ヒハバネアオイ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう、これで今年3匹目かな。
いやあ、カブトムシを久しぶりにとったのだけどね。むかしよりも、めっきり数が少なくなったなあ、と。
素人目線の我々からしたら、乱獲でもあったのか、自然環境がよからぬことになったのかなあ、なんて漠然としたことしか想像できない。
本当の原因は知らなくてもおかしくなく、本当に知らなくても問題がないことがほとんどだろう。けれど、偶然に原因らしきことに出くわしたらどうかな?
私のむかしの話なのだけど、聞いてみないか?
ヒハバネアオイ、という蝶を、つぶらやくんは知っているかな?
私が小さいころ、住んでいたところではときどき見かける、珍しい蝶だった。
その蝶は、初見で蝶と思う人はなかなかいない。なにぜ全身が真っ赤っかで、白とか黄色とか、おおよそ蝶から連想される色とはかけ離れているからだ。秋なぞに見かけたら、紅葉と勘違いする人もいるほど。
このヒハバネアオイ、ちょっと怖い話がある。それは「火種」になりえるということ。
火がつくんだよ。ヒハバネアオイの触れたところには。
無差別に、必ずつくようなしろものじゃない。人間にも魔が差すときがあるように、ふとした拍子で火の手があがる。
火のつきやすい、つきづらい素材かはたいした問題にならない。つくときには、どこにでもつく。コンクリ、レンガ、ガラスといった、燃えるところが想像しづらい物体でもお構いなしだ。
こいつを見かけたときは、寄ってこないように、そうっと距離を取ることが一番の対策。その途中で何かが燃えることがあっても、めぐり合わせが悪かったと諦めるべし、とされた。
普通なら、そこで言いつけ通りにするのだろうけど、私はへそまがりな子供だったからねえ。
ヒハバネアオイとはじめて出会った近所の公園でのこと。無人のベンチの背もたれにとまっていたアオイが飛び立つおり、小さな火を残していったのが印象に残ったんだ。
100円ライターがつけるような、小さいものだったが確かに武骨な鉄パイプの上にともり、消えることなく燃え広がりださんとしていたのを、私はうっとりと見ていた。たまたまやってきたどこかのお母さん方が砂や水をぶっかけなければ、もっとおおごとになっていたかもしれない。
火の扱いについては、親の見ているところ以外は避けるようにいわれていた私だ。その火をもっと見ていたいと、ヒハバネアオイを求めるようになったのはめぐり合わせだったのかもしれない。
つかまえることはしなかった。アオイの特性上、いつ虫かごを燃やされるか分からない。誰も感知できないときに燃やされたら、ベンチどころじゃない惨事につながる。
あくまで屋外で観察するにとどめようと思った。幸い、といってはどうかと思うが、私の住んでいたところは、おおよそ田舎と呼んで差し支えないレベル。燃えて困るような建物は特定の箇所に集中しがちで、そこから外れると自然が多い。
私はそのあたりで、ヒハバネアオイを探していたんだ。
運がいいのか悪いのか、私が探そうと意識をもって繰り出すと、おおよそ4~6割くらいの確率で、アオイを見つけることができる。
自然の中で見つけるアオイたちは、あるいは木の幹や枝にとまり、あるいはそれらの間隙を縫って飛び回り、ときおり火をともしていくんだ。
見れば見るほど、法則性が読めない。少なくともアオイたちの軌道や接触した箇所のみならず、その真上や真下からも火がつくのを私は確認している。
不可視の鱗粉のたぐいが撒かれているのか? とも思ったが、燃えるものは無差別ではないあたりに、私は奇妙な魅力を覚え続けていた。
燃えるなら、木も虫も容赦なく燃える。しかし、燃えないなら徹底的に平穏無事のまま、アオイは通り過ぎていくのだ。私にはうかがいしれない、意志が働いているように感じられたんだよ。
じかに寄って調べたい気持ちもあったが、私自身が燃やされてはたまらない。火のひとつひとつは小さくとも、人体にはわずかに損傷しただけで機能がいちじるしく落ちる箇所もある。一生もののダメージを負うのは、さすがに勘弁だ。
彼らにいったい、どのような習性があるのか。それを解き明かすことが、心に……。
――ん? 群れているときとかあったら、やばいんじゃないか、と?
そうだなあ。もし、アオイが大勢いるときがあったなら、山火事待ったなしな事態も起こると思う。けれど、アオイには縄張りなりがあるのか一匹見つけると、半径数十から数百メートルは他のアオイの気配がしないと聞いた。
実際、観察を重ねても二匹以上のアオイが「むつみあう」ような姿は目にしたことがない。でも群れに出会ったことは一度だけある。
そしてそれが、ヒハバネアオイ激減の原因なんじゃないかと思う。
その日もアオイを探し、私はいつもよりも探索範囲を広げた郊外の林へ足を運んだ。
いくらか中へ入っていくうち、ふと近くの木の枝から焦げ臭いにおいが立ち昇っているのに気付いた。
頭上3メートルあたりに伸びる枝。その根元に橙色のとろ火を確認。
すわアオイかと、前を改めてみると果たしてそこに「彼ら」の姿があった。
二匹いっしょにいることさえ、まずないとされていた蝶。それが10匹近くたまっているうえに、空中に円陣を組んでいるとなれば、トーシロの私でも異常事態と分かるさ。
彼らがぐるぐると回るや、宙にできあがるのは火の輪。サーカスで猛獣がくぐり抜けるのと、そっくりなデザインだった。
でも、そのままの輪ではない。アオイたちは蝶だ。
円陣がどんどん狭まる。そしてアオイたち一匹一匹は、いまや小さい火の玉だ。
自らが火だるまになる様子も、私ははじめてみた。輪がどんどんと狭まっていき、やがて完全にすべてが接して、火球と化したとき。
雑多な悲鳴が、私の耳朶を打つ。
人か獣か、なげきかよろこびか、破滅か誕生か。
正体も目的もわからない、がむしゃらな響きを何秒と聞いていられず、私は耳をふさいでしまったよ。
その火球はしばらくすると、ふっと消えてしまい、アオイたちもまたいなくなっている。それ以来、地元でヒハバネアオイを目撃したという話はめっきりなくなってしまったな。
考えてみれば、そいつは今日と同じ送り火のときだった。
アオイたちは火でもって送り出していたのかもしれん。相手はもちろん、自分たちの存在すらもね。




