第29話
桐生ナツメ、憤怒の系譜“冷血”として認められ、名乗りを上げて一週間。
「さて……戦力は整った。これで元“慈愛”のナワバリ奪還戦が出来る」
2か月前、暴食の奇襲により奪われた、慈愛のナワバリの奪還。
それをもって、改めて同盟を持ちかける事を条件に、慈愛は保護を受け入れた。
ただ、上級系譜クラスのサイボーグが居る事に加え、合成獣に関しては最高水準をキープする組織“暴食”。
あれから慈愛のナワバリを手に入れた暴食は、その地にあったビオトープを使い合成獣生産を増やし勢力を拡大させ、対である“知識”を攻撃。
最近では最新合成獣ドラゴンを実戦投入したと言う。
以上を踏まえ、兵力では現状トップに位置しているのが、暴食である。
「元慈愛の勢力のメンバーの居場所は掴んであるし、勢力の盛り返しはココから十分可能。んで、その後は……」
「はい、貴方達と同盟を結びます」
「って、いいのかよ?」
「はい。今なら勇気が憤怒と協力関係を築いた理由、理解できます」
「ほんわかしてそうなのに、随分としたたかだね」
「これでも最強の1人ですから」
「そうかい……じゃあココからの策だけど」
カチャッ!
「それは待ってくれ」
「? ユウ?」
時は過ぎ……
「ケッ! チシキもタイしたコトねえな!」
「うぃ~っ……ポンコツは黙ってろ!」
「ンだとコラぁっ! このシにゾコないがあっ!!」
元慈愛のナワバリを統括するのは、かつて光一とぶつかった2名の上級系譜
……いや、元系譜のサイボーグと、上級系譜。
犬神晃と酒井博
あの後治療を受け、戦線復帰に至れたのだが、それからと言う物犬神との間柄は最悪。
この2人のいざこざに巻き込まれ、重傷を負った者も少なくない。
「で、クオンのモヤシヤロウはまだコねえのかよ!?」
「いえ、来て貰っても困るのですひっ!」
発言した下級契約者の頬を、光の筋が走り……たらりと血と冷や汗が流れた。
「チクショウ! あのヤロウジアイをカクマってからナニしてやがる!?」
「……ぐびぐびっ」
「あれからキズがイえたかとオモえば、ザコとナワバリにばっかメをムけやがって!! こちとらアイツにやられたキズがウズくってのによ!!」
「……どくどくっ」
「てかオレのマエでサケノむなっつってんだろコラ! クセえんだよ!!」
「ンだと!?」
ヴィーっ! ヴィーっ!
「? どうした!?」
「敵襲です!」
「テキシュウ? ヨウヤくキたか! どこだ!?」
「憤怒です」
「カズは!?」
「それが……」
所変わって――
「普段が光一任せだけに、こういう失態の後始末位はしてやらにゃ、組織のボスとして皆に合わす顔ないもんな」
ナワバリの境目にて、ユウは周囲の警備部隊を見回しつつ、肩をすくめた。
……たった1人で。
「さて……大罪が一角“憤怒”、推して参る」
表情を引き締め、背の六連を全て引き抜き、駆けだした。
「うっ、撃て! 撃て撃て!」
警備隊が能力、銃弾などの弾幕をはりつつ攻撃。
そのすべてがユウの刀に斬り裂かれ、弾かれ、その胴体に届かない。
「くそっ! 物質操作や氷結能力者でバリケードを……」
「無駄だ!」
ユウの両腕がグラグラと煮え返るマグマに包まれ、肥大化し始める
やがてそれがユウの何倍もの大きさになると……
「“迦具土”」
6本の刀を牙とした溶岩の竜の形をとり……
「うっ、うわああああああっ!!」
バリケードごと境目の防壁ごと、食い破るかのように吹き飛ばした
「さて、思いっきり暴れさせてもらうぞ」
『ギャアアアアッ!!』
『グルルルルルルっ!!』
「よーしよし、いい子だ……路を開けろ!!」
――一方
「ヒトリだと!?」
「はい。確認できたのは、“憤怒”の契約者、朝霧裕樹のみ。ほかは影も形も見えません」
「ボスがタンシンテキのマッタダナカトツゲキだと!? クオンのヤロウは?」
「いえ、確認できておりません。既に半数近くが撃退されてます!」
「ええい、キメラをゼンブダせ! ケイフはゼンインシュウイのケイカイだ!」
「了解!」
「おいサカイ」
「うぃ~っ……わあってるよ」
「ったく……ん?」
――所変わって
「流石は暴食。合成獣の質と言い数と言い、生体技術の最高水準って言われるだけの事はあるな」
「……それを剣で簡単に蹴散らしてるユウも、すごいなんてものじゃないんだけど」
「流石は大将だね。あれに攻撃仕掛けるなんて、ウチもバカなことしたなあ」
その上空にて、クエイクの上で事を見守る光一、宇佐美、新しく“冷血”の契約者として再出発したナツメ。
以上3名が、双眼鏡を使いユウの戦闘の様子を見ていた。
色欲と慈愛に、自分達のナワバリのガードを任せた上で。
「……あれが、戦場」
宇佐美は身体の奥底からわき上がる恐怖に震え、ギュッと手を握りしめる。
戦場の空気、そして遠目だが起こっている事柄。
その中心には自分達を保護し、自分を強くしようと協力してくれる男がいる。
……見た事もない、鋭い目と雰囲気をまとった姿で。
「……大丈夫か? やっぱり今すぐ」
「……もうちょっと待って」
「?」
「大丈夫だから……あたしは大丈夫。だって、もう決めたんだから。あいつの対として生きて行く事は、もう決めた。逃げられない……逃げたくない」
「ならよく見ておけ。あれが宇佐美の対にして、ぶつかるべき男の姿だ」
「……わかった」
「クゥゥゥゥゥウウウウオォォォォォオォォオオオンンンン!!」
「っ! クエイク!」
『Yes! My master!』
突如割り込んできた叫び声と同時に、一筋の光が走る。
クエイクが緊急回避で回避するも……」
「ギャアッハハハハハッ! ミつけたぞ!!」
「げっ! 嗅ぎつけやがったか!?」
「おうよ! さあ、カイゾウでクウセンもカノウになったオレサマに、おマエのそのニクとホネ、クわせやがれ!!」
「クエイク! 逃げるぞ!」
『Yes! My master!』
クエイクが一気にその場を離れると、サイボーグもまた追い掛ける。
ジェット噴射型の飛行ユニットを搭載し、クエイクと同程度の飛行速度で。
「なっ、何あれ!?」
「暴食で開発された変形機構搭載型サイボーグだそうだ。しかもあの姿、どうやらあれから改造が施されたらしいな」
「結構金かかってそうだね」
「元々の開発費用が5億らしいからな……ナツメ、宇佐美のガード頼む」
光一が用意していたアタッシュケースを開き、中からスナイパーライフルを取り出す
それを手早く組み立て、
「よーし、コンドこそマットウなショウブとイこうじゃねえか!」
「撃ち落としてやるよ」
「っ! まずいな、見つかったか!」
ドスンっ!!
「ぎゃおおおおおおっ!!」
「ん? へえっ、これがドラゴンか……よーしいい子だ。大人しく下がって――」
「ゴギャアアアアッ!!」
「……ダメか。まあいい、たまには合成獣相手のケンカも悪くない」




