第23話 第1章エピローグ
慈愛の勢力崩壊と、暴食の勢力拡大から一週間が経過。
それらが勇気の死で、正と負の崩れた均衡に与えた影響は、とても目を当てられる物ではなかった。
世には大罪や美徳が纏める組織やフォールダウン以外にも、正と負の契約者達による組織は存在すれば、大企業のお抱えになっている契約者達も存在する。
美徳が2人も瓦解した事でその名は威厳を失い、避難勧告の出されていない街では負の契約者達が横暴を働き、契約者による犯罪や襲撃も激増。
更にそれを抑えようと正の契約者達も動き、乱闘へと発展。
街は壊され、人は傷つき、世は混乱の極みとなっていた。
「……最悪の事態になっちまったな」
病院のベッドの上で、光一はテレビを見てそう呟いた。
テレビでは負の契約者達が強盗に押し入り、無残に破壊された銀行や店舗が映し出され、そこに映る人たちは大人から子供まで酷い有様。
傷も青痣や切り傷など当たり前で、銃創や刀傷どころか火傷に凍傷まで多種多様な物が、年に関係なくつけられている。
「……酷い」
花瓶の花を変えてきたばかりの歩美が、テレビのそれを見てポツリとそうもらした。
「これが正と負の均衡が崩れた世界だ」
「あの、ユウさんや光一さんを悪く言いたくありませんが、これって……」
「どっち道同じだ。大罪が崩れても、正の契約者はこれを好機と負の契約者を攻撃するから、どっちにしろ世は乱れる。均衡が崩れた先には、どっち道混乱が待ってるんだ」
「……皆が皆、ユウさんや光一さんの様にはいかないんですね」
肩をレーザーで撃ち抜かれ、更には暴食の渾身の一撃をまともに食らったダメージは、決して軽い物ではなく、光一は未だにベッドから立てない。
その間は、歩美と……
「ハァーイ、診察のお時間よ~」
彼の専属医を買って出た、世の均衡を支える大罪の1人“色欲”の月。
この2人で、光一の面倒を見ていた。
「身体はどう?」
「動かない限りは、痛まないかな?」
「うーん……ちょっと失礼」
光一の服をはだけ、包帯をとり塞がりつつある傷を診察し始める。
「えーっと……」
ある程度診察し終えると光一達から離れ、左手を横に突き出す。
袖が膨れ、袖口から幾本もの植物が姿を現し、そのうちの数本から葉や茎などを千切ると、その植物は縮小し、左側の袖は程なく萎れてしまった。
千切った葉を持ってきた台の上の小さな擂り鉢に入れ、それを擂り粉木で擂り潰し……。
「よし、出来た」
擂り鉢の中にあるペースト状の黄緑色の液を手ですくい、それを光一の傷口にゆっくりと塗り始める。
「うっ!」
「あっ、ごめん。痛かった?」
「……いや、大丈夫」
ガーゼを当て包帯をさっと巻く。
さっととは思えないほど丁寧な巻き方に歩美が驚く中……。
「慈愛は今どうしてる?」
「ダーリンとの交渉通り、ホテルの一室で大人しくしてるみたいよ? 話は退院してから、になるでしょうね」
「そっか……」
「むっ……何よぉ。私ってものがありながら、あの子の事がそんなに気になるの?」
「気にもなるよ。俺の行動が結果として、慈愛の破滅を促したんだ」
「あの、それは光一さんの所為じゃ……」
「慈愛のナワバリと組織そのものだ。“俺の所為じゃない”で済む事じゃないし、組織を背負うってのはそう言う事なんだ。ま、俺はあくまで代理だけどな」
「「…………(ぽ~)」」
「……? おーい、飲み薬どうなった?」
「え? あっ、そうね」
一方――
「ねえユウ」
「ん?」
所は憤怒のナワバリの、ユウの実家兼工房から少し離れた地点。
訓練を行っていた宇佐美は、不安そうにユウに問いかける。
「このままでいいの?」
「今は耐えろ。俺は憤怒、負の契約者側だ。そんな俺が行動を起こせば、余計な刺激を与えて世を混乱させるだけだ」
「でも……」
「そう言う事はな……」
突き出された拳を避け、その手首と襟元を掴みユウは宇佐美を背負い投げで投げ飛ばした。
宙に舞い、慌てて受け身をとり体勢を立て直そうとするも……。
「俺に剣を抜かせてから言え」
あっさりと取り押さえられ、宇佐美の負け。
「……遠過ぎるわよ」
「じゃあ諦めるか?」
「やめてよ……兄さんの顔に泥を塗りたくないし、何よりやるって決めた以上絶対に諦めたくない」
「結構」
ユウの手を取り、そっと立ち上がる宇佐美。
「んじゃ、ここまでだ」
「待ってよ、あたしはまだ……」
「焦っても意味ないだろ? お勉強でもして、頭冷やしな」
「……わかったわよ」
如何に契約者といえど、能力を使う上での応用には原理を理解する必要がある。
ただ風を起こすだけ、電気を起こすだけならば特に理屈はいらないが、原理を理解しているのとしていないのとでは、大きな差がある。
「ところで、怜奈さんの事だけど……」
「ああっ。ここでの暮らしには、あの側近がしぶっていた以外は問題ないらしい」
「……会ってみたいって思うんだけど」
「光一が回復するまではダメ」
「……はーい」
「……宇宙。今の俺を、お前はどう思う?」
――所変わって
戦争の被害を受け、廃墟と化した街並み。
その中のビルの1つの上を、1人の男が……大神白夜が佇んでいた。
「嘆き、苦悶、絶望……始まりを告げる前奏曲は今、奏でられた。さあ、この世界に炎を灯そうじゃないか。弱者共を焼き払い、その罪を浄化する戦争と言う名の煉獄の炎を」
「おいおい、物騒な詩を平然と口ずさむなよ」
その後ろには“強欲”の契約者、武田シバ
振りかえる事もせず、白夜は珍しく声を出して笑った。
「ここから弱肉強食の宴が始まるなら、そういう気分にもなると言う物」
「宴、ねえ……理解はできなくもないがな」
「理解など必要ない。お前はお前で好きなようにやれと言う協定だっただろう?」
「……てか、お前の害になるかもしれないって、考えないのか?」
「元々そう言うつもりで組んだ同盟だ」
「で、お前はこの戦争で、一体何を狙っている?」
振りかえり、そっと笑う白夜は……
「弱者どもの駆逐」
「本当のところは?」
「そろそろ向こうが攻めてくる頃合いだ。戻るぞ」
「……まあ良いか。俺の好きにさせてもらえるなら」
「……憤怒は色欲と同盟を組み、勇気と慈愛を傘下に組み入れた状態。そして時代も今は奴らを中心とし、暴走を繰り広げている。ならば、存分に役に立って貰うとしよう。“真理”へと到達するために」




