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中学一年の夏、京介は少し大きめの制服の違和感も消えて、学校生活にもだいぶ慣れてきた頃、千帆とは同じ中学に上がったが、クラスが違うためにあまり話す機会がなかった。それでも学校の行き帰りは毎日一緒であり、廊下で顔を合わせると立ち話もすることも多かった。ある日の昼休み、京介は窓越しの席に座り空を眺めていた。

「京介、これ見てくれよ」

京介は視線を声の方に向けると、その当時の友達二人組が紙を右手に持ち、近づいてくる。

「どうしたんだ、そんな笑顔で?」

すると、二人組の片方が持っていた紙を机に広げた。

「じゃーん、これ見てくれよ」

紙に書いてある内容を見て京介は驚く。

紙に上には大きく【第一回可愛い子ランキング】と書かれてある。そして学年の中でも選抜された数十名の名前が列挙され、その横には投票数を表す正という文字が書かれていた。ざっと見る限り多くの男子生徒が参加したのだろうか相当の数の正という文字が並んでいる。当然一位が気になった京介は正が一番多く書かれている名前を探す。なんと一位と二位の差は十票を離れていたのだ。そして、そのまま視線を横にスライドさせると。

「佐々木千帆」の文字が現れる。

「なあ、京介。お前は誰に入れるんだよ?ちなみに俺は佐々木千帆だけどな」

もう一人が得意気に宣言する。

「そういえば京介はよく佐々木千帆と一緒にいるよな、知り合いなのか?」

京介は一瞬考えたが直ぐに答えた。

「まあ、家が近くて少し話したことあるだけだよ」

「そうか、そうだよな。京介と佐々木じゃ釣り合わないもんな」

横で二人組が手を叩いて笑っている。

だが京介の意識は違うところにあった。なぜ俺は幼馴染みだということを隠したのだろうか?そしてなぜ千帆がランキングで一位なのだろうか?

後者の答えは簡単だ、千帆が可愛い容姿をしているからである。だが京介はこれまで千帆を可愛いとは思ったことがない。物心ついた頃からよく遊んでいたし、千帆の家で夕食をご馳走になったり、言ってしまえば一緒にお風呂に入ったことだってある。家族同然の付き合いをしてきた京介にとっては、彼女にしたい、付き合いと思うのは全くもってレベルの異なる話である。なぜなら、恋人にならなくてもいつだって千帆に会えるからだ。

では、前者はどうなのだろう。京介が咄嗟に幼馴染だということを言わなかった理由について。その時の京介には理解が出来なかったが、ランキングを見たことによって千帆が周りからどのように思われているのか客観的な視線で捉えることが出来た。そして京介は生まれて初めて千帆のことを<一人の女の子>として意識したのだ。

ある日の放課後、京介が玄関で靴を履き替えていると、いつもの様に後ろから千帆が現れた。

「京ちゃん、一緒に帰ろうよ」

笑顔で近寄って来る千帆をちらりと見ると直ぐに視線を横にずらして言う。

「ごめん、今日は友達と帰る約束してるんだ」

他愛もない嘘だった。誰でも日常的に言うような嘘であるのに、京介は心の奥がギュウーっと締め付けられる様な苦しさを感じ、上履きをロッカーに投げ入れると逃げるように千帆を残し、その場を去った。

そして次の日も、また次の日も何かと理由を付けては断り千帆を避けるようになった。その度に蓄積される罪悪感が京介の体を侵食していく。そしてついにこのやりとりが一週間続いた日にいつもの様に駆け寄ってくる千帆に向かって蓄積されたものが爆発する。

「違うんだよ……」

えっ?聞き返す千帆に向かって聞こえるように言う。

「ガキの頃とは違うんだよ!千帆と一緒に居るのを他人に見られたくないんだよ!お前もいい加減に一緒に帰る友達くらい作れよ。頼むから俺に近寄って来ないでくれ……」

千帆は驚いた顔をしてから、いつもの笑顔を無理やり作りながら

「そうだよね、京ちゃんも友達と遊びたいのに迷惑だよね。ごめんね、私気付けなくて。あっ、そうだった。私放課後に先生に呼び出しされてたんだ。じゃあ、バイバイ京ちゃん。」

千帆は背中を向けて来た道を引き返していく。だけど京介ははっきりと見たものがある。笑顔を必死に作り、気丈に装った唇がわずかに震えていた事を。

その日の京介は長く感じる家までの道のりを一人で帰った。

そして千帆とは高校二年の春に啓太の我が儘で、放課後カフェに千帆経由で美波を誘うまで一度も話すことはなかった。今ならはっきりと分かる、あの時から京介の思春期が始まり、女性を意識するようになった。人間誰もがこの道を通ってきたことだろう。だか、京介のそれの始まりは少し苦すぎた。



【発火草】

イグリード城の南に生い茂る草原に発育している植物。

深紅の花を咲かせ、その魅力に引き込まれる者は後を絶たない。

ただし、注意しなければいけないのは摘み取った約5秒後に

突然発火するため、その手に取った者が大やけどする話も後を絶たないという。


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