第39話
――時をさかのぼり
「おい、どうなってる!? 慈愛の契約者が街で暴れたって……」
「落ちつけユウ、今その事を問いただしてるんだ」
場所は、憤怒に点在する警察署の1つ。
その1室を借りて、光一が慈愛の系譜、黛蓮華に事の次第を問いただしていた。
如何に契約者社会といえど、治安維持や戦争の際の避難誘導など、決して欠かせない組織であり、ナワバリの犯罪等においては協力しあう間柄。
ただし、契約者を取り締まるのは契約者、人を取り締まるのは人。
捜査や確保などで協力はしても、この線引きだけは超えてはならないのが、暗黙の了解。
「……まずは、慈愛の一員として謝罪をする。申し訳ない」
「謝罪はいい、一体どういう事なのかを説明しろ。既に世はパニックだ」
憤怒と慈愛に戦争の影あり。
その情報が流れた途端、世は混乱の極みに立たされた。
均衡の崩壊の影響が治まったばかりと言う時期の、大罪と美徳の戦争。
それが人々に与える影響は、多大と言う表現では決して追いつかない。
戦場になると予想された地点の近隣からは、人々は即座に着の身着のままで避難する流れとなり、あちこちで暴動や小競り合いが勃発。
離れた地点においても、頂点がぶつかる可能性が高いという思惑が出ると同時に、あちこちで非常食や生活必需品、避難先や地下シェルターの手配などが殺到。
「今までは勇気のブレイカーを巡っての小競り合い程度だったが、今回は本気で相手を潰し合う戦争だからな。確実に大罪と美徳がぶつかる」
「……それで、そんな戦争の中枢の1人が来た理由、何なんだ?」
「……怜奈様を排除しようという動きがある」
光一と裕樹、2人の表情が変わった。
「……なんだと?」
「ちょっと待て、美徳の一角だぞ? そんな事したら……」
「だからこその戦争だ。憤怒を崩し、あわよくば一条宇佐美を確保するために。慈愛の一部が“知識”と共謀し立てた策」
「っ!……あり得ない話じゃねえな、ユウ。“知識”と言えば“暴食”の対、慈愛崩壊で一番苦境に立たされた奴だ。今回の同盟をよく思う訳がない」
更に言えば、対の暴食が系譜の殆どが憤怒に潰されている。
故に動くとしたら、今である。
「慈愛の能力は契約者で最も美しいと評され、それに憧れ慈愛を志す物も多い。今回はそこをつけこまれてしまった」
「そう考えれば、俺達はその美を汚したバイキンちゃんって訳か。あの3姉妹もそのクチ?」
「……あの3姉妹は一条宇宙が死んだ為に起こった混乱で、負の契約者に親を殺されたのを怜奈様に拾われたんだ」
「……世では俺が殺した事になってる以上、恨まれて当然か。だが、だからと言って」
「わかっている。私とてこのまま逆恨みで、恩あるお前達を潰したくない。だから――」
――時は過ぎ。
「“迦具土”」
ユウの両腕がグラグラと煮え返るマグマに包まれ、肥大化し始める。
それがユウの何倍もの大きさの、6本の刀を牙とした溶岩の竜の形をとると、うねりながら刃の牙を開く。
「“蛟”」
それに相対する様に、怜奈が長刀の刃に水を纏わせ舞い踊る。
舞いに合わせ水は大気中の水分をかき集め、やがて溶岩の竜に引けを取らぬ大蛇の形を取り、氷の牙をむき出しに襲いかかる。
ボシュウウッ!
「くっ!」
「うっ!」
竜と蛇はぶつかり、水蒸気爆発を起こし相殺。
ガキィッ!!
「くっ……うっ……!」
「やるねえ。流石は美徳の1人」
「箱入り娘だと、思われましたか?」
「……いいや」
その次の瞬間、刀と長刀の鍔競合い。
「おいおい、そんな細腕で俺と力比べ……っ!」
「致しません“霜堅牢”」
周囲の水蒸気がユウに纏わりつき、水となり氷となってユウを氷漬けに。
ジュウゥゥゥゥッ!
「……油断できねえな」
――ならず、全部力ずくで水蒸気に戻してしまった。
怜奈の能力は、水の全て……水素から氷まで、あらゆる水の業を操る能力。
水分さえあれば、彼女は自在に水を、そして氷を生み出す。
「水は無限、そしてその無限を手にするのがワタクシです。“氷刃円舞”」
その水蒸気を舞うような動きですくい上げ、線を描く。
その線が固まり、更に周囲の水蒸気すら取り込み大刃を形成。
その氷の刃が怜奈の手の動きに沿い、ユウめがけて襲いかかる。
「“巨人の剛腕”」
両腕にマグマをまとい、そのマグマの腕でその氷刃を受け止める。
それと同時に腕も刃も壊れ、その次の瞬間2人は距離をとる。
氷塵舞い散るその下で。
「契約者で最も美しい……ってのは、伊達じゃないか」
「やめてください――如何に煌びやかであろうと、今はいやしき恩知らずであり恥さらし。そう評されては、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「あーっ……腹立つったらありゃしねえ!!」
ユウの叫びと同時に、憤怒のブレイカーが本稼働。
「問題なのは間違う事じゃなくて、間違いに対する姿勢だろ! 間違う事がそんなにいけねえ事か……? ふざけんな!!」
「……!」
「“鬼蜘蛛”」
ユウの背からマグマが噴き出し、そのマグマが6本の腕を模り“六連”を一本ずつ手に取り、自身の腕で“焔群”を握り、構えをとる。
「……来いよ。そのふざけた態度、“噴火七刀流”で存分にぶっ壊してやる」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば」
怜奈が表情を引き締めると、ヒュンと氷を刃い纏わせた長刀を構える。
――所変わって
「うんうん、やはり美徳はこうでなくては」
「怜奈様も目を覚まされた様でなにより。それよりもあのクズ、世のゴミの分際で身の程もわきまえず説教とは、生意気な」
「まあクズの言うこととはいえ、“間違いに対する姿勢”というのには賛同するが」
「ですな。ではそれに倣い、後は知識とうまく連携を……」
「違う、連行だ」
「「「え?」」」
「地獄へな」
バキャッ!!
「くそっ! 離せ、離せ!!」
「キサマ、慈愛の上級系譜でありながらクズと手を結ぶとは、恥を知れ!!」
「本当にいいのか? コイツら慈愛の幹部と提携先の社長なんだろ?」
「構わん。どうせ怜奈様の顔に泥を塗ったバカどもだ。それより、解けたか?」
「ちょちょいの、ちょいっと。はい、解けた。えーっと……ああっ。十分だ」
「そうか……急ぐぞ」
「ああっ」




