第99話
「――やっぱり直接見ないと、その存在感まではわからんな」
「うん……今まで見た合成獣と、何もかもが違う。大罪に対抗できたって話、否定できないかも」
ユウが右手を溶岩の巨腕とし、アスカがナイフのホルスターを幾つも束ねた様な皮ベルトを肩にかけ、両手にナイフを構える。
「……これが、四凶」
――その後ろで宇佐美は、目の前の異形に圧倒されていた。
人面羊身、虎の牙に曲がった角。
四凶トウテツを再現したその姿と、その存在感に。
『グルルルルルルル』
トウテツの方は、唸り声を上げながらバザーを見回す。
――涎を垂らしながら見回すそれは、ご馳走を前にしてそわそわしている様な雰囲気。
「……?」
その様子に、ユウもアスカも疑問符を浮かべた。
――四凶が人しか喰らわない事は、これまでの襲撃で理解はしている。
しかし、バザーはまだ避難は完了しておらず、まだまばらには人の姿が見える状態。
だと言うのに、トウテツは動こうとしないどころか、自分達に敵意を見せてもいない。
「…………」
ユウとアスカは、ひたすらにトウテツとにらめっこ。
ただ、グラグラと煮え返るマグマと、ナイフを纏う電撃だけが、場に音を与えていた。
――ガシャーン!
「!?」
「へへっ! 何の騒ぎかは知らないが、助かったぜ」
先ほど騒ぎを起こし、量産型クエイクに捕らえられた契約者が、バザーの店を蹴破って姿を現した。
『ぐるるるるるるっ!』
「なっ!?」
そこで、初めてトウテツが動いた。
契約者に狙い定め一歩前に踏み出し、反応が遅れた3人を飛び越えて、テントや店を踏みつぶす。
「!」
「させな――!」
ブぅ~~~っ!!!
「!? くっ、くせえ!?」
「目にもしみる!」
「さっ、最低!」
放屁とで3人は足止めを喰らい――。
「ひっ! やっ、やめろ! やめろおっ!!」
グシャッ!
『ぐちゅっ……ごりっ……ぐちっ……ごくんっ』
「はっ……ひふっ……ふぁあっ……あああっ……はあははああぁはぁ……」
契約者の男は捕まり、自身の一部だった物が喰われる光景
それを目の当たりにした、その次の瞬間――
「“巨人の剛腕”」
続きを喰らおうとしたトウテツの顔面に、突如溶岩のパンチがたたきこまれた。
トウテツが倒れ込み、テントや店舗が潰され――
「大丈夫……な訳ないだろうが、それでも大丈夫か?」
「はひぃっ……ふひひいぃっ……」
「――発狂してやがる。無理もないか」
先ほどの間に救出した男は、自身の一部を食われたショックで完全に発狂。
失った腕部からは、ボタボタと血が滴り落ち激痛も走っているだろうが、男はただひたすらに笑っていた。
失禁し、顔のあらゆる個所からあらゆる物を垂れ流した状態で。
『ぐわぁがあっ!』
食事を邪魔された怒りからか、トウテツがユウに向けて拳を突き出した。
「ちぃっ!」
ガシィッ!
“巨人の剛腕”を解除してなかったため、即座にその腕でトウテツの拳を受け止める。
「コリャ結構重いな。ガム野郎が仕留められなかったってのも、頷ける」
ゴボッ!
「ん?」
『ヴバッ!』
「うわっ!」
トウテツがのど元を鳴らし、ユウに向けて吐き出した。
溶岩の腕でそれを防ぎ、多少が周囲のテントや残骸などにかかり――
それが異様な速さで溶けて行く。
「――おいおい」
『ごああああああああああっ!!』
ユウにめがけて、トウテツが“食事を邪魔するな”と抗議している様な形相で、咆哮。
ザンッ!
『!?』
その直後、トウテツの両腕が斬られ、血飛沫が噴き出した。
――正確には、右腕がアスカの“超電磁砲”で投擲された投げナイフ。
そして、左腕が宇佐美の鎌鼬で。
「音速の三倍で投擲されるナイフから、逃れる術はないよ」
『…………』
「え?」
トウテツは、傷を意にも介していないどころか、その傷がまるで撒き戻すかのようにあっさりと塞がり、傷跡すらもなくなって行った。
「超速再生!?」
『……うっ、げぼぉっ!』
再度、ユウに消火液を吐き出し、ユウがそれを回避。
その間に――トウテツは駆け……
「ひぃはぁああああっ!!」
「! しまった!!」
発狂した男を咥え――
「うっ……」
逃げ遅れた人間、あるいはトウテツが見える範囲にいる人間。
それらすべてが失神、あるいは嘔吐した。
『――ぐちゃぐちゃっ……ごくん……ぷっ!』
――カランッ!
それを意にも介さず、トウテツは先ほどまで男が使っていたブレイカーを吐き出し、ぴちゃぴちゃと血まみれの手を舐め取る
「――この!」
ユウが溶岩の腕で殴りかかろうとするが、トウテツはすぐさま逃げ出した。
「――アイツを食う事が目的だったのか?」
「――どういう事?」
その後、第3バザーは機能停止。
それどころか、医療チーム総出でのケアが必要となり、憤怒のナワバリは機能低下を余儀なくされる事となった。




