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「ちょっと、京ちゃん? 何見てるのよ?」

白く照らされている横顔に見とれていた京介ははっと我に返る。

「いや、なんでもない。二人でこの道を帰るのはいつぶりだろうと思ってさ」

心なしか顔に赤みを増した千帆が言う。

「バカじゃないの、そ、そんなの考えてどうすんのよ」

高校二年になり、四人であのカフェに行くようになってから千帆とは話すようになったが、四年の月日はとても長かった。京ちゃんと呼びながらいつも後ろから追いかけてくるだけの千帆は幼かった面影を少しだけ残し、顔つきも背丈も随分と大人になっていた。お互いに中学の時の話は一切のタブーとなっているし、当たり前の結果なのか千帆は京介に対する態度が冷たい。あの頃と変わっていないのは名前を呼ぶときの「京ちゃん」だけだ。

「それはそうと、啓太くんしっかりやれてるかな?」

「やっぱり、千帆は気づいていたか…」

「当たり前じゃない、誰が見たって惚れてる事くらい気づくわよ」

「そうか。そうだよな…あはは」

少しバツの悪そうな顔をしながら笑っていると、こっちを見た千帆と目が合ってしまい、お互いに猛スピードで目を逸らす。やはりまだ気不味い……。

「京ちゃん…」

次に何を話せばいいのか空回りしていた京介は名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

だが、京介の名前を呼んだその声は心成しか寂然とした雰囲気を纏っていた。

「小学生の時さ、よくいじめられていた私を庇ってくれたよね」

「急にどうしたんだよ」

「あの頃の京ちゃんすっごくかっこよかったな。私にとってのヒーローだったよ」

先ほどの暗い顔とは一変して笑顔を浮かべる。

「千帆は小さい頃から正義感が強すぎるよ。いじめられていたのだってさ、最初にいじめられていた子を千帆が助けようとしてのことじゃないか」

京介は道端に落ちている小石をポーンと前に蹴飛ばした。

「よっぽど、千帆の方が格好良いじゃないか」

そう京介が呟いてから二人の会話がピタリと止んだ。暫くのあいだ無言で歩く二人の足音だけが路地に響く。歩いていると大きな倉庫がいくつも並ぶ敷地が目に入る。横を通る際に敷地内に視線を向けると、倉庫の中にテレビのCMなどで見たことのあるロゴの入ったトラックが何台も並んでいる。おそらくは配達会社なのだろう、汗を流しながら依頼を受けた商品をトラックに積み込んでいる人たちが見受けられた。

トラックが何台も並ぶ倉庫を通り過ぎ左へ曲がる。あと数百mも歩けば京介の家が左手に見えてくるだろう。そしてその斜め向かい側には京介の横を並んで歩いている千帆の家が見えるだろう。

二人の無言の時間は千帆の一言で幕を閉じた。

「京ちゃん私ね……」

千帆は何かを言いかけてまた沈黙。

京介は次の言葉を内心ビクビクしながら待っている。そう、この状況は端から見れば仲の良い高校生が今まさに告白をしようとしている場面にしか見えないからだ。

だが、その本人である千帆の口からは未だに言葉が出てこない。

「千帆、どうしたんだ?」

意を決した京介が催促をすると

「実はね、私ね………最近…」

ようやく千帆が口を開いたその時

「おーい、お兄ちゃん、お兄ちゃーん!」

声が聞こえて来た前方を見ると、京介の玄関の前で小さな人影がピョンピョン飛び跳ねながらこちらに手を振っている。

「あっ、千帆さんも一緒じゃないですか!お久しぶりです千帆さん!」

そう言いながら駆け寄ってくるのは、京介の妹である二条彩美である。中学一年生にも関わらず大人びた性格で千帆とは小さい頃からよく遊んでいたが、京介と千帆の仲が悪くなった頃から空気を読んでか、あまり遊ばなくなったみたいだ。

ふと、京介はさっきまで千帆が何かを言いかけていたことを思いだし横に顔を向けると、千帆はいつもの笑顔を彩美に向けていた。

「こんな時間に外に出てどうしたんだ彩美?」

「お母さんがね醤油切れちゃったから買って来てってさぁ」

苦笑いしながら彩美が答える。

「すごいね彩美ちゃん。お母さんの手伝いしてるんだ」

「もう千帆さん!彩美だって中学生なんですから子供扱いしないで下さい~」

ごめんごめんと笑いながら千帆が宥めている姿を見て、悔しがっているその姿が子供みたいだと京介は思いながらも口にはしないでおく。

「では、彩美は醤油買いに行ってきます」

と、丁寧に一礼してから京介たちが来た道を歩いていく。

「彩美ちゃん、暫く見ない間にすっごく大人びたね」

「そうかな?俺はよく分からないけど」

京介は頭をポリポリと掻いた。

「じゃあ、私はもう帰るね」

それだけ言うと、千帆は向かいの家にスタスタと入っていった。

千帆が言いかけていた話の続きが気になったが千帆を止める言葉も見当たらず、玄関の扉を開けて中へ入っていく千帆の後ろ姿をただ黙って見ているしかなかった。

玄関の扉が閉まった後も京介は玄関を凝視していたが、それも一件のメール受信を知らせる人気アーティストの音楽で遮られた。

ポケットから携帯を取り出し、画面を確認するとメールの差出人には啓太の文字が浮かぶ。

一度携帯をポケットに戻しながら自分の家の扉を開いた。

玄関で靴を脱いでいた京介の鼻を擽ったのはみりんの甘い香りだった。おそらくは肉じゃがだろうと名探偵並みの推理を立てながらリビングへ向かう。

リビングでは大きなソファーにもたれ掛かって「おかえり」と手を上げる母親がテレビを見ている。そのままキッチンに向かった京介は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに移しながらグツグツを音を立てている鍋に目をやる。

「ビンゴ!」

と、小さく声に出しながら推理が的中した祝杯にコップの中にある麦茶を一気に飲み干す。

コップをキッチンに置き去りに、テレビを見ながら笑っている母親に食べてきたから夕食はいらないとだけ告げてリビングを出る。後ろからは母親のグチグチと小言を言っている声が聞こえるが、ここは無視することにしよう。

階段を上がり、左にある扉の先にある部屋が京介の部屋だ。

扉を開けるなりカバンを机の横に投げ捨ててベッドに身を預ける。

仰向けになった状態でポケットから携帯を取り出し啓太のメールを確認しようと開いた。

本文には文章は書かれておらず、しょんぼりとした顔文字だけが本当に申し訳なさそうにこちらを見つめている。京介は激励のメールでも送ろうかと考えたが、そっとしておこうと決め、手を伸ばし携帯を机の上に置いた。

白い天井は眺めていると今日の疲れが一気に体を襲い、それと同時に眠気も襲いかかる。

疲労と眠気に抵抗することを諦めた京介はゆっくりと瞼を閉じた。



【小石】

石の小さい規格の物を総称して呼ばれる事が多い。

投げるなどして武器としても使われる事があるが、基本的にはいつも道端に転がっている。

移動方法としては小学生の帰り道に蹴って遊ばれながら移動する。

どんなにぞんざいな扱いをされても文句も言わず道端に転がっている愛くるしい奴である。

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