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余命を押し付けられた令嬢です。でも絶対に死にません。

掲載日:2026/02/27

 幼い頃。

 親に連れられた夜会の庭園で、私はある男の子に恋をした。

 美しい金の髪に鮮やかな赤い瞳。

 迷子になって泣いていた私に手を差し伸べてくれた彼の優しさに私は惹かれた。


 けれどこれが分不相応な恋である事を、私は幼いながらに理解していた。

 だからこそ私は、少し会話を交わしてから静かに彼と別れたのだった。



***



 学園に入る少し前。

 大人の気を引こうとした妹のジゼルが立ち入り禁止の『暗黒の森』へ足を踏み入れた。

 そこは古代で勃発した魔導師達の戦争の名残として残された、人の命を蝕んでいく恐ろしい力を組み込んだ罠が至る所に巡らされている。


 『呪い』と呼ばれるそれは、専門の部隊や魔法の造詣に深い大貴族によって除去されつつあり、森の中の呪いは八割以上取り除かれたとされていた。

 だからこそ、ジゼルは危険意識が薄いままに森へ足を踏み入れたのだろう。

 そして彼女は――隠された魔法陣を踏んでしまい、『呪い』を授かった。


 保護された後、自分が死ぬ運命にある事に絶望したジゼルは両親の前で泣きじゃくりながら言う。


「私……っ、お姉様に脅されたのよ! 暗黒の森に入ったという証拠を持って帰らないとどんな目に遭うか分からないって……っ!」


 その言葉を聞いて、私は理解した。

 ああ、これは元々用意していた言い訳だったんだな、と。


 ジゼルは昔から、両親や周囲の人へ私の悪評をよく言いふらしていた。

 妹という身近でありながらも立場の弱いジゼルに暴言を吐き、暴力を振るう。

 私はそんな事、一度だってした事はない。

 けれど、ジゼルが周到に用意していた偽りの証拠や、批判の視線や言葉を投げられる緊張を前に私が上手く弁明できなかった事も相まって、気付けば誰もが、ジゼルの言葉を信じるようになった。


 彼女がこんな事をし始めたのは、私が教養の面から優れており、幼少期は両親に高く評価されていたからだ。

 両親に称賛され、甘やかされる私を見る度に、勉強を避けて遊び続ける自分が批判されているように感じたのだと思う。

 だからこそ私の評判を下げ、両親の関心を全て自分へ向けようとした。


 その大きなきっかけづくりとして選んだのが、『危険な場所へ向かうよう脅された』というものだったのだ。


 勿論、本当に呪いを受けるとは思っていなかったのだろうが。

 問われた際、彼女は事前に用意していた理由を咄嗟に吐いたのだろう。


 こうして、当初の彼女の思惑通り、私は妹の命を奪う悪女として、社交界から落ちぶれる事となった。




 その後、王立学園に入学した私は周囲から常に白い目を向けられるような学園生活を送っていた。

 人前に私の居場所などはなく、私は空いた時間は人目を避けて過ごすようにしていた。


「……ヴィオレーヌ・ラルエット?」


 そんなある日の昼休憩。

 私が裏庭の隅で息を潜めて食事をとっていると、そこに一人の男子生徒が現れた。


 金色の髪に赤い瞳の、端正な顔立ちの男子生徒。


 エヴァリスト・クラヴェル公爵子息。

 同級生であり、大貴族の嫡男である彼は私とは縁遠い人物のはずだ。


「え、エヴァリスト様……? 私に、何か御用でも……?」

「次の講義の場所が変わったと聞いて、君に伝えに来たんだ」

「そんな、わざわざ……。ありがとうございます」


 教室の場所を告げたエヴァリスト様に私は深く頭を下げる。

 私の様な嫌われ者にも気遣ってくれるとは、なんて心の広い方だろうと思った。


 しかし。

 お礼を告げた後も、エヴァリスト様は何故かその場から立ち去らない。


「……あの、まだ、何か……?」

「いいや?」


 そういうと彼は、私から少し離れた場所で腰を下ろす。


「え、あの……っ」

「別に君専用の場所という訳でもないだろう?」


 驚いた私が思わず声を掛けるとエヴァリスト様は片手に持っていたらしいお昼を膝の上に出す。


「それはそうですが……」

「君を探していたらあまりなくなってしまったんだ」

「それは……っ、申し訳ありません」

「謝る事ではないだろう? 俺が勝手にした事なんだから」


 私がもう一度頭を下げると、エヴァリスト様は横目で私を見ながら優しく微笑んだ。


「それに……他の場所だと人目が気になってあまり気が休まらなくてね」

「な、なるほど……」


 エヴァリスト様は国でも最も名を馳せる貴族クラヴェル家の嫡男だ。

 クラヴェル家は『特別』だった。

 それは単に公爵家だからとかそういう類だけの話ではない。


 現代の人間が使える魔法は大きく四つに分類される。

 火にまつわる魔法、水、風、土……。

 それ以外の魔法は人間が進化し、環境の適用によって体の構造が変化した結果使えなくなった。


 しかしクラヴェル家の血を引く者だけは違う。

 彼らは古代に存在した『時』の魔法を使う事が出来る。

 元々第魔導師の血筋であったクラヴェルの者もまた、進化の過程や血が薄れていくにつれて『時』魔法の恩恵を得られなくなっていったが、それでも極小さな影響力の魔法であれば時を司る魔法を使う事が出来るそうだ。


 そして特にエヴァリスト様は……そのクラヴェル家の中でも稀代の天才と謳われる程、魔法の才に恵まれたお方だった。

 赤目は凶兆の証と言われていたこともあり、生まれてから暫くは周囲から疎まれていたようだが、それを魔法の実力とご自身の人柄で黙らせる事が出来る優秀なお方。


 いつしか誰も彼の瞳について言及する事はなくなり、逆に称賛するもので溢れ返った。

 『彼ならば古代魔法の再現すら可能にするのでは』……そんな期待が彼には常に付きまとうようになったのだ。


 だが批判が過度な期待となっても、彼は自身が注目を集める事に対して息苦しいと感じているのかもしれない。

 そう思えば、エヴァリスト様が少々気の毒に映った。


「君はいつもここで昼食を?」

「……はい」


 私の噂は彼とて知っているはずだ。

 だからこそ私がなぜこんなところで一人でお昼を取っているのかも悟っているはずだった。

 彼も私の事を噂通りの悪女だと思っているのだろうか。

 気が重くなるのを感じる。


 けれど……。


「なら、明日からも来ていいかい?」


 彼はそう言った。


「え?」

「駄目かな」

「い、いえ、そんなこと……」


 何故、という疑問が過る。

 顔に出ていたのだろうか。

 エヴァリスト様は苦笑した。


「言っただろう。人目があまり得意ではないんだ」


 たとえどれだけ人目を避けたいとしても、嫌悪を抱く相手と這いたがらないものだろう。

 という事は……彼は私の噂を気にしていないのだろうか。

 そう思うと、急に胸が温かくなった。


 私は優しい彼の笑顔に昔の記憶と重ねる。

 夜会で出会った、私の初恋の人。


(……大きくなっても変わっていない)


 私との出会の事を、彼は覚えていないだろう。

 けれど昔と変わらない彼の誠実さが、私はただ嬉しかった。



***



 それから私達は、裏庭で共に昼食をとるようになった。

 初めは当り障りない会話を。けれど徐々に互いの趣味や好みなど、相手を深く知れるようなものへと発展し、気が付けば私達の関係は非常に深いものへと変わっていった。


「エヴァリスト様」

「うん?」

「何故、私とお話してくださるのですか」


 ある日の事。

 私は思い切ってそんな問いを投げた。


「私の噂をご存じない訳ではないでしょう」

「……そうだなぁ。俺も噂に振り回されて来た側の人間だから、自分が見て感じた者以外は信じないようにしているんだ。それと……」


 エヴァリスト様はそこで言葉を切る。

 それから私へ距離を詰めると、自分の瞳を指した。


「この瞳の事、どう思う?」

「どう、とは」

「気味が悪いでも、何かに似てるでも、何でもいいのだけれど」

「気味が悪いなんてそんな……っ!」


 前者をすぐに否定しながらも私はすぐに答えが出せず、至近距離から彼の瞳をよく観察した。

 鮮やかな赤色。

 宝石の様というとありきたり過ぎるだろうかと悩んでいると、ふと過る言葉があった。


「……さくらんぼ?」


 エヴァリスト様が少しだけ目を見開く。

 やはり綺麗な色だった。


「鮮やかな赤色の。私の領地の名産なのですが、宝石に例えられるくらい綺麗な色をしているんです。それに、似ていると思いました」

「……そうか」


 エヴァリスト様は満足そうにはにかむと私から離れていく。


「うん。やはり君は噂のような人物ではないだろうね」

「え?」

「俺の勘のようなものだ」


 今のやり取りに何の意味があったのかは分からない。

 けれど……頭の片隅で何かが引っ掛かっているような違和感があり、私は小さく首を傾げるのだった。



***



「ッ、嫌!!」


 その日は突然やって来た。

 学園へ帰宅した私は有無を言わさず両親に馬車へ詰め込まれ、ジゼルも含んだ四人で国の最も大きな教会へ連れ込まれた。


 教会の地下には大きな魔法陣があった。

 これは古代の魔法の名残であり、魔法の影響を受ける者達の血を垂らす事で魔法陣の効果を発現できる代物。

 そしてこの魔法陣から得られる魔法の恩恵は、非常に有名なものだった。


 ――『呪いの依り代を変える事が出来る』。


 そう。両親は被害者であるジゼルの呪いを加害者である私の体に移そうとしたのだ。

 貴族家の嫡男が呪われた場合など、ある条件下であれば教会や国がこの魔法陣を使う事を許可してくれる。

 今回は直接手を汚したわけでないにせよ、ジゼルを害そうとしたとされる私が罪を受けるべきと判断されたらしかった。


 自分の命を奪うような力が、自分を襲おうとしている。

 こんな恐ろしいことはなかった。


 私は必死に抵抗した。

 けれど私は父親に押さえ込まれ、先んじて血を垂らして魔法陣に乗っていたジゼルの傍に突き飛ばされる。


「お前があんなにも悍ましい事をしなければ、こんな事にはならなかったのだ――ッ!」


 それから、私の手首は短剣で乱暴に斬り付けられた。

 魔法陣が眩い光を放ち、同時にジゼルから溢れ出した黒い靄のようなものが、容赦なく私の体へと飛び込んで――


 心臓を握り潰される様な苦しみと共に、私は意識を失った。



***



 重い体や息苦しさ、胸の痛み……それらに慣れたのは教会での件から一週間が経った頃だった。

 学園へ足を運べば、既に私がジゼルの呪いを肩代わりしたという話が広まっていた。

 けれど誰もが『当然の報いだ』と私を笑った。


 誰も、私が死にゆく事を悲しんではくれない。

 それがひどく、虚しかった。


 けれど……


「ッ、ヴィオレーヌッ!!」


 教室へ向かう最中、私の名を呼ぶ声があった。

 私は振り返る。

 同時に、手を掴まれた。


 目の前には、必死の形相のエヴァリスト様が立っている。


「ヴィオレーヌッ、君、呪いの噂は事実なのか……!?」


 私達の関係は秘密。

 だから普段ならばすれ違っても他人として接してきた。


 けれどこの時、彼は初めて裏庭以外の場所で私に声を掛けた。

 他人の視線など知った事かというように。


 それが……本当に嬉しかった。

 まるで、私が死ぬことを悲しんでくれているみたいで。


 気が付けば私の瞳からは大粒の涙が溢れていた。


「……エヴァリスト、さま」


 優しい彼の事だからきっと気にするだろう。

 そう思ったからこそ上手く笑いたかった。

 けれどそれは失敗してしまい、私は歪な作り笑いと共に小さくしゃくりあげる。


 そんな私を見て、エヴァリスト様がハッと息を呑む。

 それから、彼は私を抱き寄せた。


「……いい、言わなくて。……すまない」


 じきに死ぬという残酷な現実を、当人に言わせる事。

 それに罪悪を覚えたのだろう。

 謝罪する彼の腕の中で、私は小さく首を横に振った。




 人目を集めてしまった事もあったし、私が取り乱してしまった事もあり、私達は裏庭へ移動した。


「教会の魔法陣を……」


 落ち着いてきた頃。

 エヴァリスト様へ事情を説明すると、彼は苦々しく顔を歪めた。


「まさか君が家でもそのような扱いを受けていたなんて」


 彼は強くこぶしを握り締めて俯く。


「……言ってくれれば、俺も何かしら…………いや、違うな。俺が……君のことに気付いてやれなかった。俺が悪い」


 教会の魔法陣を使えるのは一人につき、移す方と移される方どちらか一度のみ。

 二度目は魔法の負荷に耐えられず命を落としてしまう。


 ……私の呪いを誰かに移そうとすれば、私が死んでしまう。

 手詰まりだった。


「エヴァリスト様がご自身を責めるような事では……っ!」

「責めるに決まっている。俺にとって君は、かけがえのない存在なんだ」


 顔を歪めながらそう言う彼の瞳が揺らいでいる。

 その顔が、私の胸を一層締め付けた。


 エヴァリスト様が私の手をすくい、両手で優しく包み込む。


「俺なら、君を何とか出来るかもしれない」

「な……っ」

「君が」


 エヴァリスト様はそういうと私の前に膝をつく。

 そして私の手の甲にそっと口づけをした。


「――それを、望んでくれさえするのなら」


 助かる。

 生きられる。


 その可能性が、目の前にある。


 もし、この絶望から抜け出せるなら。

 生き長らえるのならば……。


 そんな欲望と期待が心を揺らす。


 口が動く。

 しかし声が絞り出されるより先……僅かな違和感が頭に過った。

 初めは小さかった違和感が、徐々に嫌な予感へと変わる。


「……ヴィオレーヌ?」


 中々返事をしない私へエヴァリスト様が声を掛ける。

 私は躊躇う。

 そして躊躇ってから……作り笑いを浮かべた。


「……いいえ、必要ありません」

「ッ、ヴィオレーヌ……」

「世界に一人でも……エヴァリスト様が、私を信じてくれている。この事実があるだけで、私には満足なのです」


 エヴァリスト様の顔が一層歪む。


「ですが、もし一つ願いをかなえてくださるというのならば……」


 私は彼の手を優しく握る。


「……この胸の痛みと恐怖を忘れられるだけの思い出を、どうか貴方と紡がせていただけませんか」


 呪いに苛まれる運命は受け入れる。

 けれど許された時間くらいは、愛する人と共に生きたいと思ったのだ。



***



 それから私はエヴァリスト様と沢山の事をした。

 街へ遊びに行ったり、オペラを鑑賞したり、遠方の自然豊かな草原で一日を過ごしたり。


 本当に楽しかった。

 死の恐怖など、忘れてしまうくらいに。


 私とエヴァリスト様が親しくしている事を知ったジゼルは私達の中を引き裂こうとエヴァリスト様に接触したけれど、そんなジゼルを彼は冷たくあしらった。

 やがて体を壊す事が増えると、彼は私の家に見舞いにまでやって来てくれて、私が孤独に苛まれないよう、時間の許す限り傍に居てくれた。

 そして……




 ――ああ、きっと今日死ぬのだろう。

 そう思う日がやって来た。


 きっと、医師もそう告げたのだろう。

 声を出す気力もない私の頬を優しく擦りながら、エヴァリスト様は泣きそうな顔で笑っていた。


「……ヴィオレーヌ。君はきっと気付いていたんだろう」


 低く落ち着いた彼の声も、大きな手に撫でられる感触も心地が良い。


「俺は、君が何よりも自分の生を望むのなら、この命を差し出したってよかった。俺に命を吹き込んでくれたのは君だったから。……けれど、そんな覚悟を感じ取ってしまったんだろう」


 エヴァリスト様は私の手を掬い上げ、自分の頬に持っていく。

 甘えるように擦り寄りながら、潤んだ赤い瞳を細めた。


「ずるい男だろう。俺はあの日、君に生きる選択をして欲しかった。……そうすれば、君が傷つく可能性に目を瞑り、自分を騙し、喜んで魔法を使った。でも……君はそれを望まなかった」


 エヴァリスト様は私の手をそっとベッドに戻し、私の頬に口づけをする。


「何かを悟ったにしてもそうでないにしても。君が望まないのならば、俺はその意志を尊重すべきだと思った。……けれど、すまない」


 声を震わせる彼の顔がくしゃりと歪む。

 下手くそな笑顔だった。


「俺は君に…………いや、君と生きたいよ」


 赤い瞳から涙が溢れる。


「まだ、ありがとうすら言えていないんだ」


 彼の涙に呼応するように、私の瞳からも涙が溢れる。


「許してくれなくていい。ただ……臆病で鈍感で、愚かな俺を――どうか信じて頼ってやって欲しい」


 エヴァリスト様はそういうと、私の胸にそっと手を置いた。

 瞬間、私達の体を淡い光が包み込む。


「奥手で、情けない奴だけど……君の言葉ならばどんな突拍子の無い事でもきっと信じる男だからさ」


 そう笑うエヴァリスト様の口の端からは血が滴っていた。


 ――ああ、やっぱり。


 あの日、助けられるかもしれないと言った彼が何を隠していたのか、私は悟っていた。

 ……魔法は使い過ぎれば体の負担になり、命を落とす事になる。

 『時』の魔法は天才の彼でも、代償なしには使えないしろものだったのだろう。

 彼はきっと、私の時を巻き戻す代わりに自らの命を捨てる覚悟だったのだ。


 だから……必要ないといったのに。


「大丈夫、俺は死なない。きっと、二人で笑い合える未来がある。だから……また会おう」


 声もなくすすり泣く私の口に、エヴァリスト様が自身の口を重ねる。

 初めての口づけは、錆びた味がした。



***



 ハッと目を覚ます。

 見慣れた自室の天井が視界に広がっている。


 けれど直前までの記憶とは異なり、随分と暗い。

 夜なのだろう。


 体を起こせば、随分と軽かった。

 そして口の中には……僅かな苦さが確かに残っている。


 ああ、と掠れた声が漏れた。

 同時に、エヴァリスト様との別れの瞬間を思い出し、静かに涙を流す。


「……酷いわ、エヴァリスト様」


 呪いに掛かった感覚がない。彼の魔法は成功したのだろう。

 別れ際のエヴァリスト様の姿が脳裏に焼き付いていて、暫く悲しみに浸りたい気分だった。


 けれど……そうは言っていられない。


 私は部屋を飛び出すと、まだ起きていた使用人に声を掛ける。

 そして現在の日時を聞き……私は驚いた。


 ジゼルが『暗黒の森』で保護される日の前日だったのだ。

 私はすぐに使用人にジゼルの部屋を確認させる。


 彼女は既に部屋にいなかった。


 両親を叩き起こし、家の事や捜索の準備などを押し付け、私は急いで家を出た。

 向かった先は――クラヴェル公爵邸だった。


 相手は公爵家。現在は深夜。

 本来ならば不敬極まりないし、罰せられる事だって考えられる。

 けれどつべこべ言っていられなかった。


「夜分遅くに申し訳ありません! ご無礼を承知で申し上げます。どうか――エヴァリスト様をお呼びいただけませんか!」


 彼は言った。

 もっと早くに私の苦悩を知りたかったと。

 そして……信じて頼って欲しいと。


 ならば、その言葉に甘えよう。

 それこそが……命をかけて私を救おうとしてくれた『あの時』の彼に報いる手段だと思ったから。


 私は暫く、門番に説得を試みた。

 暫く問答が続いたが、やはりというべきか、門番は中々頷いてはくれない。


 その時だった。


「何事だ」


 聞き慣れた声がした。


「え、エヴァリスト様……ッ」

「申し訳ございません、この者が」


 エヴァリスト様だ。

 彼は騒ぎを聞いたのか、正門までやって来たようだった。


 そして門番に示され、私を見て……目を見開く。

 この機を逃してはならないと、私は強く訴えた。


「ッ、ご無礼をお許しください。私はラルエット伯爵家のヴィオレーヌと申します。どうか……私にお力添えを頂けませんか」


 エヴァリスト様は何度か瞬きをした後……すぐに、頷いた。


「わかった。話を聞こう」

「な……っ、エヴァリスト様……ッ」

「すまない。彼女は――特別な人でね」


 彼はそんな事を言いながら、私を家の中へ通す。

 その言葉の真意はわからなかったが、私は彼の厚意に甘えるのだった。



***



 その後。ジゼルは早朝に暗黒の森の手前で保護された。

 見つけたのはエヴァリスト様が派遣した、公爵家の騎士団。


 時間を遡ったこと、遡る前に何があったのかを語ると、エヴァリスト様は何と一切疑わずにジゼルの捜索に乗り出したのだった。


 そうして保護されたジゼルは、用意していた言い訳を両親や、事情を説明していたエヴァリスト様の前で告げたが。


「……何を言っているんだ? 貴女を助けてくれと深夜に飛び出して懇願したのは彼女だぞ? 彼女がいなければ、貴女は今頃呪われていたかもしれない」

「で、でも……っ、私を助けるふりをして――」

「であるならば、両親を叩き起こすだけで充分だったはずだ。わざわざ深夜に家を飛び出し、公爵家に頭を下げに来るなど、本当にそんな事をすると思うか? 俺には……貴女がヴィオレーヌ嬢を陥れようとしているようにしか見えないが」

「そ、そんな……っ!!」

「まあいい。貴女がここで話す気がないというのならば、こちらで勝手に調べさせていただく。巻き込まれた側なのだから、そのくらいは許されるだろう? まあそれにより虚言が見つかった場合……この場で素直に話すよりもずっと、貴女の立場は危うくなるだろうが」


 クラヴェル公爵家が本気で動いてしまえば、掴めない情報の方が少ない。

 それはジゼルとてよくわかっていた。


 だからこそ……


「それでは、さっそく取り掛からなければならない作業があるようですので、失礼します」

「ッ、お、お待ちください……ッ!!」


 その場から去ろうとするエヴァリスト様をジゼルは呼び止めた。

 ――彼女に選択権など、最早残されていなかったのだ。



 こうして、ジゼルの偽装はエヴァリスト様によって明らかとなり……芋づる式にこれまでの悪評の偽りについてもジゼルは自白させられる事となった。


 これにより、ジゼルは一周目の私のような立場に追い込まれ……両親はすっかり私の顔色を窺って過ごすようになる。ろくな縁談もなく、社交界では孤立し続け、惨めな少女として生きていく事だろう。

 両親もまた、社交界での批判の対象となったので、我が家は今後存続すら怪しくなるかもしれない。


 けれど、私にはあまり関係のない話であった。


 何故なら……ジゼルの件が片付いてすぐに、エヴァリスト様が私へ婚姻を申し出たから。


 私の家の状態を知った彼は何故かすぐにでも我が家へ嫁いでほしいと申し出たのだ。




「あの……何故、私を妻に選んでくださったのですか」


 結婚から一ヶ月が経った頃。

 私はクラヴェル公爵邸の庭園で、エヴァリスト様……エヴァリストとお茶を飲んでいた。

 その最中に問い掛ければ、彼は気恥ずかしそうにはにかんで、持っていたティーカップに視線を落とした。


「昔。この目のせいで俺は社交界で迫害されていてね。生きるのすら苦しかったんだ。……そんなある日、同い年の子にこう言ってもらってね」


 彼の頬が僅かに赤くなる。


「『さくらんぼみたいで綺麗だわ』」

「…………あ」


 瞬間、私は思い出す。


 あの日……エヴァリストと初めて出会った日。

 泣き止んだ後、少しの間交わした雑談の中で、私は彼の赤い瞳に目を奪われたのだ。

 その時は幼くて、赤い瞳が凶兆と恐れられている事も知らなかった。


 だから、ただただ感動して「さくらんぼみたい」と答えたのだ。

 ……本当に、なんてことない言葉だった。


「この瞳を、美しいと褒めてくれたのは君だけだった。そしてそう思ってくれる人が……俺を化け物のように思わないでいてくれる人が家族以外にもいるんだと知って、俺は本当に救われたんだ。もう少し……頑張って生きてみようと思えた」


 赤い瞳が、優しく細められる。

 その表情から、彼の愛が嫌というほど伝わって来る。


「だからね。自分でも単純な奴だなって思うんだけれど。それから……俺はずっと、その子の事が好きなんだよ」

「……そ、そんな」


 彼はそう言うと席を立ち、私の隣に移動する。

 そして私の顎に触れ、至近距離から顔を覗き込み……。


「まぁ、君は幼少の頃に出会った事すら、覚えていないかもしれないけれど」

「そ、そんな事ありません!」


 自分でも驚く程、大きな声が出た。

 エヴァリストが目を丸くする。

 気まずい沈黙が流れた。


 私は暫くの間視線を彷徨わせた後、静寂に耐えきれずに言葉を絞り出した。


「わ、私だって……っ、ずっと、す、好きだったん……ですから…………」


 声が小さくなっていく。

 恥ずかしくて仕方がなかった。


 きっと今の私は大層間抜けな顔をしている。

 そう思い、私は両手で顔を隠す。


「……本当?」


 私は小さく頷いた。


「ヴィオレーヌ。こっちを向いて」

「い、いやです」

「お願い」

「……っ」


 エヴァリストが私の手をどける。

 晴れた視界の先。

 瞳の色に負けじと赤らむ頬があった。


 彼は困ったように破顔する。


「……嬉しいよ、ヴィオレーヌ」


 そう言って彼は、私の唇を塞いだ。

 私の頭を何度も優しく撫でながら交わす口づけは、『あの時』とは違って、とても甘い。


「愛してる、ヴィオレーヌ」

「私も、愛してます。エヴァリスト」


 そう言って私達は笑い合って。

 もう一度、今度は更に深いキスに溺れていくのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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