第103話
「人間など汚らわしい」
「人間など愚かで身勝手」
「人間など欲深く罪深い」
「偉大なる魔王様の滅びがあらん事を」
「魔王様の滅びこそが、我らの救いである」
「幸なかれ!」
魔王教団
度重なるテロ、暴動、そして糾弾。
大罪、美徳の同盟による救済活動を悉く停滞させ続ける中、人々の不満も不安も積み重なる一方で――そんな中、魔王東城太助を崇める集団が現れた。
魔王の従える合成獣四凶を模した仮面をかぶり、滅びと死を謳い、人である事を嫌悪し、呪詛を唱え続けるその集団は、次々と規模を膨らませ続け……。
今は東城太助に献上する居城として、魔王御殿を建造していた。
「親方、あそこが魔王教団が、居城を建造している現場です」
「ふむっ……」
「魔王様の城を造るのだ」
「ここが魔王様の居城となるのだ」
「どうか愚かな人間達に滅びを」
四凶を模した仮面を被った者たちが、せっせと呪詛を呟きながら建造に勤しむ光景。
「……ワシらも、無力な物だな」
部下を引き連れ偵察に赴いた“希望”の契約者、鳴神王牙はギリっと拳を握りしめ、歯を食いしばり、沈痛な表情でそれを見つめていた。
「どうしましょう? ここは鎮圧に……」
「よさんか。魔王教団自体は、テロリストの様な直接的な行動に出てはいない以上、力で解決すべき相手ではない――まずはアプローチからだ。そこから和平交渉の椅子について貰う事を前提に行動する」
「はい、わかりました」
王牙自身、美徳としての立場上倒さねばならない相手とは認識しているが、それでも個人としては魔王東城太助と、魔王教団を否定する気になれなかった。
「――いつまでこんな事を続けねばならんのだ?」
「いつまでも続くさ――人の敵は人、人は所詮人の敵にすぎないんじゃあね」
ふと背後から割り込む、聞き覚えのある声。
振り向いたその先……
「――久しぶり」
「……東城」
かつて、正義と同盟を汲んでいた頃の同士であり、今は敵となった男の顔。
しかし今は、漆黒のゴシックの服を身にまとい、顔に赤い涙の様なタトゥーを入れ、かつての無機質な冷たさを持った瞳は、より黒くより冷たくなっていた。
それこそ、王牙自身が飲み込まれるような錯覚を覚えるほどに。
「何をしに来た?」
「僕を崇める組織がある……って聞いたから、ちょっと見に来ただけさ。世も末だね」
「――ああ、全くだ。だがそれもまたワシ等の罪……責める事は出来ん」
「僕が言う事じゃないけど、罪は償う物であって責める物じゃない筈だけどね――本質は埋もれて行き、勝手な都合がなり変わってばかりだ」
そう吐き捨てる様に呟いた太助に、王牙が自身の武器である大斧を突きつける。
――戦闘員ではない筈の太助はそれに動じる事もせず、にっと笑みを浮かべた。
「……それで良いさ。もう僕は君の敵なんだからね」
「悪い様にはせん、投降してくれ――ワシはお前を殺したくはない」
「僕だって同じだけど、無理な相談だよ。もう僕を抑えた程度じゃ、絶望は消えはしないんだ。僕の後を、意思を受け継ぐ者は必ず現れる」
「……許す事は出来んのか?」
「許してどうなる? ――許して何も変わらない、殺しても何も変わらない、何をしても変わらない。あは、あははっ――あーっはっはっはっはっはっは!!」
最強格に武器を突きつけられている。
その事実がないかのように、太助は狂ったように笑い始めた。
「何が成長、何が未来、何が命――何が平和だ。所詮は全部言い訳、全部嘘。人の全部が勝手な都合、勝手な理屈……誰も何も変われない。それが限界じゃければ、何だと言うんだ? 僕達を――北郷正輝を否定しておきながら、幾らなんでも酷過ぎるじゃないか」
「――お前の言いたい事はわかる。だが……」
「人は人の敵、そして人の敵も人。なのに同族が殺し合う事が愚か? じゃあどいつもこいつも愚かじゃないか。迷える子羊なんて思い上がった、救いの手を食いちぎる図々しい野良犬だ」
息の続く限り声を振り絞っての言葉を切って、息を切らせる。
「――あんたたちこそ、いつまでこんな“有害種”に拘る気だ? 別に救ってやらなくても、他を喰らって勝手に救われるさ」
「……まだ終わりではない。ワシは希望の契約者だ、前に進む歩みを止め、可能性を捨てる事だけは出来ん」
「終わってるさ。落ちるに前後も左右もないし、可能性は選択肢があるから成り立つ、こんなの小学生の問題だろ」
「ならば選択肢を作るまで。変えられる事を示さねば、北郷が否定された意味がなかろう」
――ま、だからこその希望だろうけどね
と、自嘲気味に太助は呟いた。
「お前は……」
「後悔してるさ。北郷正輝を裏切り、正義の皆を裏切る願いを今抱いてる事は――だけどもう忘れたよ! どうやって穏やかに生きればいいか、どうやって人を許すのかなんて!」
「……!」
「納得できない、権利はない――そんな我儘ほざいておきながら、他人の意思を叩き潰す事を痛みもせず、何もしない。ならば何故欲望を斬り捨てる事を拒んだ!?」
ドロッ……!
「太助……!?」
「終わらせてやるさ――僕が作ったこの“絶望”のブレイカーで手に入れた、最強格さえ凌駕するこの力と、四凶達を創る過程で手に入れた、生体改造技術を施したこの身体で――全てを絶望の底へと突き落としてやる」
「お前、人である事を……」
「希望の契約者、鳴神王牙――僕の絶望に飲み込まれておくれ」
ドガッ!
…………
「終焉――か。羨ましいな」
ポタ……ポタ……
「がはあっ! はぁっ……はぁっ……」
「――あっ、まだだったか。流石にしぶといね」
「太助……お前の、絶望は……ワシをも、凌駕するほど……強いのか」
「そう、みたいだね……」
「……泣いて……いるのか?」
「――九十九だって、人を殺す時に笑うなんてしなかった--なのになんで人は、笑いながらこんな事が出来るんだろうね? ……必要なら、もっと苦しみながらやるべき事なのに」
--そうすれば、もっと違う未来があったかもしれないのにね。




