第34話
世は契約者社会。
ブレイカーにより、人としての限界を超越した“契約者”の恩恵で、世界が成り立つ時代。
その世界にも、日陰と言う物は存在する。
「いらっしゃいませー」
とあるゲームセンターがある。
そこはリズムゲームからメダルゲーム、そして格闘やパズルと言ったそれぞれのジャンルゲームの筐体が立ちならび、そこかしこで十代の少年少女が思い思いに遊んでいる、何の変哲もない場所。
そんな場所でリュックを背負いメガネをかけ、髪を七三分けにした1人の男が、ゲームに興じる訳でもなく時計を眺めていた。
「……そろそろか」
男は立ち上がり、一路トイレへ。
そして特に間をおかずに出てくると、周囲を見回しエレベーターに入り……
「ええっと……」
トイレで手に入れたカギを取り出し、エレベーターのスイッチの下にあるカギ穴にさし、カギを開く。
そこには表記された階より、更に地下の階が書かれたスイッチがあった。
それを押すと、エレベーターは下降し……
「いらっしゃーい」
扉が開くと、陽気な男の声が出迎えた。
男の瞳に飛び込んできた光景は、流行りのカフェみたいなカウンター席となっている内装と。
――何故かその席の後ろに、内装に不釣り合いな檻があった。
「ひっ!」
その中には人間の、しかも衣類をまとっていない女性。
その光景は、不釣り合いどころか異常さを醸し出している。
男が歩み寄ると、檻の中の女性達が軽い悲鳴を上げて後ずさり。
檻の中故に薄暗くて見えないが、服すら与えられていないらしく、全員が裸である事が男はかろうじて確認できた。
「気に入った品はあるかい?」
カウンター席の向こうに立っているのは、軽薄そうな顔立ちにブランド物のスーツを纏い、幾つもの指輪をはめている男。
どう見ても異常な空間だと言うのに、なんでもない様に気さくに声をかけている。
――そう、ここは人間屋。
今や世を支え、世界の均衡すら担う契約者を生み出す装置、ブレイカー。
その恩恵で成り立つこの時代において、それを悪用する者も当然現れる。
洗脳系能力者や契約者ハッカー等を揃えれば、人1人の存在を社会的に痕跡ごと抹消する事は難しくない。
それ故に、女性や子供を攫い“確保する隠れ家込みで”人身売買を生業とする者がいる。
だがこれもまた、契約者社会の闇の……弊害の一部でしかない。
「……」
「まあゆっくりと決めてくれ。そうだ、何か飲むかい? ジュースからアルコールまで、色々あるよ。それともこっちがいいか?」
「……?」
「色欲から横流しされた媚薬だ。ベッドルームも完備してるから即で出来るが、試食は厳禁だ。すまないが、ウチは初物の取り扱いが売りなんでね」
くいっと、奥の方にある扉を親指でさしながら、コトっと一本のドリンク剤をカウンターに置いた。
それに割り込む様に檻から悲鳴の後に、大小様々な泣き声が響いてくる。
人間屋の男がちっと舌打ちをし、カウンターの下からムチを取り出す。
「黙らせようか?」
「……(ふるふる)」
「迷うんなら一先ず、商品を置く場所を選んだらどうだい? ほら、これがお楽しみ場のカタログだ。なにせこの辺りをナワバリにしてる大罪、“憤怒”が最近ナワバリ拡大に精力的だから、隠れ家の確保が容易でね」
コレクションを自慢するかのように、人間屋はカタログを男に見せる。
つづられている物件は……。
「見ろよ、この高級マンションは確保にすっげえ苦労したんだ。それにほら、ココなんかロケーションとして最適だぜ?」
「……」
「ん? ああっ、大丈夫大丈夫。商品の過去も情報も全部、お抱え契約者が全部消してあるから安全は保障する。なんならお望み通りの人形に洗脳しても……」
「……じゃあ一先ず」
ベリっ!
「え? ……あれ、久遠光一?」
「お前を買い取らせてもらおうか。丁度な……」
顔の皮膚がはがれたその下の顔。
残虐の契約者が冷やかな笑みを浮かべ……。
ドンっ!
「っ! ぎゃあああああああああああああああああっ!!」
「……死なない程度、意識を失わない程度に、ゆっくりと嬲れるオモチャが欲しかったんだ」
「ひっ、ひいいいいいっ!」
「さて……憤怒を侮辱した罪、たっぷりと思い知らせながら、あの世へ案内してやる」
――その次の日。
「ええ、お願いします」
光一は人間屋の事後処理を行っていた。
まず、商品にされた女性達の身柄について。
戦争で家族を失った所を捕まった者もいれば、通常通りに攫われて帰る場所を奪われた者もいる。
彼女たちは現在“色欲”に協力してもらい、精神のケアを施してる最中。
その後に関しては、希望にもよるが憤怒の提携企業に事情説明を行い、雇ってもらう話を今成立させた所。
「……ふぅっ」
大罪のナワバリは、確かに最強が統括する故に問題は起こり難い。
しかしそれを利用する者も存在し、それが今光一にとって懸念すべき事だった。
特に今は、慈愛との同盟の行く先次第で、戦争か平穏かの天秤が簡単に傾く状況。
些細な芽でも、今は摘み取る事こそが最優先事項。
「……妙な事にならなきゃいいがな」




