が低い声で唸りを上げながらゆっくりと開かれる。

まさかもう人間が魔王を倒しにやってきたのかと肝を冷やしながら振り向くとその先には大きな体の影が見えた。

「やぁ、待たせたね」

その威圧的な外見とは裏腹に声には穏やかさが広がり、優しい性格が感じ取れる。

大きな足音を立てながら近づきそのまま京介の横を通り過ぎると大きな椅子に腰掛けた。

「もうすぐここに僕を倒しに人間が来る。その時に京介くんがいるとややこしくなるね。そこにでも隠れていてくれるかい」

そう言って指を差したその先には大きな体格の鎧が等間隔で並んでいる。京介は鎧の近くに歩み寄ると兜を外す。

「ええっ、この中に入るのか?」

少し躊躇っている京介が渋々と鎧を身につけていると、入口の大きな扉の向こうから大きな咆哮が木霊する。

「うおぉぉぉぉーーーーーーーーー。魔王デモルガン!どこにいる!」

おそらくは魔王を倒しに来た人間の声だろう。夢の中ではあるとは言え少し役に入り込んでいるようだ。

急いで鎧を装着して周りと同じポーズをすると、鎧の重さが身にしみて伝わって来る。

次の瞬間、ドンと勢いよく開かれたその扉から、如何にも勇者であるぞと言わんばかりの風貌をした男が一人駆け抜けてきた。大きなに椅子に腰掛けている魔王デモルガンの前に仁王立ちしたまま言い放つ。

「お前がデモルガンだな。王女や住民達を苦しめた罰としてここで退治してくれる」

腰にぶら下がっている鞘から剣を引き抜くと体の正面に構える。

その姿を見て魔王はようやく腰を上げ立ち上がる。少し前かがみになり小さく唸りを上げる。

「な、なにする気だ貴様!」

勇者の声など聞こえてはいないだろう、勇者が一歩前に進もうと思ったその瞬間、魔王の咆哮が部屋全体に響き渡った。すると魔王の体はベキッベキッと鈍い音と共に膨張し、みるみる大きくなった。

鎧の中で見ていた京介も声を漏らす。

「うそ…だろ?」

体から禍々しいオーラが放出され、数分前の気弱で優しいデモルガンの面影は微塵も残ってはいなかった。京介がもし、彼の普段を知らなかったのなら一目散に背中を見せて逃げ帰るだろう。

一方、勇者役の人間はというと、あまりの迫力に気圧されて多少後退りしてはいるものの、目の色は失っていないようだ。

「人間風情が魔王である俺様に逆らうとは命知らずな奴め!この俺が喰ってやる!」

王道の捨て台詞を吐いた後、デモルガンは大きな手を頭上へ上げた後に勇者目掛けて降り下ろした。

巨大なハンマーの様なその一撃は轟音と共に床のタイルをめくり上がらせた。

勇者は大丈夫かと京介は周りに目を配ると、めくり上がった床の僅か後方に立っていた。どうやら数回のバックステップで回避したみたいだ。

今度はこちらの攻撃と言わんばかりに勇者が走り出す。

間髪入れずに降り下ろされた魔王の2撃目もするりとかわし、気付いた時には二人の距離は目と鼻の先程に縮まっていた。

勇者が剣を持つ方の腕を後方に曲げる。前に進む力を利用して渾身の突きを繰り出そうとしている。

「くらえーー。魔王ぉ!」

勢いよく押し出された剣は魔王の足に一直線に吸い込まれていく。

しかし、確実に当たったと思った剣は足に刺さるのではなく鈍い音を鳴らし勇者の遥か後方の天井目掛けて跳ね返っていった。

「なにぃーーーーー!!」

「なにぃーーーーー!!」

全身全霊を込めた一撃を跳ね返された反動はかなり大きく、腰から崩れ落ちた勇者と鎧の中の京介の驚嘆がシンクロした。

床を這い蹲る勇者を見下したまま魔王が叫ぶ。

「グハハハハハ。そんな安っぽい剣じゃ俺様に傷一つ負わせることなんて出来る訳がなかろうに」

と、笑い声を上げた途端。

ガチャン、と大きな音を立てて何かが崩れる音が響いた。

魔王がそちらに目をやると、そこには崩れた鎧と這い出る京介の姿が映った。

どうやら、跳ね返った剣が京介の入っている鎧に見事的中したようだ。先ほどの京介の叫びは剣が飛んで来たことと、それを避けきれない事によるものだった。

「あ、あいつ何をやっている…」

魔王の一瞬の隙を見て、勇者が距離を取る。

京介もやっとこ重い鎧から抜け出して近くの柱の影に身を隠した。

「危ねぇー。バレる所だった。」

柱の影で安堵に胸を下ろす。が、いつ柱の所まで勇者が後退してくるか分からない。

京介は柱の影から二人の様子を覗き見た。二人は目を合わせたまま硬直している。

魔王は京介が隠れたことを確認してから軽く咳払いをして

「ゴホン、そろそろ終わりにしてやろう」

魔王が右手の手の平を上に向ける。それから少し力を入れてジッと手を見つめる。

明らかにさっきとは雰囲気が変わった。空気の流れが変わったと言うべきか、部屋の空気が大きな渦を巻いて魔王の手の平に集まっているのが分かる。

その様子を見つめていた勇者も直感でやばいと感じたのか、一歩一歩後退を始めた。

次の瞬間。どこからともなく光の分子が出現し、魔王の手の平の上で集合体を形成していく。やがて光の集合体はテニスボール大にまで大きさを増し輪郭が歪み始める。次第に赤みを帯びてきた球体は一気に火球へと変化する。

魔王は不敵な笑みを浮かべたあと、その火球を勇者目掛けて投げ付ける。

スピードが増すごとに酸素を吸収し火力を増す球は丸腰の勇者を正面から捉える。

勇者は苦虫を噛みながらもゆっくり目を閉じた。

が、火球はいつになっても当たらない。温かい毛布に包まれているかのような感覚に襲われた勇者は目を開けて驚く。

「なん…で……?」

目の前で火球を受け止めているのは王女だった。細い腕を伸ばし片手で火球を受け止めながら言う。

「勇者よ。私がこの火球を受け止めます。魔王は大量の魔力を使ったため動けないでしょう。叩くのは今です」

王女が左手を伸ばす。その手に握られていたものは繊細な装飾が施された細剣だった。

「この細剣は私が祈りを捧げて作った神剣です。魔王にダメージを負わせることが出来るでしょう。この状態もそう長くは続きません。全てはあなたにかかっています。」

勇者は強く頷くと左手に持っていた細剣を手に取り走り出した。

魔力の補充で硬直状態にある魔王に向かって細剣を一突き。

今度は跳ね返ることもなく深く突き刺さる。

「なん…だと。人間ごときにこの…俺様が…」

魔王の体が光に包まれ、空気中に散らばった。

魔王を倒したことにより火球も消え、王女はその場に倒れ込んだ。

勇者は王女に近寄る。

「大丈夫ですか!しっかりしてください!」

「ええ、少し力を使いすぎて疲れてしまっただけです。もう大丈夫」

ゆっくりと立ち上がると勇者に向かって満遍の笑で

「帰りましょ」

そういって入口へ歩き出す。

京介が隠れている柱を通り過ぎるとき、王女は一度だけこっちを向いた。

だがその顔は、勇敢で優しい王女ではなく、イグリード城の一階エントランスであった小生意気な王女リリスの顔をしていた。

「おー怖いね」

京介は二人が見えなくなるのを確認してからデモルガンが消えた場所まで歩き出す。

「おーい、デモルガーン。生きてるかー?」

光となって消えたデモルガンを少し心配しながら叫ぶ。

暫くしてから石の壁がスライドし始める。

大体予想していた展開だ。隠し扉でいちいち驚いていては体が持たない世界である。

予想通り現れた新たな通路から消えたはずのデモルガンが出てきた。

「どうだったかな?これが僕たちの仕事なんだ」

もう、先ほどの禍々しいオーラを発してなどなく、いつもの穏便な性格のデモルガンに戻っていた。

「正直、驚いたよ。完成された映画を一本見終えた感じがするよ」

「そうか、そういってくれると僕も嬉しいよ。でもね、映画はまだ終わっちゃいないんだ。今からエンディングを見に行こうか」

そう言うとくるりと体を回転させて隠し通路の奥へと歩き出す。

デモルガンの大きな背中を追いかけながら京介は

「なあ、デモルガン。一つ聞いていいか?」

前を向いたまま返事をする。

「ん、なんだい?」

「さっき、消えて居なくなっただろ?ここでは怪我をしても死なないのか?」

「うん、まあね。小キューブ内は死に至るような攻撃を加えても死ぬことはないよ。もちろん痛みすら感じない。京介くんは夢の中で痛みを感じたことはあるかい?」

少し考えたあとに答える。

「確かに、銃で撃たれてもピンピンしてたこともあったし、動けなくなっても痛みを感じたことはなかったのかも」

「そのはずだよ。ここでは痛みも感じないのさ。でもねさっき消えたのは死んだからじゃなくてね、僕の意思で消えたんだ」

「えっ、どういうこと?」

「さっきのは演出として消えたんだ。本当に致死量のダメージを受けた場合は大キューブへ強制送還されちゃうんだ」

「なんか痛みは感じないのにダメージ受けすぎると大キューブへ戻されるって面白いな」

デモルガンは優しく笑いながら言う。

「確かにね、でも間違っても大キューブ内で死んじゃダメだよ。本当に死んじゃうから」

なるほど、要するに大キューブは現実世界と同様に死んだら生き返る事は出来ないが、小キューブ内はゲーム世界みたいなもので死んでもそれは仮の体であるため現実の自分が死ぬことはない、またコンティニューすればいいだけの話というわけだ。でもここでまた疑問が生じる。

質問をしようとした京介を知ってか知らないでかデモルガンが口を開く。

「聞きたいことは沢山あると思うけど、とりあえす休憩にしてエンディングを見てみようか」

二人が行き着いた先は行き止まりであったが、まるでセンサーでも付いているかのように近くに立つと、ゆっくり横にスライドし始めた。

「まるで、自動ドアだな」

ぼそっと呟いた京介の発言に多少の笑みを浮かべながら先へ歩く。

少し歩くと大きく開けた場所に出た。上を見上げると一面にステンドグラスが貼られており、そこから七色の光が二人を照らす。丁寧に四角く彫刻された長椅子が綺麗に並べられて、その真ん中には赤い絨毯がひかれている。絨毯の先の一段上がった壇上には向かい合って立っている二人がいた。

間違いなく魔王を倒した勇者と王女の二人だ。

「思い出した。ここは俺が夢の中で王女とキスする前に起こされた場所だ」

軽く肩を落としながら京介が言う。

落ち込んでいる京介を余所目に王女と勇者は二人だけの世界に入り込んでいく。

そこに言葉は要らないのか、何も発せずに二人の顔が接近する。

唇が重なる瞬間、パっと勇者の姿が消えた。

「夢から覚めたみたいだね」

そう言うとでモルガンは残された王女リリスの元に歩み寄る。

「お疲れリリス」

「ああ、デモルガンもお疲れ」

リリスはドレスの胸元を少し緩めて近くにあった長椅子に腰掛ける。

「ほんとに別人になるよなーあの人…」

京介の心の中の声が少しだけ声となって漏れたのをリリスは聞き逃さなった。

座りながら鬼の形相を京介に向けて

「おい、人間!今なんつった」

京介の体がピーンと伸びる。

「まあまあ、リリス。それくらいにしとこうよ」

どうやら怒ったリリスを宥めるのはデモルガンの役目らしい。

京介は今度こそ心の中だけで「怖えー」と呟く。

声に出していないのに一瞬リリスがこちらを向いたことを京介は知らない。

「じゃあ、次のリンクまで時間もあることだしお茶でも飲もうか」

デモルガンはまたスタスタと歩き始めた。その後ろを追うようにリリスが歩き出し、京介がその後を追う。


【ホスト】

夢の世界へリンクする為の契約を結んだ者をいう。

ホストは共鳴盤を使って契約者の脳波を検知し、現実世界で契約者が睡眠状態を感知し呼び出す事が出来る。

また、その逆も同様に現実世界へ戻すことも出来る。


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