絶世の美男子が求婚するたび土下座してくるのを止めたい~せっかくの綺麗な顔が汚れるのでやめてください~
勢いで書ききりました。
「この通りッ!頼む!!お願いだからッ!!!私の婚約者になっていただけないでしょうかッ!!」
ものすごい音を立てて一人の男が滑り込んでくる。
膝を曲げ、額を床に擦り付け、所謂”スライディング土下座”の状態である。
キュッとちょうどよく私の前で止まると、地面に頭をこすりつけている。
「あの、土下座はおやめになって。周りの使用人も見ていますし、ね?」
「おやめにならないっ!!!!君が『はい』というまでっ!!俺はこれをやめないっ!!!!」
「毎度毎度これをされても、わたくしにあなたの婚約者になる権限はないんですのよ。こういうことはお父様がお決めになることですのでわたくしからはなんとも申し上げられませんわ。直接お尋ねになってくださいな。ですからお顔をお上げになって。」
「イヤだっっ!!!!!!」
「んもうっなぜですの!」
「だからぁ!!!君が『はい』と…(n回目)」
毎日、これである。何度断ってもスライディング土下座で客間に滑り込んできてから求婚し、30分同じやり取りをしたあと衛兵に取り押さえられている。
今回も長い闘いになりそうである。
すでに衛兵がそわそわしているが、私が目で制す。
「今日ばかりはお父様を呼びますからねッ!騎士団長のお父様がこれを見てなんとおっしゃるか!」
「だめだ!それだけはやめてくれっ!団長にバレたら俺がどんな目にあうかわからない!!」
「じゃあやめて!」
「それもイヤだっっ!!!!」
とんだ駄々っ子である。私、レイ・バスティーユの父はこの国の騎士団長を務めており、バスティーユ侯爵家は剣を得意とする一族であり、代々騎士団長を輩出している。私も例にもれず、幼いころから剣を握ってきた。
そしてこの目の前でスライディング土下座をかましているのは、幼馴染のライモンド・アルベール。
社交界を代表する絶世の美男子であり、その実は超絶脳筋男子である。金髪碧眼で高身長、おまけに伯爵家、騎士団でも若手のホープといわれる前途洋々の人間だ。
私たちの家は隣同士で小さいころからよく一緒に剣の稽古をしてきたが、幼少期は勝気でお転婆の私に反して小柄で気弱、そして慎重だった。しかし、年を重ねるにつれ身長とともにガタイも大きくなり、脳まで筋肉が詰まってしまったようだ。
「…いったいこれは何事だ?」
腹に響くようんアバリトンボイスに、はっと私たち二人の顔が凍る。
ライモンドはグギギギと油をさし忘れた機械のように首を動かして、声の主のほうを見た。
「団長…!!」
「お父様…!!」
ばねのような速さで立ち上がるとビシッと敬礼をし、私は淑女の礼で迎えた。
「ふたりとも楽にしてよい。さて、ライモンド。お前ウチの屋敷で何をやっている?まさかお前の下らぬ性癖にレイを突き合わせているのではあるまいな?」
「そんな団長!違うんですッ!私はただレイさんに求婚を…」
「地面に這いつくばってか?」
「うぐぅ…」
ごもっともである。これではライモンドが変態に仕立て上げられてしまう。
さすがにこれでは可哀そうかと援護射撃をしてみる。
「お父様、ライモンドはどうやら本当に私に求婚していたようです」
「どうやらってマジで伝わってなかったの…」
「だまらっしゃい」
ぴしゃりと私から注意され、とたんに肩を落として濡れた子犬のような目を私に向ける。
普通の令嬢なら騙されてたかもしれないが、私は騙されない。
「ライモンド、お前なぜあんな格好で求婚していたのだ?個別に侯爵家に釣書を送ってくればよかろう。私も非情ではないから突っぱねることはせぬぞ?」
途端にうつむくライモンド。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
最近威勢のいい彼しか見てこなかったので、少し戸惑う。
「実は、団長が執務室でお話しされているのを聞いてしまったんです。娘は男気がある人間に嫁がせたいと。そして娘の意思を尊重したい、と。そこで男気を見せられて、レイ嬢に好意を伝えられる方法を探したところ、東洋に伝統的に伝わる”土下座”という方法があったのです。すぐにこれだと思い、そのままバスティーユ侯爵家にお邪魔して毎日婚約を申し込んでおりました。釣書のことはすっかり頭から抜け落ちていて…。」
「それにお恥ずかしながら団長が私を認めてくれるとは思わず、まずはレイ嬢をから落とそうと…。」
将を射んとするものはまず馬を射よといいますからと普通な顔して宣うライモンド。
お前にとって私は『馬』なのか。
まさかの父が『将』発言に瞠目する。
そもそも私のことが好きだったのか。
もはやどこから突っ込めばいいのかわからないまである。
お父様は大きなため息をつくと私の方を向いて言った。
「レイはどう思う?ライモンドのことは好きか?」
思ったよりド直球な質問だった。私がライモンドのことを好きか?
考えたこともなかったが、なんとなく嫌いではない。
だが恋愛的に好きかといわれれば、謎である。
なんとなくわからなくなって、ライモンドを見つめる。
また上目遣いで私の方を見るが、別にこれにほだされることはない。
「正直なんとも…」
「えぇ…、これだけ一緒にいて?」
「一緒にいてっていうか、腐れ縁でしょ?」
「そんなぁ!レイが冷たい!」
ガバリと私に抱き着いて来ようとするのを交わすと、すぐさまお父様に胸倉をつかまれていた。
謎の悲鳴を上げながら、謝り続けるライモンド。
手を離さない父。
一応ライモンドも伯爵家の子息なんだからそろそろ問題になりそうだ。
「あの、お父様。これでは埒が明きません。どういたしますか?わたくしはお父様に従います。」
「おおう。そうか。ではライモンドッ。貴様に私の大切な娘と婚約できる『権利』をやろう。ただし、レイが嫌がったら即、婚約破棄させてもらう。よいな?」
「ははっ!ありがたき幸せ!!」
喜色に満ちた声で敬礼し、今までにないほどの破顔を向ける。
その笑顔に少し胸が高鳴ったが、この顔に騙されてはいけないと首を振る。
「レイ、改めてだけど、君は本当にこれでいい?もちろん、君が嫌なら俺は潔く身を引く。でも、俺を選んでくれたら一生後悔させない。君が好きだ。俺と婚約してくれるだろうか?君の口から、その答えを知りたい。」
真剣な碧い瞳と目が合う。
たまにおかしな行動をとるが、根はいいやつだ。
それにライモンドも騎士だ。令嬢にしては珍しく剣をふる私を受け入れてくれるのは、彼しかいないかもしれない。
「…わかったわ。申し訳ないけど、貴方を好きかどうかはわからない。だから、貴方が私を好きにさせて頂戴。」
文字通りライモンドは破顔した後、ものすごい勢いで両手を広げて私の方へ突撃してくる。
しょうがない奴だとあきれながらそれを躱さずに受け止める。
「ちょっとライモンドっ!痛い!力強すぎよ、つぶれちゃうわよ手加減して!」
「おっと、悪い悪い!うれしさのあまりついな!」
急に締め付ける腕が緩くなり、今度は雲を抱きしめるような優しい抱擁に変わる。
こういうところは好きだなと、少し思う。
少し微笑みながら抱きしめ返すと、ライモンドは少し驚いた顔をした。
肩口からふんわりと金木犀の香りがする。
嗚呼、これがライモンドの香りか。
おのずと肩に顔を埋めてそのにおいを堪能する。
「っちょ、レイッ!さすがに団長も見ているからだな、その、なんというか「馬鹿ね、こういう時はおとなしく私を抱きしめとくのよ」」
うっとライモンドは呻いたあと、おとなしく口を閉じた。
使用人たちはというと、思いの外熱いドラマになっているのを涙を流してみていた。
ちなみにお父様も泣いていた。解せぬ。
しばらくしてみんな気を利かせたのか部屋から出て行った。
「ライモンド、もう一つ言いたいことがあるの」
「なんだ?」
「実は私もあなたのこと好きかもしれないわ」
勢いに任せてライモンドの頬に唇を寄せる。
あっという間にキレイな顔が赤く染まる。
ずいぶん初心な反応だ。仮にも社交界では美男子だともてはやされて女の子には困ってなさそうだったのに。
不自然なほど瞳を動かし、「あ」とか「え」とか言っている。
もうすこし攻めてみようか。こんなにかわいい反応が返ってくるなら、からかいがいがあるものだ。
少し背伸びをして、真っ赤な耳に口を寄せる。
「ライモンド、かわいい」
その瞬間、ものすごい体重が私にのしかかった。
あわてて顔を覗き込むと、真っ赤になって白目をむいていた。
少し刺激が強かったか、と反省する反面、これで気絶していては結婚式や初夜はどうするのだろうと少し不安になる。
「ちょっと、だれか!ライモンドが気絶してしまいましたわ!」
使用人たちが慌てて部屋に入り、ライモンドを担いでいった。
私もその一行に同伴し、しばらくライモンドの回復を待った。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
初夜当日
「この通りッ!頼む!!お願いだからッ!!!私と今夜寝ていだけないでしょうかッ!!」
結婚式が終わりえぐえぐと号泣するお父様を見送ったあと、私は侍女に風呂場に連行され全身くまなく洗われた。そして、なんかいい匂いの香油を全身に塗りたくられ、防御力皆無のひらひらしたネグリジェを着させらた。
通されたのは夫婦の寝室でバラの花びらがベットにちりばめられ、机にはワインや果物が置いてあった。
ライモンドが来るまでお酒でも飲んでようかと、ワインの蓋を開けようとしたその時だった。
扉が開いた瞬間、白いバスローブの塊が五体投地で滑り込んでくる。
しまいにはどこかで聞いたことのあるセリフだ。
もう呆れを通り越して憐れだった。
「あの、土下座はおやめになってというか、もはや五体投地ですわね。今から初夜にせっかくきれいなお顔が汚れてしまうのだからおやめになって?」
「おやめにならないっ!!!!君が『はい』というまでっ!!俺はこれをやめないっ!!!!」
「はいはい。いったいどこで覚えてくるんでしょうね?まったくもう。」
ため息をつきながらライモンドを起こすと、案の定顔に埃や砂がついており、額は赤く擦れてしまっている。折角綺麗にしてもらったのにこれでは色男が台無しではないか。
これから密着度が上がるというのに全く何をしているのだか。
「これは、そのだな。おしどり夫婦で有名な先輩に夫婦仲の秘訣をお聞きしたところ、誠意を見せるのが大事だと聞いてな。何かいい方法はないかと聞いたところ五体投地という東洋の敬意を払う姿勢があってな。これだと思って初夜に向けて練習したのだが…。うまくできていなかったか?」
異様に猫背になった状態で、やけにうるんだ瞳で私を見上げる。白いバスローブはもはや雑巾の変わりにたくさんの汚れを拾っており、風呂上りの濡れた髪も相まって本当に濡れた子犬みたいだ。
この男は本気でこういうこと言うのだから、怒る気にも、注意する気にもなれない。
肩の埃や髪についた埃を払う。
「…できてたわよ、すごく。それはもう綺麗な五体投地でしたとも。」
「本当かっ!レイが気に入ってくれたならよかった!!」
うれしそうな顔で見えないしっぽがブンブン揺れるのが見える。
別に気に入ったとは言っていないが、もうこれでいっか。
「ライモンド、素敵な五体投地ありがとう。でも貴方せっかくお風呂に入ったのに汚れまみれよ。もう一度お風呂に入りましょ?初夜はそれからよ。」
「イヤだっっ!!埃なんて払えば大丈夫だから今すぐやr「だめです。ほら、汚い人に触られたくないの。風呂場に行くわよ。」」
「わかったから!!爆速で入ってくるから!!先に寝ちゃだめだぞ?」
「はいはい」
ものすごい速さで風呂に向かう背中を見送りながらワインに口をつける。
「どうしたらあの土下座癖直せるのかしら?」
これからもレイの苦労は続く。
~風呂場にて~
ライモンド「レイの反応よかったな!これから五体投地で誠意を見せていくとしよう!!!!」




