第88話 エピローグ
「んにゃ~……」
男が気の抜けるあくびの様な声。
それが巨大なビーカーの立ち並ぶ施設内の、機械音にかき消され……
「いや~っ、よく寝たよく寝た。ぼくちん今日も絶好調……だと思う多分。って、どっちだよ!?」
…………
「……やっぱぼくちん、こういう才能ないな~。まいいや」
ただなんとなくでの言葉を言いたいだけ言って、勝手に納得
肩まで伸びた髪、無精ひげの目出つ冴えない顔に、研究者らしい白衣を纏う、ぬぼ~っとした雰囲気の男は、やりたいだけやると歩み始める。
「~♪」
鼻歌を歌いながら。
「さて……今日も始めよっかね~」
指紋照合ロックを開け、男は更に中へ。
「おはよ~、一条宇宙君たち~」
中に男が――今は死した前勇気の契約者、一条宇宙のクローンが入っているビーカーが、無数に立ちならぶ室内へと。
男は――東城太助は、入って行った。
ぴーっ!
「ん? は~い」
呼び出し音が鳴ると、顔をパシンとたたき……
「はい、こちらは東城太助です」
先ほどのだらけた雰囲気など微塵も感じさせない、きりっとした表情と喋り方へと転身した。
『やあ、太助君。首尾はどうかね?』
「おかげさまで順調です。ブレイブクローン、ブレイブトレースは予定数もうすぐ達しますよ?」
『そちらもだが、“Si-Xiong”はどうかな?』
「身体の方はほぼ完成ですが、食欲旺盛で尚且つ人間が好物……と言うお望み通りの物にした場合、並の合成獣使いでは」
『必要はないさ。大罪どものナワバリに放ち、そこに住む者達を食い散らすだけでいい』
「残酷な事をなさいますね?」
『残酷? バカ言え、負の契約者の家畜など存在する事自体が罪。これはいわば、正義の鉄槌だよ。北郷正輝殿の意思を我らが受け継ぎ、真なる秩序を我らが齎すのだ』
「ならばこちらには文句はありません。今すぐ出せますが?」
『ならば頼もう。正しき世界を築き上げる為にな』
プツッ!
「……アーホくさ。系譜にもなれない低俗なビチグソどもが、マー君の何がわかる?」
通信の切れた途端悪態をつき、太助は先ほどと同様ヌぼーっとした雰囲気を纏い、だらけてしまった。
こつこつと、ビーカーの立ち並ぶ中に伸びる通路を、ひたすらに歩き――その先の扉を開ける。
その中にある、巨大な4つの巨大生物が入ったビーカー。
端末に歩み寄り、操作を始め――
「戦争により英雄が君臨し、その英雄が築き上げた秩序を、身勝手に喰い荒す輩が戦争を起こし、それを英雄が撃ち砕き、新たな秩序を築き上げ、それもまた汚される」
ビーカーの内容液が抜かれ、上部の天井が開かれる。
ビーカーがせりあがり、地表へと姿を現し……
「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」」
解放されたと同時に吠え、それぞれ別方向へと駆けだしていった。
「汚され続ける理想郷――それがこの世界であり、人間社会」
太助はモニターでそれを見届けると、踵を返しその部屋を出る。
「――出来れば見せて欲しいよ。人間はまだ、この理想郷に棲むに値するかどうか。ぼくちんの幼馴染が……マー君が守ろうとした世界は、一体どれほどの価値があるとみられてるのか」
ブレイブクローン、ブレイブトレース
完成し、休眠状態にしてあるそれのビーカーの内容液を抜き、その下の階へとリフトダウンされて行くのを見届け――。
次に駆けだしたのは、先ほどの部屋のさらに奥の部屋。
「一条宇宙。君はぼくちんにどういう感情を抱くんだい?」
そこに備え付けられた端末を操作し、最後に使用する物を起動する
「憎しみ? 感謝? ……君が憤怒に殺された理由、わからない以上どちらか等わかりはしないが、これから間違いなく恨むだろうね」
中にある、先ほどまでとは雰囲気の違うビーカー。
その内容液が抜かれ、その中の存在がゆっくりと目を覚ます。
「――何せ、盗んだ死体から摘出した大脳を埋め込み洗脳した、ぼくちんの最高傑作として憤怒と妹を殺させるんだから」
ビーカーが壊され、その中の――一条宇宙クローンが、ゆっくりと外へ出てくる。
「――その後でいいなら、ぼくちんを好きなだけなぶらせてあげるよ。まあ、君が敗れた場合は、憤怒に細切れにされるだろうしね……ごめんよマー君。勝手な事をして」
「……!」
どことも知れぬ異空間。
そこに幽閉され、8ヶ月になる北郷正輝は、虫の知らせの様な物を感じ、顔を上げる。
「……どうかしたか?」
瞑想をしていた白夜が、些細な変化に気付き声をかける。
「なんでもない」
「出たくなったなら、正義のブレイカーは返して……」
「世界崩壊に伴い居場所など存在しない以上、我にはそれを手にする意思も、ここを出る意思も、生きる理由もない……意味もなく生きる事等、苦痛以外の何物でもない」
「それ以外を探す気はないか?」
「ないな。世界情勢を考えれば、我は間違いなく異端者――害にしかならん。ならば潔く引き下がるさ」
「――お前がそう言うなら、その意志くらいは尊重してやる。だが、しばらくこの空間で退屈を享受していろ」
「死ぬまで幾らでも享受するさ……我は負けたんだ」
白夜が空間を叩き割り、その場を去り……
「……太助。お前はどうしている?」
白夜が出た先にて。
「どうした?」
「巨大合成獣と思わしき生物が、ナワバリを襲い人を食い荒らしています!」
「迎撃は?」
「――全員食べられました!」
「ならば私が出よう」
「え? そんな……あっ!」