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「イリィストブィリッヒ、ダゥリアドーレ、クレーインジカナフェグレン、世界に散らばる欠けら、どんなものにも平等に、天の恵みあれ、ラウリア、響く風の音に……ラゥラ、リィイッヒ♪」
スキップしながら鼻歌を歌う少女は、まだ20にもならないであろう娘だった。
容姿はそこそこ良く、長いスカートをヒラヒラと風に踊らせながらスキップをしている。
口ずさんでいる曲は、ずいぶんと前の祖先から伝わるという子守唄だ。
確か、よくわからない部分の歌詞にも意味があったはずなのだが、そちらの言い伝えはとうに失われていて、今は歌しか残っていない。
「おはよう、クレアドロア。」
太めの恰幅の良い中年女性がスキップしてきた少女に声をかけた。
「おはよう、ナーシェおばさん!」
少女は元気に挨拶を返し、そのまま一つの家に入ると、「いけない!仕事の時間だ!行ってきます!」と言って保存食のようなかたいパンをくわえて家を飛び出した。
「いってらっしゃい……。」と彼女の母親らしい女性の姿が除いたときには、彼女はすでに家の外だった。
彼女、クレアドロアの家は、片親しかおらず、父親はクレアドロアが幼いうちに戦死したと聞く。
病弱な母は、その女手一つでクレアドロアを育て上げ、現在は床に伏せている。
大黒柱の変わり目だったのだろう。
クレアドロアは、9歳の頃からろくに学校も行かず働きだし、今や一家の大黒柱は彼女で、彼女に全てが託されていた。
だが、彼女は一言も弱音をはかない。
その代わりとでも言うように、よくこの子守唄を口ずさむのだ。
「イリィストブィリッヒ、ダゥリアドーレ、クレーインジカナフェグレン、世界に散らばる欠けら、どんなものにも平等に、天の恵みあれ、ラウリア、響く風の音に……ラゥラ、リィイッヒ、トゥルビルクランシェ我の涙時に光とならん……♪」
道を走り抜ける最中、クレアドロアは不意に足を止めた。
辺りが全く知らない景色に変わっていたからだ。
「あれ?」
後ろを振り向いても、もと来た道や景色はなく、360度、見渡す限り見知らぬ景色が続いていた。
背を向けていた方向に歩きだしても、見慣れた景色は見えてこず、クレアドロアは不安になりだした。
「……ここ、どこ?」
呟いてはみるものの、周りに人がいるわけではないので、当然返事が返ってくるはずもない。
「デロトロフシーナ、クレインドリア。」
不意に聞いたこともないような言葉と、人の声がして、クレアドロアは少しずつ声がする方向へと歩みを勧めた。
「ハリーナ、ミカルンシェドルミン。」
「ハリーナ、ストロベアルドルシア。」
最初聞いた声とは違う声が聞こえた。
どうやら、複数人数はいるらしい。
そっと木によって、木陰から声がするほうを覗き見た。
「ハリーナ、ドルミン。」
「ハリーナ、レベロリカ、クランポ?」
「レベロ、ダンシェ。」
見た世界は、衝撃そのものだった。
緑色の肌に、体から枝を生やし、綺麗な花を咲かせている人間?を見れば、誰もが驚くだろう。
クレアドロアには、わけの分からない言葉だったし、ここがどんな場所なのかもわからなかったが、それでも、自分が知っている世界ではないことだけは、はっきりとわかった。
とりあえず、帰り方だけでも教えてもらえれば……そう思い、クレアドロアは一歩踏み出すと、声をかけた。
「あのっ!ここがどこだか教えてほしいんですけどっ!」
クレアドロアが声をかけた人は、半透明で水が人間の形になっているようだった。
その人は、振り向くと、顔をしかめた。
「ダロンデ、クランチェ……ラウナイイリィシェ?(訳:変わった姿の妖精だなぁ、それより、今何て言った?)」
全く聞いたことのない発音に、頭を混乱させながら、クレアドロアは必死に大降りのジェスチャーをくわえて話をはじめた。
「え?何?どうしようっ、わかんないっ!えっと、帰り道教えてほしいの……誰か言葉通じる人いないの!?」
「……グロウリア、クロックダルン、ブリアーノ。ダルクレンミェシェロ!(訳:言葉もしゃべれないのか、お前はどこから来たんだ。その怪しい動きは何だ!)」
何となく怒られたような気がしたクレアドロアは、小さく肩をすくめて、「怒らないでよっ!あたしだって……あたしだって帰りたいの!」と言い返した。
「ダルクレン、ナナナクロップ!(訳:怪しい奴め、今ここで捕まえてくれる!)」
クレアドロアはわけが分からぬまま氷の刄を突き付けられ、身動きできぬまま、牢屋らしいところに見張りつきで連行された。
「……どうしてこんなことに……。」
鉄格子に手を掛け、うなだれてから、蹲ると、クレアドロアの目にはいっぱいの涙が浮かんだ。
ぱっと上を見上げ、クレアドロアは子守唄を口ずさんだ。
「イリィストブィリッヒ、ダゥリアドーレ、クレーインジカナフェグレン、世界に散らばる欠けら、どんなものにも平等に、天の恵みあれ、ラウリア、響く風の音に……ラゥラ、リィイッヒ、トゥルビルクランシェ我の涙時に光とならん、雨は人に平等にふり、世界もまた、再び恵みを取り戻す。アールダ、リィイッヒクラッピエ、ビィトリア……♪」
すると、たちまち見張り兵がわらわらと寄ってきて責め立てるような口調でクレアドロアに何かを言ってくる。
「ダタッシャ、クラオ!(訳:何でその歌を!)」
「グロウリア、クロックダルンタ!?(訳:言葉もしゃべれないんじゃなかったのか!?)」
「ナガロッタ、メラオ!メラオ!(訳:長老を呼べ、長老を!)」
「ウァ……ラ!(訳:は、はい!)」
「クロックダ!?ナギネールナッガオ!(訳:おいお前!しゃべれるのか!?)」
慌ただしく動き、怒鳴るように何かを言われ、クレアドロアはさらに混乱する事しかできなくなった。
「な、何……なんなのぉ……?あたしが何をしたっていうの!?何で怒られなくちゃいけないの?」
「……ラオラ、グルックリ。(訳:どきなさい、まだ若き妖精達よ。)すみません、お嬢さん……。」
「メラオ!ラ!(訳:長老!はい!)」
今までとは違うクレアドロアと同じ言葉を話すその人はずいぶんと年老いていた。
見張りの人達?は、一列に整列し、左手を下げて手首を直角ほどに曲げていた。
よくわからないが、ここの敬意の示し方なのかもしれない。
「あなたは……誰?」