第58話
宇佐美達への襲撃から、一週間が経過。
歩美たちはショックから立ち直れず、宇佐美も衝撃は大きい状態。
「……やはり、上手くいかないか」
「ええ。契約条件がぶつかり合う所為か、元となる肉体の方が耐えきれないようでして」
「ならばこのデータをもとに、どうにか安定する方法を探さねば。このままではプロジェクト凍結も……」
バキバキバキッ!
「え? なっ! アンタは……!?」
「ならば、間に合った……とでも言うべきか」
「一体なぜここ……っ!」
「これが実験データか」
「かえ……」
「“凶座相”」
だがそれに関係なく……。
「ひいいいっ!」
「ぎゃああああっ!!」
「殺せ! 負の契約者もその恩恵を受けた者も、1人残らず殲滅しろ! 世を乱す悪の存在を絶対に許すな!!」
世界は動く。
『……以上、ニュースをお伝えしました』
世は未だ潰えぬ乱世の火種。
契約者の恩恵で成り立つこの時代では、契約者の動きで人々の安寧は左右する。
特に憤怒と慈愛の戦争が終結して間がないこの時期。
とある街の一角にあるビルの、契約者の犯行と思われる謎の爆発。
正義が新兵器を開発、とある負の契約者のナワバリ併合戦で投入というニュースが流れるや否や、人々は不安にかられる事となった。
「久遠光一です、署長をお願いできますか?」
それは憤怒のナワバリも同様。
あちこちの負の契約者の小組織や、そのナワバリの住人からの要請。
主に傘下の加入希望、あるいは避難の依頼が殺到。
境目には受け入れ希望の住人が我先にと傾れ込んでおり、交通整理から仮設住宅やシェルターの準備まで、応援要請がひっきりなしに届いていた。
「ええ、一般人の交通整理ですので、お願いします。っと、次は……俺だ、すぐに物質操作系を選りすぐって、仮設住宅を作る準備を。さっきナツメ(とソルジャードッグ達)を向かわせたから」
余談だが、この状況ゆえかナツメも悪ふざけはせず、仕事に勤しんでいた。
……今までが今まで故に信用されず、信長たちソルジャードッグの監視下にある事は変わらないが。
「…………」
「……?」
ユウは勿論、光一も処理すべき案件が次から次へとなだれ込み、憤怒の組織はフル稼働。
そんな光一の様子を、宇佐美と状況をよく理解出来てない葵がじっと見詰めている。
「えーっと……ん? ああ、宇佐美か。大丈夫?」
「あたしはね……でも謝らないでよ? ただでさえ忙しいっていうのに、あれこれとやって貰ったんだからこれ以上はもう良い。て言うか光一、最近ちゃんと寝てる?」
「いや……ここ最近全然。でもユウもナツメもそうだけど、月だって自分のナワバリで忙しくしてんだから、俺だけ弱音はけない」
「……」
「えーっと……医療班か? 医療品の手配と出動準備を。ああ、多少オーバーしてもかまわないから頼む」
宇佐美はどこか、取り残された感じがしていた。
「お気持ちはよくわかります」
「……怜奈、さん?」
「ワタクシも、同じようなお気持ちですから」
実は最近になり、怜奈はこちらへ移っていた。
と言うのも、歩美たちの世話と宇佐美のケアを目的として、ユウの許可をもらいここに来ていた。
「……そうですね。やっぱりリーダーがいない慈愛の組織が」
「いえ、組織の運営と言う意味では、ワタクシは居てもいなくても同じです。ワタクシは朝霧さんや月さんと違い象徴、お飾りでしかなかったのです」
「……え? あんなに、慕われてたのに、ですか?」
「慕われる事と頼られる事は別物です。あの戦争にしても……」
「……あー」
戦争の原因となった、あの3姉妹の言葉を思い出す。
確かに彼女たちは怜奈を慕ってはいても、意見を聞き入れてはいなかった。
……実質、たった1人で慈愛のナワバリを取り戻した朝霧裕樹と互角に戦ったと言う、確かな実力の持ち主だと言うのに。
「……ですから、組織は何も心配はありません。それより宇佐美さん、久遠さんからお聞きしましたが、よろしければ思念の扱い方を学んでみませんか?」
「え? ……良いんですか?」
「ええ、ワタクシは名目上は人質の身。故に良くても朝霧さんや、皆さんの身の回りのお世話しか出来ませんので」
「……」
しかたのない部分は、どうしてもあるかもしれない。
それでも、足掻かない訳にも行かず、足掻きたいとも思っている。
だが力も足りなければ、何もかもを知らなさすぎて、覚悟もあまりに軽すぎる。
宇佐美には目の前の存在が、あまりに遠過ぎていた。
「……ワタクシは、人を傷つける事を禁忌としています」
……そんな目を見て、宇佐美の真理を悟ったかのように怜奈はふと言葉を紡いだ。
宇佐美は目を見開き、じっと怜奈を見つめる。
「おかしいと思いますか?」
「……いえ。でも、怜奈さんは」
「ええ。契約者の頂点と言う立場上、禁忌としている事自体が笑い話にもならない位、数え切れないほど破りました。朝霧さんに対する無礼然り、ナワバリを守れなかったこと然り……」
「……」
「ですがこの禁忌を、それを破る苦しみを忘れてしまえば、今まで傷つけ、殺してしまった人たちの存在理由は、一体どうなるのでしょう?」
そこで怜奈は、表情を変える。
いつもの優しさのあふれる顔から一転、覚悟を現すかのような表情へと
「これは“慈愛”の本分を忘れないための、ワタクシの覚悟でもあります。偽善だろうと独善だろうと、傷つけた事を、殺した事を無意味にしないためにも」
そこで怜奈は、宇佐美の手を握る。
「苦しいのは貴女だけではありません……ですから、違う存在のように見ないでください」
そういって、優しく笑む怜奈。
さらに……。
「……葵ちゃん?」
「……なんとなく、こうしてもらうと落ちつくような、そんな気がする」
「……ありがとう」
その横で、意味はわかっていない様子ではあるが、頭を優しく撫でる葵。
「……宇宙さん、これ見たらどう思うだろうな?」
「きゅ~ん」
「ん? ああ、腹減った? そう言えば俺も飯食ってなかったっけ?」
「わんっ!」
「……んじゃ、そーっと行くか。そーっと」




