第38話
「……厄介な事になったな」
目の前に広がる慈愛の勢力と、自身が率いる憤怒の勢力。
それを見回し朝霧裕樹は眼を伏せ、現状に対して腹を立てている自分を抑える。
同盟破りや襲撃に関しては、元々が正と負と言う事もあり懸念はされていた事だったが、一般人に被害が出た以上落とし前は付けさせねばならない。
それはナワバリを統括する身であり、組織を纏める上での責任。
「全員ここで待て!」
憤怒、慈愛側からそれぞれ1人が前に出て、一直線にお互いに向けて歩む。
憤怒の契約者、朝霧裕樹と慈愛の契約者、水鏡怜奈。
「……久しぶりだな。出来ればこんな色気も飾り気もない戦場より、豪華なお食事がずらりと並ぶパーティー会場で会いたかったが」
「――ワタクシも同じです。お世話になっておきながらこの度の事、個人としても組織の長としても、何とお詫びすればいいか」
「侘びの言葉より、この状況を無血でどうにかする打開策が欲しいな」
「――奇遇ですね、ワタクシもそれが欲しくてたまりません」
慈愛の一部が暴走し、結果として憤怒の構成員どころか一般人にも死傷者を出した。
ユウとしてはいかなる理由があろうとナワバリを、そして組織を統括する者として、こんな事を許すわけにはいかない。
怜奈としても、出来る事なら償いをしたいところだが……。
「……蓮華ちゃんはどうしてます?」
「……光一がつきっきりだ」
「……ご理解いただけた、と見てよろしいですね?」
「――ならどうしようかね? 確かに俺達の行動がアンタ達に悪影響を与えたのは事実だが、流石に死傷者が出ちゃあナワバリを統括する身として、アンタ達には落とし前をつけさせなきゃならない」
「存じています……ですが、正と負の確執は思った以上に深く険しい様で」
「やれやれ、どっちが悪だかわかりゃしない」
軽口をたたきつつ、ユウは手の“焔群”を握り、少し刃をのぞかせた。
「――全くですね。慈愛のブレイカーと契約しておきながら、とんだ恥知らずです」
格好は膝の上まで裾が短い、白鳥を基に意匠したデザインの着物を翻し、長刀を握りしめ構える。
「自分のやってる事が間違いだと受け入れ、恥じる精神がある分まだマシだろ――悪いが、本気で行くぞ」
「――そう言ってもらえて何よりですが、だからと言って手加減はできません」
「……まず謝る、ごめんな」
「いえ、ワタクシも……申し訳ありません」
謝罪の言葉と同時に、2人は一歩踏み出し……
ガキイイィィィィィィィンッ!!
「やっちまえ!!」
「総員突撃!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
大罪と美徳の一撃がぶつかり合った音が、戦場に響く。
それをゴングとして今、憤怒と慈愛の戦争が始まった。
――所変わって。
「……始まったわね」
所はユウの家。
朝霧家の面々、ラッキークローバー、そしてその護衛のナツメと月は、テレビ。
憤怒と慈愛の戦争は、事の始まりこそ伏せられている物の、既に世に知られる所となっており、テレビに映し出されていた。
――もちろん映像自体は、超長距離拡大が可能な契約者の技術で作られたカメラで写された物
「……なんで、こんな事に?」
「ユウ君と怜奈さんが……」
「いくらなんでもー、いきなりすぎますー! はなしあいもせずせんそうだなんてー!」
「はいそこ、好き勝手言わない。ユウだって好きでやってる事じゃないんだから」
同じナワバリを統括する身である月が、歩美、さやか、京の言葉を遮った。
「構成員どころか一般人にも被害が出た以上、一部の暴走とはいえ許すわけにはいかないのよ。対処が遅れれば、それだけでナワバリの住人は不安に怯え、震える事になるから」
「……そっか。ナワバリって、自分達の生活と安全を守ってもらう為に、支配下にはいる物って面もあるから」
「そう言う事。確かにいきなりかもしれないけど、それ以上に弱気な姿勢を見せる訳にはいかないのよ。このナワバリの住人全員、今や世を支える契約者が自分たちに牙をむくかもしれない……なんて恐怖にさらされた状況に、耐えられる?」
「「「…………」」」
そう言われると、歩美たちは口をつぐむ以外にない。
契約者の力は、下級ですら人間の限界を上回る超人である以上、その恐怖にさらされるなど耐えられる物じゃない。
「――でも、この戦いでまた、たくさんの人が」
「ええ、死ぬでしょうね。戦争で、尚且つ――」
ドゴォォォッ!
ドドドドドッ!
「大罪と美徳がぶつかるんだから」
テレビから轟音が響き、その場全員がテレビに意識を集中させる。
そこに映っていたのは、美徳側の勢力が火山弾で薙ぎ払われ、大罪側の勢力が津波に呑みこまれて行く光景。
その中心には……
大罪の一角憤怒の契約者、朝霧裕樹。
美徳の一角慈愛の契約者、水鏡怜奈。
それぞれがマグマと水を纏い、対峙していた。
「……ユウ、なの?」
「あら、もしかして本気になったユウを見た事なかった?」
「え? ……そっか」
宇佐美はふと、“怠惰”とぶつかった時の事を思い出す。
あの自分たちが居た時と違い、今は制限する物など何もない状況。
「――まあ、そうよね。ユウも怜奈も状況もそうだけど、相手が相手だけに手を抜けない。だから全ては、ダーリンと黛ちゃんにかかってる、か」
「? 何か言った?」
「ううん、何も」
「? そう言えば、久遠の兄さんが見えないね? それにクエイクも」
「テレビで戦争の全部を映し出せる訳ないでしょ。たぶんどこかで暴れてるんじゃない?」
――所変わって。
「――始まったか。こうなった以上、もう“間違えました”じゃすまないぞ?」
「わかっている!」
「声がでかい」
「……すまない」
とある地点の上空にて、クエイクに乗る光一と黛。
目指すは……
「さて……鬼が出るか蛇が出るか。今から行く場所に証拠があるかないかで、全ての命運が決するが――」
「まだ大丈夫だ、私の部下に何かあればすぐわかるようしてある」
「そうか」
「――信用してくれた事、感謝する。そして今回の件、本当に申し訳ない。終わり次第、出来れば今回の被害者に償いをさせてくれ」
「……償いって、お前がか?」
「私とて負の契約者を憎む気持ちはある。だがだからと言って、こんな事を許せるほどいき過ぎてはいない」
「――すまん、今のは侮辱だったな」
「気にするな、疑われる事をした私も私だ。急ぐぞ」
「静かに急ぐ、だ」




